コイワズライ

 窓の外が稲光で光る。遅れて轟いた雷鳴に教室が揺れた気がした。

「あ、私が犯人とかじゃありませんよ?」

 澄花は慌てた様子でブンブンと手を横に振る。

「……話が見えない」
「私、未来が全部見通せるとかじゃなくて、ただ『一年以内に死ぬ人がわかる』だけなんです」

 やはり、ネジが外れていた。それどころかぶっとんでいた。今時、小学生でもそんな妄言は吐かないのではないか。
 慧の表情から考えていることがわかったのか、澄花は「別に信じてくれなくても良いですよ」と口を尖らせる。
 そこで慧の頭に一つの仮定が浮かぶ。

「まさか、お前」

 来年の四月はやる気がない。それはその時、既にこの世にいないということではないのか。澄花はその能力をもって、自身の死を予期している。
 何を馬鹿なことを、と慧は自分自身に呆れる。そんなことがあるわけがない。人の死を予期できるなんて、簡単に信じられる話ではない。
 そう思いつつ、慧は生物学に携わる人間として「突然変異」を安易に否定することができないのも事実だった。
 この世にはテトラクロマシーと呼ばれる人間が存在する。通常、人間は赤・緑・青の三色を組み合わせて様々な色を認識しているが、そこに四色目が加わることにより、普通の人間には認識できない幻の色が見える。
 澄花の言うところの能力はこれとは違いオカルトチックではあるが、「人に見えないものが見える」という点では同じである。

「可哀想でしょ、私」

 得体の知れない能力を宿していることに対してなのか、それとも自らが間もなく死ぬことに対してなのか。どちらのことを指しているのか慧にはわからなかった。

「そんな可哀想な私のお願いを聞いてくれませんか? ケイ先生」

 澄花は黒く濡れた純粋な瞳で慧を見つめる。

「お願い?」
「宮本颯太くん」

 澄花の口から飛び出たのは、先ほどまで慧と面談をしていた優等生の名前だった。

「宮本がどうかしたのか?」
「私、宮本くんと付き合いたいんです」
「なに?」
「交認で私と宮本くんの交際を認可してください」

 そう言って下を向いた澄花の耳は、心なしかほんのり赤くなっていた。
 突然の要求に、慧は絶句した。普通であれば煩わしいと感じるだけの窓を叩く雨音が、今は沈黙をかき消すのに一役買っている。
 信じられないような能力の暴露に、今度は学校一の優等生と交際したいから便宜を図れという。次から次へと口をついて出る教え子の予測不能な言葉に、慧の頭はショート寸前だった。

「私と宮本くんでは成績に差がありすぎて、普通に申請しても否決されるだけでしょ? 交認の審議会長代理である先生の力で何とかできませんか?」
「それは……」

 澄花の言うとおりだった。交認で交際が認められるかどうかは、成績が全てだと言っても過言ではない。その点、澄花と颯太ではあまりにもミスマッチだ。

「お前と宮本は交認に申請するような間柄だったのか?」

 答えをはぐらかすように慧は問う。二人の担任になってから二ヶ月以上経つが、親しくしているところを見た記憶はない。それどころか、登下校時の挨拶やプリントの受け渡しなど、事務的な会話ですらしたことがあるのかどうか。それくらい、二人の接点が思い浮かばない。

「今は関係ないでしょ、そんなこと。それで? 認可できますか?」

 答えを求める澄花の眼差しが鋭くなる。屈してはいけない、と慧は真っ向から見つめ返した。

「それはできないな」

 望むのであれば自由に交際をすれば良いと言うのが慧の本音だ。しかし立場上、それを推奨することはできない。

「そうですか。わかりました」

 澄花は残念そうにため息をつく。
 嫌な予感がした。やけに引き下がるのが早い。颯太に対してどれだけの想いがあるのかはわからないが、慧の知っている澄花であれば、おどけた振りをしながらダラダラと食い下がってきそうである。
 また何か突拍子もないことを言い出すのではないか。妙な不安がざわりと慧の心臓を撫でる。
 そして、その予感は当たった。
 澄花は下を向いて再びスマートフォンを弄り始めると、思いがけない人物の名前を口にした。

「カナデ先生」
「え?」
笹尾奏(ささおかなで)先生。付き合ってますよね? ケイ先生」

 息が止まった。
 職員室で答案用紙に丸をつける奏の真剣な表情。外では会えないからと、パソコンの画面越しに言葉を交わしている時の柔らかい笑顔。愛する人の様々な顔が慧の脳裏に浮かんでは消える。
 脈打つ鼓動が「早く何かを言え!」と急かしてくる。
 何かを言え。
 何かを言わなければ。
 そう理解しているのに、言葉が出てこない。

「交際に認可が必要なのは生徒だけじゃない。先生同士が交際を望む時も、生徒会の機関である『教職員交際審議部』の認可が必要。認可が下りていないのに交際をしていることが発覚したら、即刻、学院から去る。光栄学院の人間なら誰もが知っているルールです。知らないとは言わせませんよ、ケイ先生。認可、下りてますか?」

 澄花の捕食者のような眼差から、慧は本能的に目を逸らした。

「もう一度言います、ケイ先生。宮本颯太くんとの交際を認可してください。さもないと、カナデ先生と付き合っていること、バラしますよ?」