静寂が会議室に訪れる。慧たち三人は口を開こうとしない。次に言葉を紡ぐべきなのは早智枝だと、全員が思っていた。
早智枝は放心したように宙を見つめていたが、やがて「交認」はとポツリと零す。
「長くこの学院に存在した組織です。そんな簡単に廃止するという決断はできません」
時代は変わる。その中で不要になる組織は必ず出てくる。しかし同時に、長く存在する組織にはそれなりの意義があるのかもしれない。交認がそうだとは思わないが、変化の早いこの時代でも、闇雲に過去を否定するものではないというのは慧も同じ考えだった。
「しかし、組織として課題があるのも事実なのかもしれません。永島先生。しばらくは交認の活動を休止にするということで、この場は一旦収めてくれませんか?」
早智枝の提案にいち早く反応したのは澄花だった。
「え? じゃあ、私たちは?」
学院のトップに視線を向けられた澄花は、ビクリと肩を上げる。
「好きにしなさい」
「それって……」
「活動休止だと言ったでしょう。誰が何をどうしようが、私に止める権利はありません」
ため息をつくと、早智枝は席を立つ。
「それでは私はこの後、雑誌の取材がありますので。永島先生、会議室の鍵はちゃんと閉めて、生徒たちも遅くならないうちに家に帰してくださいね」
「わかりました」
ゆっくりと会議室を出ていく早智枝に、三人は頭を下げた。
扉が閉まった直後、澄花は颯太に飛びついた。
「やった! 颯太くん!」
「ちょっと、いきなり止めてよ。心拍が上がるから」
「あ、ごめん」
慌てて澄花が離れると、二人は見つめあって可笑しそうにケラケラと笑った。
「でも、なんで理事長は急に考えを変えたんでしょう?」
颯太の疑問に慧は答えなかった。学院一の秀才にも、そして早智枝の考えを変えさせた当の本人である直哉にも理由はわからないだろう。
でも、慧だけは気がついていた。直哉が取り出した便箋を早智枝が見た瞬間、瞳が揺れたことを。
──これは亡くなった主人からもらったものです。
前に理事長室を訪ねた時、普段は冷たい早智枝が少しだけ柔らかい雰囲気をまとって便箋を取り出したことを慧は覚えていた。
最愛の夫が亡くなる直前までしたためてくれた手紙は、早智枝にとって最大の幸せの象徴だった。
そして自分が不幸だと決めつけていた栞の幸せを、直哉が同じように手紙で証明した。それを否定することは自分の幸せを否定することになると考えたのではないか。
それに息子のような不幸な人間を二度と出さないという理由で設置された交認も、その息子が幸せであることを否定できない以上、存在意義を失ったに等しい。これから時間はかかるもしれないが、廃止の方向に動いていくだろう。
それにしても。これを言ったら絶対に直哉に怒られるが、慧はどうしても言わずにはいられない。
「やっぱり親子じゃないか」
慧ははしゃぐ澄花とそれを見て困り果てる颯太を会議室から追い出し、早智枝に言われたとおり鍵を閉める。
「ありがとう、親父」
直哉の息子であると知った後、一度だけ「親父」と呼んでみたことがある。それはやはり違和感しかなく、直哉も気持ち悪がっていたので、それ以降は呼ぶのをやめた。
今度からはたまに呼んでやっても良いのかもしれない、と慧は思った。
早智枝は放心したように宙を見つめていたが、やがて「交認」はとポツリと零す。
「長くこの学院に存在した組織です。そんな簡単に廃止するという決断はできません」
時代は変わる。その中で不要になる組織は必ず出てくる。しかし同時に、長く存在する組織にはそれなりの意義があるのかもしれない。交認がそうだとは思わないが、変化の早いこの時代でも、闇雲に過去を否定するものではないというのは慧も同じ考えだった。
「しかし、組織として課題があるのも事実なのかもしれません。永島先生。しばらくは交認の活動を休止にするということで、この場は一旦収めてくれませんか?」
早智枝の提案にいち早く反応したのは澄花だった。
「え? じゃあ、私たちは?」
学院のトップに視線を向けられた澄花は、ビクリと肩を上げる。
「好きにしなさい」
「それって……」
「活動休止だと言ったでしょう。誰が何をどうしようが、私に止める権利はありません」
ため息をつくと、早智枝は席を立つ。
「それでは私はこの後、雑誌の取材がありますので。永島先生、会議室の鍵はちゃんと閉めて、生徒たちも遅くならないうちに家に帰してくださいね」
「わかりました」
ゆっくりと会議室を出ていく早智枝に、三人は頭を下げた。
扉が閉まった直後、澄花は颯太に飛びついた。
「やった! 颯太くん!」
「ちょっと、いきなり止めてよ。心拍が上がるから」
「あ、ごめん」
慌てて澄花が離れると、二人は見つめあって可笑しそうにケラケラと笑った。
「でも、なんで理事長は急に考えを変えたんでしょう?」
颯太の疑問に慧は答えなかった。学院一の秀才にも、そして早智枝の考えを変えさせた当の本人である直哉にも理由はわからないだろう。
でも、慧だけは気がついていた。直哉が取り出した便箋を早智枝が見た瞬間、瞳が揺れたことを。
──これは亡くなった主人からもらったものです。
前に理事長室を訪ねた時、普段は冷たい早智枝が少しだけ柔らかい雰囲気をまとって便箋を取り出したことを慧は覚えていた。
最愛の夫が亡くなる直前までしたためてくれた手紙は、早智枝にとって最大の幸せの象徴だった。
そして自分が不幸だと決めつけていた栞の幸せを、直哉が同じように手紙で証明した。それを否定することは自分の幸せを否定することになると考えたのではないか。
それに息子のような不幸な人間を二度と出さないという理由で設置された交認も、その息子が幸せであることを否定できない以上、存在意義を失ったに等しい。これから時間はかかるもしれないが、廃止の方向に動いていくだろう。
それにしても。これを言ったら絶対に直哉に怒られるが、慧はどうしても言わずにはいられない。
「やっぱり親子じゃないか」
慧ははしゃぐ澄花とそれを見て困り果てる颯太を会議室から追い出し、早智枝に言われたとおり鍵を閉める。
「ありがとう、親父」
直哉の息子であると知った後、一度だけ「親父」と呼んでみたことがある。それはやはり違和感しかなく、直哉も気持ち悪がっていたので、それ以降は呼ぶのをやめた。
今度からはたまに呼んでやっても良いのかもしれない、と慧は思った。
