コイワズライ

 直哉も、そして慧も、栞を不幸だと決めつけた早智枝のことが許せなかった。長く生きられなかった栞は不幸で、その原因は自分の忠告にを従わなかった直哉にある。
 だから、直哉が原因で設置された交認の存在意義を否定し廃止に追い込めば、栞は不幸じゃなかったと、それを証明できるような気がした。

「これを見ろ」

 直哉は徐にエコバッグに手を突っ込むと、大量の便箋を取り出した。ピンクや黄色、ミントグリーンの可愛らしいそれらが、直哉の手で淡い光を放っている。

「これはな、栞が俺に書いてくれた手紙だよ」

 自分に残された時間が少ないことを知った栞は、口に出すのが気恥ずかしいような父への思いを便箋にしたためた。何枚も、何枚も。

「最後の手紙に書いてたんだ。『お父さんがお父さんで良かった』って。俺は、何もできなかったっていうのに」

 直哉の声は少しだけ掠れていた。

「栞だけじゃない。お前が見下していた女だって慧を産んで立派に育てた。隣にいるのは俺じゃないけど、今も幸せに暮らしている」

 慧は大学を卒業するまではずっと母と二人で暮らしていたが、母から悲壮感を感じたことはなかった。辛いことももちろんあったはずだが、慧の前ではいつも明るかった。それが空元気だったとは、慧には思えない。

「たしかに、あんたの言うとおり、俺は親の言うことを聞かない馬鹿な息子だったかもしれない。でも、俺に関わってくれた人たちはみんなそれぞれが自分の力で幸せを見つけて生きてんだ。それに俺自身も可愛い娘と……生意気な息子に会えてメチャクチャ幸せだよ」

 だから、と直哉は最後に一言、言い放つ。

「交認なんていらねえんだよ」

 エコバッグに便箋を戻すと、直哉は満足げな表情で何も言わずに会議室を後にした。