「永島先生のお父さん?」
「え? ケイ先生の?」
目を丸くする颯太と澄花。しかし、それ以上に驚愕している人物がいた。
「な、親父って、え? 永島先生が、直哉の息子?」
こんなにも狼狽えている早智枝を見るのは初めてだった。
「そんな馬鹿な。嘘でしょう」
「嘘であってほしいですよ。あなたが自分の祖母だなんて」
「じゃあ、栞は……」
──亡くなったあなたの恋人。
早智枝は慧に栞のことを話す時、そう言っていた。しかし、それは違う。
「栞は俺の妹です」
気がつかなくても無理はない。
早智枝が直哉の状況をずっとチェックしていたのは、栞が死んですぐに弔問に訪れたことからも明らかだった。直哉が家を出て行った当初は、息子をたぶらかした駆け落ち相手の動向も調査していただろうが、破局した時点で興味を失っていてもおかしくはない。
その後、慧が家庭教師として直哉と栞の前に現れた時、名字がかつての駆け落ち相手と同じならば気がついた可能性もあるが、その時には慧の名字は再婚相手の姓である「永島」に変わっていた。慧が光栄学院の採用試験を受けることを知った時も、あの時の家庭教師を何かに利用できないかと企んでいたのかもしれないが、少し調査が甘かったようだ。
──栞がお前のことを、自分に兄がいることを知ったのは偶然だったんだ。
栞が倒れた後、慧は直哉が自分の父であること、そして栞が腹違いの妹であることを知った。
直哉と駆け落ち相手、すなわち慧の母は別れた後はほとんど連絡を取ることはなかった。しかし年に一回だけ、慧の母親は誕生日を迎えた息子の近況を手紙にしたため、直哉に送っていた。
栞が高校一年生の時だった。直哉は届いたばかりの手紙を寝室で読み終えたが、いつも保管している金庫にしまい忘れた。そのまま家を出た後で、掃除機をかけに入ってきた栞が偶然それを読んだ。
それからはことあるごとに「お兄ちゃんに会いたい」と言うようになったが、直哉も今更慧にあったところで何を話して良いかわからないと拒んでいた。しかし、
──やっぱり、お兄ちゃんに会ってみたい。
コイワズライを発症した栞にとって、それが最後の願いだと思うと、直哉はそれ以上、断ることはできなかった。送られてきた手紙の住所を訪れて慧の母親に話をすると、慧が家庭教師のアルバイトをしていることを教えてくれた。
栞の指名により急に家に出入りするようになった大学生の家庭教師。年齢の近い男と楽しそうに話していることや、栞が恋愛による心拍の高鳴りにより死期を早める若者が多いコイワズライを発症しているという状況から、早智枝は「慧=栞の恋人」と思い込んだのだろう。
「理事長があんまり麗奈のことを勧めてくるので困ってたんですよ」
麗奈は慧の従妹にあたる。法律上は従兄弟同士でも結婚できるが、そうしている者はまずいないだろう。
早智枝は絶句していた。その様子に留飲を下げたのか、直哉はニヤリと笑う。そして、慧を見ると「ピンチじゃねえか」とからかうように言った。
「恥ずかしながらその通りです。助けてください、マスター」
「おい、勘違いするなよ。俺は別に助けに来たんじゃない」
「え?」
「お前みたいな頭の良いやつが考えた策が通用しなかったんだろ? 俺にどうにかできるわけがない」
慧だけではない。颯太も澄花も呆然としていた。どう考えても、今は窮地を救うヒーローが登場した場面だ。それなのに、当の本人にこのピンチを逆転しようという気はないらしい。
「俺はな、どうしても言ってやりたいことがあってきたんだ。この女に」
直哉は早智枝を指差した。失礼な振る舞いをされているのに、動揺している早智枝は黙ってそれを受け入れている。
「お前、栞が死んだ時に俺に何て言ったか覚えてるか?」
「……何のことかしら?」
「『この娘、幸せだったの?』って、お前は俺に訊いたんだ」
立ち尽くした土間で慧も聞いていたその言葉。問いかけるような形だったが、その時の早智枝の言いたいことは火を見るより明らかだった。
「あの時は答えられなかったから、今答えてやる。栞は……幸せだったよ」
「え? ケイ先生の?」
目を丸くする颯太と澄花。しかし、それ以上に驚愕している人物がいた。
「な、親父って、え? 永島先生が、直哉の息子?」
こんなにも狼狽えている早智枝を見るのは初めてだった。
「そんな馬鹿な。嘘でしょう」
「嘘であってほしいですよ。あなたが自分の祖母だなんて」
「じゃあ、栞は……」
──亡くなったあなたの恋人。
早智枝は慧に栞のことを話す時、そう言っていた。しかし、それは違う。
「栞は俺の妹です」
気がつかなくても無理はない。
早智枝が直哉の状況をずっとチェックしていたのは、栞が死んですぐに弔問に訪れたことからも明らかだった。直哉が家を出て行った当初は、息子をたぶらかした駆け落ち相手の動向も調査していただろうが、破局した時点で興味を失っていてもおかしくはない。
その後、慧が家庭教師として直哉と栞の前に現れた時、名字がかつての駆け落ち相手と同じならば気がついた可能性もあるが、その時には慧の名字は再婚相手の姓である「永島」に変わっていた。慧が光栄学院の採用試験を受けることを知った時も、あの時の家庭教師を何かに利用できないかと企んでいたのかもしれないが、少し調査が甘かったようだ。
──栞がお前のことを、自分に兄がいることを知ったのは偶然だったんだ。
栞が倒れた後、慧は直哉が自分の父であること、そして栞が腹違いの妹であることを知った。
直哉と駆け落ち相手、すなわち慧の母は別れた後はほとんど連絡を取ることはなかった。しかし年に一回だけ、慧の母親は誕生日を迎えた息子の近況を手紙にしたため、直哉に送っていた。
栞が高校一年生の時だった。直哉は届いたばかりの手紙を寝室で読み終えたが、いつも保管している金庫にしまい忘れた。そのまま家を出た後で、掃除機をかけに入ってきた栞が偶然それを読んだ。
それからはことあるごとに「お兄ちゃんに会いたい」と言うようになったが、直哉も今更慧にあったところで何を話して良いかわからないと拒んでいた。しかし、
──やっぱり、お兄ちゃんに会ってみたい。
コイワズライを発症した栞にとって、それが最後の願いだと思うと、直哉はそれ以上、断ることはできなかった。送られてきた手紙の住所を訪れて慧の母親に話をすると、慧が家庭教師のアルバイトをしていることを教えてくれた。
栞の指名により急に家に出入りするようになった大学生の家庭教師。年齢の近い男と楽しそうに話していることや、栞が恋愛による心拍の高鳴りにより死期を早める若者が多いコイワズライを発症しているという状況から、早智枝は「慧=栞の恋人」と思い込んだのだろう。
「理事長があんまり麗奈のことを勧めてくるので困ってたんですよ」
麗奈は慧の従妹にあたる。法律上は従兄弟同士でも結婚できるが、そうしている者はまずいないだろう。
早智枝は絶句していた。その様子に留飲を下げたのか、直哉はニヤリと笑う。そして、慧を見ると「ピンチじゃねえか」とからかうように言った。
「恥ずかしながらその通りです。助けてください、マスター」
「おい、勘違いするなよ。俺は別に助けに来たんじゃない」
「え?」
「お前みたいな頭の良いやつが考えた策が通用しなかったんだろ? 俺にどうにかできるわけがない」
慧だけではない。颯太も澄花も呆然としていた。どう考えても、今は窮地を救うヒーローが登場した場面だ。それなのに、当の本人にこのピンチを逆転しようという気はないらしい。
「俺はな、どうしても言ってやりたいことがあってきたんだ。この女に」
直哉は早智枝を指差した。失礼な振る舞いをされているのに、動揺している早智枝は黙ってそれを受け入れている。
「お前、栞が死んだ時に俺に何て言ったか覚えてるか?」
「……何のことかしら?」
「『この娘、幸せだったの?』って、お前は俺に訊いたんだ」
立ち尽くした土間で慧も聞いていたその言葉。問いかけるような形だったが、その時の早智枝の言いたいことは火を見るより明らかだった。
「あの時は答えられなかったから、今答えてやる。栞は……幸せだったよ」
