慧は足下に置いていたチューブファイルを手に取り、掲げて見せた。
「ここには光栄学院のOB・OGから集めた署名があります。何枚あると思いますか? 千枚以上ですよ。つまり千人以上の卒業生が交際認可審議会は一刻も早く廃止にするべきだと訴えています」
直哉が五年をかけて全国各地から集めた声が、早智枝に向かっていく。しかし長きにわたりこの光栄学院に君臨してきた女は、その程度では揺るがない。
「また署名ですか。この時代に皆さん随分とアナログな手法がお好きなようですね」
わかっていた。これで早智枝が考えを改めたら苦労はしない。
早智枝はこれまで感情論を排して生徒たちに裁きを言い渡してきた。目に見えない感情だけをぶつけても勝ち目はない。必要なのは言い逃れできない論拠だ。
「それだけではありません。理事長、後ろのスクリーンをご覧いただけますか?」
早智枝は鼻を鳴らしながらも素直に背後を振り返る。スクリーンには二つの円グラフが映し出されていた。
直哉だけではない。慧もまた交認を廃止するため、静まりかえった夜の職員室で時間をかけながら調査を進めてきた。
「聞かせてもらいましょうか」
「まず一つ目のグラフは『交際を否認された生徒の成婚率』です。成婚率というのは結婚相談所なんかで使われることの多い言葉ですが、ここでは『釣り合わないとして交際を否定された生徒の中で、何組のカップルがその後結婚に至ったか』を数値として示しています」
「見たところ、五割弱くらいですか? 卒業してから付き合って破局したのか、それとも否認されて恋心が冷めたのか。いずれにせよ、半分は縁がなかったというデータですね。とてもあなたの主張を肯定するような数値には思えませんが?」
「この数値だけで見るとそうかもしれません。しかし理事長、ご存じですか? ある調査によると、配偶者と学生時代に知り合ったと答えた女性は三割にも満たなかったそうです」
初恋は美しい。しかしそれは同時に、多くの人間にとって顔を覆いたくなるような失敗の経験でもある。そもそも、生涯に一度しか恋をしない人間ばかりであれば、「『初』恋」などという言葉は必要ない。
「残りの七割の中には当然、社会人になって初めて恋をした人もいるとは思いますが、多くの人間は学生時代の恋愛が実を結ばなかったとも考えられる。その点、光栄学院の生徒たちには青春時代に抱いた恋心を大人になるまで持ち続け、その相手と結ばれた者が多くいます。それも『あなたたちは釣り合わないから付き合ってはいけない』と教師から言われた生徒が、です」
早智枝はしばし思案していたが、結局反論の言葉が思いつかなかったのか口は開かなかった。それを確認して、慧はもう一つのグラフについて説明を始める。
「ここには光栄学院のOB・OGから集めた署名があります。何枚あると思いますか? 千枚以上ですよ。つまり千人以上の卒業生が交際認可審議会は一刻も早く廃止にするべきだと訴えています」
直哉が五年をかけて全国各地から集めた声が、早智枝に向かっていく。しかし長きにわたりこの光栄学院に君臨してきた女は、その程度では揺るがない。
「また署名ですか。この時代に皆さん随分とアナログな手法がお好きなようですね」
わかっていた。これで早智枝が考えを改めたら苦労はしない。
早智枝はこれまで感情論を排して生徒たちに裁きを言い渡してきた。目に見えない感情だけをぶつけても勝ち目はない。必要なのは言い逃れできない論拠だ。
「それだけではありません。理事長、後ろのスクリーンをご覧いただけますか?」
早智枝は鼻を鳴らしながらも素直に背後を振り返る。スクリーンには二つの円グラフが映し出されていた。
直哉だけではない。慧もまた交認を廃止するため、静まりかえった夜の職員室で時間をかけながら調査を進めてきた。
「聞かせてもらいましょうか」
「まず一つ目のグラフは『交際を否認された生徒の成婚率』です。成婚率というのは結婚相談所なんかで使われることの多い言葉ですが、ここでは『釣り合わないとして交際を否定された生徒の中で、何組のカップルがその後結婚に至ったか』を数値として示しています」
「見たところ、五割弱くらいですか? 卒業してから付き合って破局したのか、それとも否認されて恋心が冷めたのか。いずれにせよ、半分は縁がなかったというデータですね。とてもあなたの主張を肯定するような数値には思えませんが?」
「この数値だけで見るとそうかもしれません。しかし理事長、ご存じですか? ある調査によると、配偶者と学生時代に知り合ったと答えた女性は三割にも満たなかったそうです」
初恋は美しい。しかしそれは同時に、多くの人間にとって顔を覆いたくなるような失敗の経験でもある。そもそも、生涯に一度しか恋をしない人間ばかりであれば、「『初』恋」などという言葉は必要ない。
「残りの七割の中には当然、社会人になって初めて恋をした人もいるとは思いますが、多くの人間は学生時代の恋愛が実を結ばなかったとも考えられる。その点、光栄学院の生徒たちには青春時代に抱いた恋心を大人になるまで持ち続け、その相手と結ばれた者が多くいます。それも『あなたたちは釣り合わないから付き合ってはいけない』と教師から言われた生徒が、です」
早智枝はしばし思案していたが、結局反論の言葉が思いつかなかったのか口は開かなかった。それを確認して、慧はもう一つのグラフについて説明を始める。
