開け放していた会議室のドアの向こうで足音が聞こえた。
慧は意を決して席を立つと、振り返って会議室に入ってきた早智枝に頭を下げた。
「お待ちしておりました、門馬理事長」
「これは……どういうことですか?」
早智枝は会議室全体を睨みつけると、ゆっくりと審議員長の席に歩みを進めていく。
早智枝の左右に居並ぶはずの審議員は誰も座っていなかった。慧も生徒側の席にいる。
「すみません理事長。他の審議員には今日の交認は中止になったと言ってあります」
この日を迎えるにあたり、本当は教師側にも同じく交認廃止を訴える仲間が欲しかったが、それは断念した。自分と同じ考えの人間は他にもいるはずだとは思っていたが、仮にそうではない人間に自分の考えを明かしてしまった場合は一気に立場が危うくなる。交認を進める中で加担してくれる審議員も出てくるかもしれないが、万が一廃止に追い込めなかった場合は、その教師も無事では済まないだろう。
様々な経緯があり、颯太や澄花はもちろん一郎たち生徒会の面々など、一番巻き込むべきではない生徒たちを巻き込んでしまっている。せめてこれ以上はそういう人間を増やすべきではない。
そう決めた慧は麗奈に全てを話し、今日の場から他の審議員を遠ざけてもらった。
──センパイには迷惑をかけたからね。
麗奈は澄花に対して自分が奏と交際していると漏らしたことを謝罪したが、慧は気にしていなかった。むしろ、麗奈が行動してくれたことで澄花は自分を脅迫し、事態が動き出した。このことがなければ、今もまだ行動を起こせずに燻っていたかもしれない。
麗奈には「おばあちゃんの頭を冷やしてきて」とエールを送られた。本当は祖母を貶めようとしている慧に協力することは本意ではないかもしれない。それでも背中を押してくれた生意気な後輩の気持ちを無碍にしたくはなかった。
「他のメンバーを追い出して私と一騎打ち。それであれば少しは格好もつきますが」
ふん、と早智枝は鼻を鳴らすと、慧を挟むように座っている生徒たちを睨み付けた。
そこには颯太と澄花、そして一郎が座っていた。
「東堂生徒会長。何故あなたがここにいるのです? 今日は宮本颯太と藤咲澄花に関する審議だと聞いています。即刻立ち去りなさい」
反論など一切受け付ける気がない冷たい声。学院のトップから命令されて怯えない生徒はほとんどいないだろうが、一郎は違った。
「もちろんです、理事長。これを提出したら、僕はすぐにいなくなりますよ」
そう言って席を立った一郎は、訝しむ早智枝の前に紙の束をゆっくりと置いた。
「何ですか、これは?」
「署名ですよ。交際認可審議会の廃止に賛成する生徒たちの」
会議室で待っていた一郎の姿を見て、慧は驚いた。
──どうしたんだ。俺のことを応援しに来てくれたのか。
──そんなわけないでしょう。僕は生徒会長として、生徒の声を理事長に伝えに来ただけです。
一郎は生徒会を主導し、生徒たちから署名を集めてくれていた。決して教師たちには話しが漏れないように箝口令を敷きながら。一年生から三年生までほぼ全員の生徒が賛同してくれたらしい。
「こんな制度は不要です。あなたたちから見れば子どもなのかもしれないが、誰と交際するかくらい、僕たちは自分で判断できます。それに僕たちは光栄学院の狭き門をくぐったんだ。恋愛をしながら勉学に励み自分を高めることなど、何も難しいことではありません。あまり見くびらないでいただきたい」
失礼します、と一郎は踵を返す。
ありがとう、と礼を言った慧のことは無視したが、一郎は緊張している様子の二人を見て「頑張れ」と呟くと、静かに会議室を出て行った。
「私も年齢を重ねて審美眼が衰えているのかもしれませんね。東堂くんはもう少し優秀だと思っていました」
早智枝は一郎が置いていった手元の署名を見下すと、まとめてそれらを手に取り、思い切り目の前に投げつけた。
「こんなもの、何の意味もない」
生徒たちの声がバラバラになって宙を舞う。傍若無人な早智枝の振る舞いを初めて目の当たりにした颯太と澄花は呆気にとられていた。
「全校生徒の声を無視するんですか?」
「生徒たちはいかに優秀といえどもまだ子ども。勢いに任せて間違った判断をするのだと、あなたにも再三教えたはずですが?」
「間違った判断、ですか。それは一体どちらですかね」
「永島先生。あなたは私が思っていたよりもよほど大きなことを企んでいたようですね」
訊きましょう、と早智枝は挑発的な笑みを浮かべる。
「今日は宮本颯太と藤咲澄花の審議の場ではありません。この二人……いや、生徒たちに認可なんて必要ない。門馬理事長。私は交際認可審議会の廃止を要求いたします」
慧は意を決して席を立つと、振り返って会議室に入ってきた早智枝に頭を下げた。
「お待ちしておりました、門馬理事長」
「これは……どういうことですか?」
早智枝は会議室全体を睨みつけると、ゆっくりと審議員長の席に歩みを進めていく。
早智枝の左右に居並ぶはずの審議員は誰も座っていなかった。慧も生徒側の席にいる。
「すみません理事長。他の審議員には今日の交認は中止になったと言ってあります」
この日を迎えるにあたり、本当は教師側にも同じく交認廃止を訴える仲間が欲しかったが、それは断念した。自分と同じ考えの人間は他にもいるはずだとは思っていたが、仮にそうではない人間に自分の考えを明かしてしまった場合は一気に立場が危うくなる。交認を進める中で加担してくれる審議員も出てくるかもしれないが、万が一廃止に追い込めなかった場合は、その教師も無事では済まないだろう。
様々な経緯があり、颯太や澄花はもちろん一郎たち生徒会の面々など、一番巻き込むべきではない生徒たちを巻き込んでしまっている。せめてこれ以上はそういう人間を増やすべきではない。
そう決めた慧は麗奈に全てを話し、今日の場から他の審議員を遠ざけてもらった。
──センパイには迷惑をかけたからね。
麗奈は澄花に対して自分が奏と交際していると漏らしたことを謝罪したが、慧は気にしていなかった。むしろ、麗奈が行動してくれたことで澄花は自分を脅迫し、事態が動き出した。このことがなければ、今もまだ行動を起こせずに燻っていたかもしれない。
麗奈には「おばあちゃんの頭を冷やしてきて」とエールを送られた。本当は祖母を貶めようとしている慧に協力することは本意ではないかもしれない。それでも背中を押してくれた生意気な後輩の気持ちを無碍にしたくはなかった。
「他のメンバーを追い出して私と一騎打ち。それであれば少しは格好もつきますが」
ふん、と早智枝は鼻を鳴らすと、慧を挟むように座っている生徒たちを睨み付けた。
そこには颯太と澄花、そして一郎が座っていた。
「東堂生徒会長。何故あなたがここにいるのです? 今日は宮本颯太と藤咲澄花に関する審議だと聞いています。即刻立ち去りなさい」
反論など一切受け付ける気がない冷たい声。学院のトップから命令されて怯えない生徒はほとんどいないだろうが、一郎は違った。
「もちろんです、理事長。これを提出したら、僕はすぐにいなくなりますよ」
そう言って席を立った一郎は、訝しむ早智枝の前に紙の束をゆっくりと置いた。
「何ですか、これは?」
「署名ですよ。交際認可審議会の廃止に賛成する生徒たちの」
会議室で待っていた一郎の姿を見て、慧は驚いた。
──どうしたんだ。俺のことを応援しに来てくれたのか。
──そんなわけないでしょう。僕は生徒会長として、生徒の声を理事長に伝えに来ただけです。
一郎は生徒会を主導し、生徒たちから署名を集めてくれていた。決して教師たちには話しが漏れないように箝口令を敷きながら。一年生から三年生までほぼ全員の生徒が賛同してくれたらしい。
「こんな制度は不要です。あなたたちから見れば子どもなのかもしれないが、誰と交際するかくらい、僕たちは自分で判断できます。それに僕たちは光栄学院の狭き門をくぐったんだ。恋愛をしながら勉学に励み自分を高めることなど、何も難しいことではありません。あまり見くびらないでいただきたい」
失礼します、と一郎は踵を返す。
ありがとう、と礼を言った慧のことは無視したが、一郎は緊張している様子の二人を見て「頑張れ」と呟くと、静かに会議室を出て行った。
「私も年齢を重ねて審美眼が衰えているのかもしれませんね。東堂くんはもう少し優秀だと思っていました」
早智枝は一郎が置いていった手元の署名を見下すと、まとめてそれらを手に取り、思い切り目の前に投げつけた。
「こんなもの、何の意味もない」
生徒たちの声がバラバラになって宙を舞う。傍若無人な早智枝の振る舞いを初めて目の当たりにした颯太と澄花は呆気にとられていた。
「全校生徒の声を無視するんですか?」
「生徒たちはいかに優秀といえどもまだ子ども。勢いに任せて間違った判断をするのだと、あなたにも再三教えたはずですが?」
「間違った判断、ですか。それは一体どちらですかね」
「永島先生。あなたは私が思っていたよりもよほど大きなことを企んでいたようですね」
訊きましょう、と早智枝は挑発的な笑みを浮かべる。
「今日は宮本颯太と藤咲澄花の審議の場ではありません。この二人……いや、生徒たちに認可なんて必要ない。門馬理事長。私は交際認可審議会の廃止を要求いたします」
