通勤前に慧はまだ開店していない「ことのは」を訪ねた。
今日を交際認可審議会の最期の日にする。その決意を直哉と、そして栞に伝えにきた。
「頼んだぞ」
直哉はそう言って十数枚の紙を差し出す。
「これが最後の署名だ」
直哉は全国各地にいる光栄学院の卒業生から、交認の廃止を要求する署名を集めていた。自分が門馬早智枝の息子であり交認が設置されるきっかけとなったこと、そのせいで多くの生徒に迷惑をかけたことを謝罪し、この制度を廃止することで現役と未来の光栄学院に通う生徒たちの助けになりたいと思っていることを真摯に訴えた。
もちろん、卒業してからもずっと交認の存在意義について考えている人間などいなかった。しかし、直哉から話を聞くうちに生徒だった時に抱いていた不満や疑問が再燃したのか、署名に協力してくれた人数は優に千を上回った。その中には当然、交認によって交際を否決された者や未認可交際により学院を追い出された者もいるが、八割近くは交際を認可された者だった。
──好きになった人がたまたま同じくらいの成績だから運が良かった。そうじゃなかったら確実に学院生活は苦しいものになっていた。
──交認がなくてもどうせ付き合っていた。交認から認可を受けることには何のメリットもない。
──友人が好きになった人と自由に恋愛ができない姿を見て苦しかった。
──こんな制度は一刻も早くなくした方が良い。
制度の被害者ではない人間の声がこんなにも多く集まったことは、必ずや早智枝を追い詰める材料になるはずだと、直哉は言った。
「これは……」
慧は渡された署名に目を通す。その中には慧が自らの口で退学を言い渡した草部玲央と斎賀心菜、そして塾講師時代の教え子であるショウタの名前もあった。
玲央・心菜カップルは当初、協力することに難色を示していたが、慧は最初から交認を廃止することが目的だったと聞くと、渋々ながらも署名してくれた。
そしてショウタは当時未認可交際をしていた彼女、現在は婚約者となった女性とともに快く署名すると、「永島先生なら大丈夫!」と笑っていたらしい。
「みんなお前のことを応援してたぞ」
慧は手に力が入り署名を握り潰しそうになるのをぐっと堪え、鞄の中に仕舞う。
「やっぱりマスターも来てくれませんか?」
最後、早智枝を追い詰め交認に終止符を打つのは自分ではなく直哉が相応しいと慧は思っていた。これまでも何度かその話をしては断られていたが、今回も直哉の返事は変わらなかった。
「俺はもうあの女の顔なんか見たくないんだよ」
「……わかりました。じゃあ、そろそろ行きます」
早智枝と対峙するのは放課後。それまでは普段通り授業がある。多くの生徒は慧の目的を知らない。今日も一日、終業式前日で弛んだ空気の中、生物教師の永島慧として生徒の学力向上に努める義務がある。
慧が席を立つと「待ってるぞ」と直哉は言った。
「帰ったらドリアでも食わせてやるから」
直哉の横ではいつもと変わらず、栞が微笑んでいた。
今日を交際認可審議会の最期の日にする。その決意を直哉と、そして栞に伝えにきた。
「頼んだぞ」
直哉はそう言って十数枚の紙を差し出す。
「これが最後の署名だ」
直哉は全国各地にいる光栄学院の卒業生から、交認の廃止を要求する署名を集めていた。自分が門馬早智枝の息子であり交認が設置されるきっかけとなったこと、そのせいで多くの生徒に迷惑をかけたことを謝罪し、この制度を廃止することで現役と未来の光栄学院に通う生徒たちの助けになりたいと思っていることを真摯に訴えた。
もちろん、卒業してからもずっと交認の存在意義について考えている人間などいなかった。しかし、直哉から話を聞くうちに生徒だった時に抱いていた不満や疑問が再燃したのか、署名に協力してくれた人数は優に千を上回った。その中には当然、交認によって交際を否決された者や未認可交際により学院を追い出された者もいるが、八割近くは交際を認可された者だった。
──好きになった人がたまたま同じくらいの成績だから運が良かった。そうじゃなかったら確実に学院生活は苦しいものになっていた。
──交認がなくてもどうせ付き合っていた。交認から認可を受けることには何のメリットもない。
──友人が好きになった人と自由に恋愛ができない姿を見て苦しかった。
──こんな制度は一刻も早くなくした方が良い。
制度の被害者ではない人間の声がこんなにも多く集まったことは、必ずや早智枝を追い詰める材料になるはずだと、直哉は言った。
「これは……」
慧は渡された署名に目を通す。その中には慧が自らの口で退学を言い渡した草部玲央と斎賀心菜、そして塾講師時代の教え子であるショウタの名前もあった。
玲央・心菜カップルは当初、協力することに難色を示していたが、慧は最初から交認を廃止することが目的だったと聞くと、渋々ながらも署名してくれた。
そしてショウタは当時未認可交際をしていた彼女、現在は婚約者となった女性とともに快く署名すると、「永島先生なら大丈夫!」と笑っていたらしい。
「みんなお前のことを応援してたぞ」
慧は手に力が入り署名を握り潰しそうになるのをぐっと堪え、鞄の中に仕舞う。
「やっぱりマスターも来てくれませんか?」
最後、早智枝を追い詰め交認に終止符を打つのは自分ではなく直哉が相応しいと慧は思っていた。これまでも何度かその話をしては断られていたが、今回も直哉の返事は変わらなかった。
「俺はもうあの女の顔なんか見たくないんだよ」
「……わかりました。じゃあ、そろそろ行きます」
早智枝と対峙するのは放課後。それまでは普段通り授業がある。多くの生徒は慧の目的を知らない。今日も一日、終業式前日で弛んだ空気の中、生物教師の永島慧として生徒の学力向上に努める義務がある。
慧が席を立つと「待ってるぞ」と直哉は言った。
「帰ったらドリアでも食わせてやるから」
直哉の横ではいつもと変わらず、栞が微笑んでいた。
