コイワズライ

 光栄学院に通う生徒は自由恋愛が許されない。誰かを愛し、交際をしたいと願う場合、教職員で構成される交認に申請をし、認可を得る必要がある。もし、認可を得ずに交際していたことが発覚した場合は、即刻退学処分となる。
 先刻開かれた交認で慧が退学を言い渡した二人。彼らの未認可交際が露見したのは男子生徒、草部玲央の母親によるリークがあったからだ。
 玲央は最近テストの成績を大きく下げていた。食事中も浮かれた顔でスマートフォンを弄ってばかり。母親はそれを不審に思った。玲央にとって運が悪かったのは、ロック解除を顔認証ではなく指紋認証で行っていたことと、一度寝たらなかなか起きないほど眠りが深かったことだ。
 母親は息子がどの指でロックを解除しているのかを目に焼き付けると、寝ている隙にその指を画面に押し当て、スマートフォンのロックを解除した。そしてメッセージアプリを覗き見て、そこに綴られた甘い言葉の応酬に悲鳴を上げた。

 ──ココのこと世界一愛してる。
 ──ずっと一緒にいる!
 ──ベビたんの名前、もう決めちゃう?(笑)

 将来のために勉学に励んでいると思っていた息子が恋愛に現を抜かしている。母親は絶望したが、すぐに息子を骨抜きにした斎賀心菜に怒りの矛先を向けると、「レオを救えるのは私しかいない」という使命感に燃えた。母親は休日に「図書館で勉強してくる」と言って出て行った息子の後を探偵さながらに尾行し、交際の証拠を掴んだ。

 ──ウチの子が変な女にたぶらかされてます。

 母親からのリークを受けた交認の審議員数名が生徒に聞き取りをしたところ、二人が逢瀬を重ねていたという証言が複数得られた。目撃された場所は学院がある青野市から電車で三駅離れた街であり、二人なりに交際を隠そうとしていた努力はうかがえたが、慧に言わせるとやはり甘い。どれだけ離れた場所であろうとも、実際に会っている以上は誰かに見つかる可能性は必ずある。極端な話、日本を出てどこか遠い国であろうが、誰かのSNSに映り込んで見つかる可能性はある。世界中の人間が監視者となった社会でプライバシーを守ることは簡単ではない。

「あのお母さん、自分の子どもをどうしたかったんでしょう? お母さんが黙ってたらそのままバレずに卒業できてたかもしれませんよね? 成績は悪くなかったし、隠し通して卒業させてあげた方が、明るい未来が待ってたんじゃないですか?」

 麗奈の指摘はもっともだと慧も思う。この学院に入るために本人は並大抵ではない努力をしただろうし、母親だってそれを知っていたはずだ。それでも、ある種約束された将来を捨ててでも、交際を引き裂いた方が息子のためになると考えたのだろう。仮に息子の初恋に我を忘れて突発的に行動したのだとして、後々その判断を後悔することになったとしても、慧たち教師にその責任を取ることはできない。無断交際は退学処分というルールを厳格に守っただけのことだ。

「こんなルール、なくした方がいいと思いますよ。生徒たちがかわいそうです」

 麗奈の意見に同調しそうになるが、慧は寸前で思いとどまる。
 油断してはいけない。
 内心でどう思っていようとも、制度を批判するような意見に頷くことは危険だ。

「別に生徒たちばかりがかわいそうだとは、一概には言えないんじゃないか? 俺たち教師だって生徒に縛られている面はあるんだし」
「そうかもしれませんけど……」
「さて、俺はそろそろ帰るぞ」

 慧は首をグルグルと回し、凝り固まった左肩を自分の右手で揉む。

「え? か弱い女教師を一人にするんですか?」
「どこがか弱いんだよ。悪いけどちょっと疲れたんだ」

 疲れたのは本当だったが、麗奈が横に座っている状況では落ち着いて作業はできない。慧はゆっくりと席を立つ。

「唐揚げ、ごちそうさま。麗奈もあんまり遅くなるなよ」
「あ、先輩待って」

 呼び止めた麗奈の手が慧の首元に伸びる。何事かと身構えると、ネクタイをきゅっと下に引っ張られた。

「緩んでましたよ」

 上目遣いの瞳と視線が交錯すると、麗奈は少し照れたように微笑んだ。

「なんか新婚みたい」
「馬鹿なこと言うなよ」
「別にいいじゃないですか」

 からかうように笑う麗奈から目を逸らすと、慧は思わず一学年の教師が座る席を見る。すでに帰っていることは知っていたが、そこに誰もいないのを改めて確認し、安堵した。