コイワズライ

「栞!」

 胸を押さえ、呻きながら体が前に倒れていく。 
 慧は急いでナースコールを押すと、すぐにナースと主治医がやってきた。
 慧は絶句した。薬を投与されてからはせいぜい三時間程度。それなのに、また症状が現れている。
 コイワズライはすでに末期まで進行していた。
 主治医たちが慌ただしく栞を診察する中、慧はそっと病室を出ると、暗い通路を一気に走り抜けた。出入口のところで食事から戻ってきた直哉に声をかけられたが構わずに外に出る。
 雨が振り続く夜の街を慧は駆けた。
 雨に打たれても構わない。早く家に帰りたかった。帰って風呂に入って無理矢理にでも何かを食べてベッドでゆっくりと眠る。そうやって訪れるはずの明日は、きっといつもと変わらないはずだと信じたかった。


 それから慧は一週間外に出なかった。食事は家に余っていたカップラーメンを食べてしのいだ。
 家庭教師の日がやってきたが、慧は行かなかった。その夜、直哉からメッセージが来た。
 何で来なかった。一緒にいてやってくれ。逃げるな。
 そうやって責められると思いながらスマートフォンを確認した。そこには慧を責める言葉は一つもなかった。
 代わりにただ一言、

『栞が死んだ』

 と書かれていた。