暗い病室で眠っている栞を見ながら、直哉は栞がコイワズライだということを教えてくれた。若い人が罹患する病だという一般的な知識はあったが、実際に身近な人間が発症したのは慧にとって初めてだった。
「最初に倒れたのはちょうど一年くらい前だな。模試の会場で倒れたって、学校の先生から電話が来たんだ」
当時のことを語る直哉の瞳は淀んでいて、人間が当然に宿しているはずの光は深く見えないところに沈んでいた。
幼い頃から頭が良かった栞に直哉は期待していた。いつか子どもが産まれても「勉強しなさい」などと強要する口うるさい親には決してなるまいと思っていたが、いざ産まれた子どもが小学生になって満点のテストを持って帰ってくると、娘を褒めてやりたいという気持ち以上に自分の自尊心が高まるような妙なざわめきが胸を突いた。小学生のテストくらいで、と自分を落ち着かせたが、中学生になっても学年トップクラスの成績であり、青野市で有数の進学校に合格すると、運動が不得意だったこともあり「きっと栞は頭の良さを武器にして生きていくのだ」と勝手に決めつけた。高校生になってからは「栞なら良い大学に行って、良い会社に入れるぞ」と判で押したような「子どもの幸せを願う親」になっている自分に気がつかなかった。
「コイワズライは心拍が高くなると進行が早まる。だから、できるだけ感情が揺さぶられることがないよう、平穏に毎日を過ごしてくださいって医者に言われたよ。それでも、もって一年くらいだって。それを聞いたときに俺は気づいたんだ。俺が栞の命を削っていたかもしれないって。その日の朝、『頑張って良い点数取ってこい』って俺が言ったことがプレッシャーになったのかもしれない。もしかしたらわからない問題が出て焦って心拍も上がって……」
直哉は目を瞑り、天を仰いだ。
「長くは生きられないことを聞かされた時、栞は笑ったんだ。『じゃあちょっとだけワガママに生きても良いよね?』って。俺には強がりを言っているようには見えなかった。ああ、きっと栞に我慢させてたことがあるんだなと思ったんだ。だから、何かやりたいことがあるのかって訊いたら、栞のやつ何て言ったと思う?」
慧は首を横に振った。栞がやりたかったことなど検討もつかなかったし、想像を巡らせてみようという気概もなかった。
「お前だよ」と直哉は言った。
「お前に会いたいって、栞は言ったんだ」
「最初に倒れたのはちょうど一年くらい前だな。模試の会場で倒れたって、学校の先生から電話が来たんだ」
当時のことを語る直哉の瞳は淀んでいて、人間が当然に宿しているはずの光は深く見えないところに沈んでいた。
幼い頃から頭が良かった栞に直哉は期待していた。いつか子どもが産まれても「勉強しなさい」などと強要する口うるさい親には決してなるまいと思っていたが、いざ産まれた子どもが小学生になって満点のテストを持って帰ってくると、娘を褒めてやりたいという気持ち以上に自分の自尊心が高まるような妙なざわめきが胸を突いた。小学生のテストくらいで、と自分を落ち着かせたが、中学生になっても学年トップクラスの成績であり、青野市で有数の進学校に合格すると、運動が不得意だったこともあり「きっと栞は頭の良さを武器にして生きていくのだ」と勝手に決めつけた。高校生になってからは「栞なら良い大学に行って、良い会社に入れるぞ」と判で押したような「子どもの幸せを願う親」になっている自分に気がつかなかった。
「コイワズライは心拍が高くなると進行が早まる。だから、できるだけ感情が揺さぶられることがないよう、平穏に毎日を過ごしてくださいって医者に言われたよ。それでも、もって一年くらいだって。それを聞いたときに俺は気づいたんだ。俺が栞の命を削っていたかもしれないって。その日の朝、『頑張って良い点数取ってこい』って俺が言ったことがプレッシャーになったのかもしれない。もしかしたらわからない問題が出て焦って心拍も上がって……」
直哉は目を瞑り、天を仰いだ。
「長くは生きられないことを聞かされた時、栞は笑ったんだ。『じゃあちょっとだけワガママに生きても良いよね?』って。俺には強がりを言っているようには見えなかった。ああ、きっと栞に我慢させてたことがあるんだなと思ったんだ。だから、何かやりたいことがあるのかって訊いたら、栞のやつ何て言ったと思う?」
慧は首を横に振った。栞がやりたかったことなど検討もつかなかったし、想像を巡らせてみようという気概もなかった。
「お前だよ」と直哉は言った。
「お前に会いたいって、栞は言ったんだ」
