「はいよ」
熱気を帯びたドリアとナポリタンの器が慧の前にごとりと置かれた。直哉は二人の間に流れる空気を感じ取ったのか、「仕込みがある」と言ってカウンターの奥にある自宅の方へと姿を消した。
「どっちも美味いぞ。食べないか?」
少し気分も落ち着いたのか、澄花はじっと二つのご馳走を睨み付けると、火傷しないように受け皿の端を摘んでドリアを自分の前に引き寄せた。
茶色い陶器のレンゲでドリアを掬い、小さな口で息を吹きかけて冷ます。火傷しないように慎重に口へと運ぶと、「美味しい」と澄花は目を丸くした。
「何か、ホッとする味」
「そうなんだよ。俺も初めて食べた時は感動した。あんな人相で良くもこんな優しい味の料理を作れるよな」
聞こえてるぞ、と奥から声が聞こえ、慧と澄花は顔を見合わせて小さく笑った。
「私ね、颯太くんの頭の上に数字が見えた時。ショックだった」
澄花が訥々と話しだした。
「でも、残り時間がわかったからこそ、少しでも一緒にいたいって気持ちが強くなって、先生を脅したりした。ねえ、ケイ先生。颯太くんは私のこと好きかな?」
好きだと思う、と慧は言えなかった。今その言葉を言うと澄花を傷つけるかもしれない。
「もしそうだとしたら、私が颯太くんの命を縮めたんだよね? 私がいなければ、颯太くんの頭の上には今もまだ、数字が浮かんでいなかったかもしれないよね?」
病院に着いて颯太が集中治療室に運ばれた頃、颯太の両親が到着した。そこで慧と澄花は両親から、颯太の病名が情動誘発性心筋線維化症、通称「コイワズライ」であることを聞かされた。
──ごめんなさい。
澄花は泣き崩れた。両親は澄花が息子にとってどのような存在であるのかを悟ったが、責めるようなことはしなかった。
「なあ、藤咲。宮本は優しい奴だな」
「え?」
「自分がいなくなった時の藤咲の傷が少しでも浅くて済むように、心からお前のことを思って行動したんだ」
でもさ、と慧は続ける。
「俺はこのままだと宮本は後悔すると思う」
「どうして、先生がそんなこと」
「俺も後悔してるから」
慧はカウンターの向こうにある写真立てを指差す。いつもと変わらない、二度と変わることのない笑顔の栞。つられて視線を動かした澄花が「綺麗な人」とつぶやく。
「同じなんだよ」
「同じ?」
「彼女も、コイワズライで死んだんだ」
──ずっと、一緒にいたいよ。
いつまでも、忘れることのできない栞の声。あの日逃げ出した自分と同じ選択を、颯太にはしてほしくない。
熱気を帯びたドリアとナポリタンの器が慧の前にごとりと置かれた。直哉は二人の間に流れる空気を感じ取ったのか、「仕込みがある」と言ってカウンターの奥にある自宅の方へと姿を消した。
「どっちも美味いぞ。食べないか?」
少し気分も落ち着いたのか、澄花はじっと二つのご馳走を睨み付けると、火傷しないように受け皿の端を摘んでドリアを自分の前に引き寄せた。
茶色い陶器のレンゲでドリアを掬い、小さな口で息を吹きかけて冷ます。火傷しないように慎重に口へと運ぶと、「美味しい」と澄花は目を丸くした。
「何か、ホッとする味」
「そうなんだよ。俺も初めて食べた時は感動した。あんな人相で良くもこんな優しい味の料理を作れるよな」
聞こえてるぞ、と奥から声が聞こえ、慧と澄花は顔を見合わせて小さく笑った。
「私ね、颯太くんの頭の上に数字が見えた時。ショックだった」
澄花が訥々と話しだした。
「でも、残り時間がわかったからこそ、少しでも一緒にいたいって気持ちが強くなって、先生を脅したりした。ねえ、ケイ先生。颯太くんは私のこと好きかな?」
好きだと思う、と慧は言えなかった。今その言葉を言うと澄花を傷つけるかもしれない。
「もしそうだとしたら、私が颯太くんの命を縮めたんだよね? 私がいなければ、颯太くんの頭の上には今もまだ、数字が浮かんでいなかったかもしれないよね?」
病院に着いて颯太が集中治療室に運ばれた頃、颯太の両親が到着した。そこで慧と澄花は両親から、颯太の病名が情動誘発性心筋線維化症、通称「コイワズライ」であることを聞かされた。
──ごめんなさい。
澄花は泣き崩れた。両親は澄花が息子にとってどのような存在であるのかを悟ったが、責めるようなことはしなかった。
「なあ、藤咲。宮本は優しい奴だな」
「え?」
「自分がいなくなった時の藤咲の傷が少しでも浅くて済むように、心からお前のことを思って行動したんだ」
でもさ、と慧は続ける。
「俺はこのままだと宮本は後悔すると思う」
「どうして、先生がそんなこと」
「俺も後悔してるから」
慧はカウンターの向こうにある写真立てを指差す。いつもと変わらない、二度と変わることのない笑顔の栞。つられて視線を動かした澄花が「綺麗な人」とつぶやく。
「同じなんだよ」
「同じ?」
「彼女も、コイワズライで死んだんだ」
──ずっと、一緒にいたいよ。
いつまでも、忘れることのできない栞の声。あの日逃げ出した自分と同じ選択を、颯太にはしてほしくない。
