コイワズライ

 一夜明けた放課後、慧は澄花を生徒指導室に呼び出した。

「ケイ先生、良く無事だったね」

 澄花は慧と奏が学院を追放されなかったことに驚いていた。
 教審の公式見解では、「永島慧と笹尾奏は交際していない」と発表された。「証拠不十分」などの文言がなく「交際していない」と断定したのは、生徒に疑念が残らないようにという一郎たちの配慮だろう。
 ここまでしてくれた一郎たちのためにも、必ず約束を果たさなければならない。

「それで? 今日はどうしたの? こないだの話の続き?」
「……とりあえず座ってくれ」

 慧に促され澄花が席についたところで、コンコンコン、と扉がノックされた。「入ってくれ」と慧が言うと、ガラガラと扉が開く。

「なんですか、こんなところに呼び出して。僕も忙しい──」

 苛々したような顔で入ってきた颯太が、澄花の姿を確認すると息を飲んだ。澄花も自分一人が呼び出されたと思っていたのか、颯太の登場に目を丸くしている。

「帰ります!」
「待て宮本!」

 慌てて翻した颯太を慧が制す。

「少し三人で話をしないか?」

 慧の提案に颯太は背中を向けたまま黙っていた。呼吸をする度、肩が上下に揺れている。
 やがて、颯太は澄花の隣に腰を下ろすと、ふう、と大きく一つ息を吐いた。

「回りくどいことは言わない。二人の関係を教えてくれないか?」

 慧は単刀直入に訊ねると、これまでの出来事を順番に話して聞かせる。
 奏との交際をネタに澄花から脅迫されたこと。二人のことを調べたが、どこにも接点が見当たらなかったこと。そして、自分が交認の廃止を目論んで学院に潜入したことや、それを生徒会と約束したことも。
 慧が話している間、澄花はバツが悪そうに俯き、颯太は腕を組んで目を閉じていた。

「藤咲の一方的な片想い、というわけじゃないんだろ?」

 慧の問いかけに颯太は答えない。気持ちを落ち着けようとしているのか、何度も鼻で息をしている。

「私も聞きたい」

 澄花が今にも泣きそうな声でこぼす。

「どうして、約束をなかったことにしようなんて言い出したの?」

 慧には理解できなかった。その言葉は颯太に向けられている。約束とは一体。
 恐る恐るといった様子で澄花は颯太を盗み見る。
 しばらく黙っていた颯太だったが、やがて目を瞑ったまま「仕方がないことだよ」と呟いた。

「約束がなかったことになるなんて、珍しいことじゃない。藤咲さんだって、今までの、人生の中でそういうことも、あったでしょ?」
「それは、そうだけど……。それは私のことを嫌いになったってこと?」

 澄花がそういうと、颯太は目を見開いて立ち上がった。

「そんなことない! ぼ、僕は、ずっと、藤咲さんのことを……」

 そこで不意に、言葉が途切れた。

「宮本?」

 颯太の呼吸が激しくなっている。やがて、胸を押さえながらその場にうずくまった。

「宮本!」
「颯太くん!」

 澄花の悲鳴が生徒指導室に響く。慧は急いでスマートフォンを取り出し救急車を呼んだ。

「すみません! 生徒が一人倒れました! 場所は──」

 颯太のそばに近づいて澄花とともに背中をさすり続ける。

 ──しっかりしろ! 栞!

 慧の脳裏には忌々しい雨の日の記憶が蘇っていた。