「お待ちしてましたよ。さあ、座ってください」
生徒会室に入ってすぐ、目の前には二人分の机と椅子が並べられていた。一郎に促されて慧と奏は着席する。
優等生ばかりが集まった生徒会。普段は真面目で朗らかな生徒が多いが、今はその面影が感じられないほど、全員が射るような視線で二人のことを捉えていた。場の殺気立った空気に慧はふと、早智枝の代理として自らが退学を言い渡した生徒二人のことを思い出した。
どれほど怖かっただろう。
まだ親の庇護を受けている高校生が大人に囲まれて詰問を受ける。やはり、交認などという制度はあってはならない。
「さて、審議に入る前に現在の状況をおさらいしておきましょうか」
進行は審議部長である一郎が自ら務めるようだった。
「現在、お二人には教職員交際審議部の認可を得ずに交際をしているのではないかという嫌疑がかけられています。説明するまでもありませんが、仮にそれが事実だった場合、生徒会教職員交際審議部規程第九条に基づき懲戒免職となります。よろしいですね?」
憎き慧を追い込むチャンスとあって興奮しているのか、一郎は少し早口になっている。
「規程については理解している」
先に進めてくれ、と慧がいうと一郎は眉をひそめた。
「進行は僕です。今後は立場をわきまえて発言してください」
「悪かったな。次からは気をつける」
「ふん。まあ、良いでしょう。まずは笹尾先生。この写真を見て頂けますか? 先日永島先生には見て頂いたんですが、改めて笹尾先生にも確認をお願いしたい」
前回、慧が生徒会室に呼び出された時と同じように、副会長が奏の元に写真を持ってくる。
「先日、生徒会室の机に二枚の写真が置かれていました」
改めて説明を受けるまでもない。この写真は奏が自ら置いたのだから。
奏は苦い顔をして写真を眺めていた。自らが撮影して生徒会室の机の上に放置した写真。そんなことをしなければ良かったと後悔しているのかもしれない。
「笹尾先生。そこに映っているのは先生の家の玄関で間違いないですか?」
「間違いないです」
「それでは、そこに置かれた宅配物は永島先生から笹尾先生に贈られたもので間違いないですか?」
「それも間違いないです」
「わかりました。まあ、これは先日永島先生も認めていたことですから、あくまで確認にすぎません」
一郎が少し落胆したような表情を見せる。もしここで奏が嘘をついていたら、それを理由に懲戒免職を言い渡すつもりだったのかもしれない。規程の第十条には「虚偽申告や隠蔽が判明した場合も同様に懲戒免職とする」と謳われている。
「さて、大事なのはここからです。果たして、本当にお二人は交際関係にあるのか。これは永島先生も仰っていましたが、友人にプレゼントを贈るケースというのは当然にありますし、その友人というのが男女であることももちろんあります。私は男女の友情も存在すると考えるタイプですので」
先日の生徒会室での出来事をやり返した気になっているのか、一郎が慧の方を見てニヤリと笑ったが、慧は相手にしない。
「今回の審議に臨むにあたって、様々な人物に聞き取りをしました。お二人が担任をしているクラスの生徒。教職員のみなさん。しかし、残念ながら、と言ってはいけませんが、お二人が一緒にいるところを目撃したり、何かしら交際の証拠になる話をしてくださる人はいませんでした」
クラスの生徒ということは澄花にも聞き取りはしているのだろう。そこで黙っていてくれたことに慧は感謝する。
「先生たちの間では何故か門馬先生との関係を疑う人が多かったですが」
もしかしてそっちが本命ですか、と問われ慧は全力で否定する。隣に立つ奏から殺気を感じた。後で謝っておかなければ。
「本当であれば、この写真を撮影した人物。すなわち、告発者に話を聞くことができれば良いのですが、現状では告発者が誰なのかわかっていません。……認めます。お二人が交際をしていると判断するには証拠不十分だということを」
「え?」
奏が呆気にとられたように声を出した。おそらく、もっと糾弾されることを覚悟していたのだろう。それが証拠不十分だとあっさり認めたものだから、拍子抜けしたのかもしれない。
しかし、一郎がこれで終わるわけがないと慧は確信していた。案の定、一郎は「ただ」と話を続ける。
「だからと言って、このまま当学院で教鞭を執り続けることを許しても良いのでしょうか?」
「なんだと?」
「永島先生。冒頭で規程については理解しているとお話しされてましたが、では規程の第五条の内容を把握していますか?」
慧は事前に確認してきた規程を頭の中に思い浮かべる。第五条とはなんだったか。毎日読み込んでいるわけではないので当然全てを諳んじることはできないが、考えても思い出せないということは確認した時にそれほど重要ではないと判断したのだろう。
「申し訳ないが」
「構いませんよ。それでは僕の方から規程を読み上げさせていただきます。第五条にはこう書いてあります。『審議部は以下の観点から交際の可否を審査する。学院の秩序や教育活動に支障をきたさないか』と。これは無断交際ではない、正式な交際申請が行われた場合の審査基準ですが、今のお二人をこの審査基準に照らした場合、クリアしていると言えるでしょうか?」
なるほど。一郎がどういう方向に話を持っていきたいのか、慧は理解した。
「永島先生、笹尾先生。あなた方が交際を疑われるような行いをした。ここで無罪放免として、生徒たちは学院生活に集中できるでしょうか? 『もしかしたらこの人たちは男女の関係があるのかもしれない』。生徒にそのような疑念を抱かせる教師は、この学院に相応しいんでしょうか?」
証拠はない。しかし、秩序を乱したことを理由に学院を出て行ってもらう。
交認と違い、教審では成績などの客観的な数値が判断材料として定められているわけではない。結局は部員たち、特に審議部長である生徒会長の鶴の一声で決まるということだ。
「東堂、お前最初から議論するつもりなんてなかっただろ?」
「そんなことありませんよ。お二人が交際していないという事実を明確に証明できれば、僕もこんなことは言いません」
「疑わしきは罰せよ、ということだな」
「そういうことです。僕は生徒会長として、生徒たちが過ごしやすい学院環境を構築する義務がありますから」
「さすが生徒会長だな。良いことを言う」
本当に、良いことを言ってくれた。
まさか向こうから話を切り出すタイミングを作ってくれるとは思わなかった。
「東堂生徒会長。俺からも発言して良いか?」
「どうぞ」
一郎は人差し指で眼鏡を押し上げる。反論できないと確信しているのか、ゆったりとした動作には余裕が感じられる。
慧はスーツのポケットに四つ折りでしまい込んでいた一枚の紙を取り出すと、奏とともに頷き合い、一郎の目の前へと歩いていく。眉をひそめる一郎に対して、慧はその紙を差し出した。
「これを預かっておいてくれないか?」
「なんですかこれは?」
訝しがりながらも一郎は紙を受けとる。そして、そこに書かれている内容に目を通すと、机を強く叩きつけて立ち上がった。
「ふざけるな!」
生徒会室に入ってすぐ、目の前には二人分の机と椅子が並べられていた。一郎に促されて慧と奏は着席する。
優等生ばかりが集まった生徒会。普段は真面目で朗らかな生徒が多いが、今はその面影が感じられないほど、全員が射るような視線で二人のことを捉えていた。場の殺気立った空気に慧はふと、早智枝の代理として自らが退学を言い渡した生徒二人のことを思い出した。
どれほど怖かっただろう。
まだ親の庇護を受けている高校生が大人に囲まれて詰問を受ける。やはり、交認などという制度はあってはならない。
「さて、審議に入る前に現在の状況をおさらいしておきましょうか」
進行は審議部長である一郎が自ら務めるようだった。
「現在、お二人には教職員交際審議部の認可を得ずに交際をしているのではないかという嫌疑がかけられています。説明するまでもありませんが、仮にそれが事実だった場合、生徒会教職員交際審議部規程第九条に基づき懲戒免職となります。よろしいですね?」
憎き慧を追い込むチャンスとあって興奮しているのか、一郎は少し早口になっている。
「規程については理解している」
先に進めてくれ、と慧がいうと一郎は眉をひそめた。
「進行は僕です。今後は立場をわきまえて発言してください」
「悪かったな。次からは気をつける」
「ふん。まあ、良いでしょう。まずは笹尾先生。この写真を見て頂けますか? 先日永島先生には見て頂いたんですが、改めて笹尾先生にも確認をお願いしたい」
前回、慧が生徒会室に呼び出された時と同じように、副会長が奏の元に写真を持ってくる。
「先日、生徒会室の机に二枚の写真が置かれていました」
改めて説明を受けるまでもない。この写真は奏が自ら置いたのだから。
奏は苦い顔をして写真を眺めていた。自らが撮影して生徒会室の机の上に放置した写真。そんなことをしなければ良かったと後悔しているのかもしれない。
「笹尾先生。そこに映っているのは先生の家の玄関で間違いないですか?」
「間違いないです」
「それでは、そこに置かれた宅配物は永島先生から笹尾先生に贈られたもので間違いないですか?」
「それも間違いないです」
「わかりました。まあ、これは先日永島先生も認めていたことですから、あくまで確認にすぎません」
一郎が少し落胆したような表情を見せる。もしここで奏が嘘をついていたら、それを理由に懲戒免職を言い渡すつもりだったのかもしれない。規程の第十条には「虚偽申告や隠蔽が判明した場合も同様に懲戒免職とする」と謳われている。
「さて、大事なのはここからです。果たして、本当にお二人は交際関係にあるのか。これは永島先生も仰っていましたが、友人にプレゼントを贈るケースというのは当然にありますし、その友人というのが男女であることももちろんあります。私は男女の友情も存在すると考えるタイプですので」
先日の生徒会室での出来事をやり返した気になっているのか、一郎が慧の方を見てニヤリと笑ったが、慧は相手にしない。
「今回の審議に臨むにあたって、様々な人物に聞き取りをしました。お二人が担任をしているクラスの生徒。教職員のみなさん。しかし、残念ながら、と言ってはいけませんが、お二人が一緒にいるところを目撃したり、何かしら交際の証拠になる話をしてくださる人はいませんでした」
クラスの生徒ということは澄花にも聞き取りはしているのだろう。そこで黙っていてくれたことに慧は感謝する。
「先生たちの間では何故か門馬先生との関係を疑う人が多かったですが」
もしかしてそっちが本命ですか、と問われ慧は全力で否定する。隣に立つ奏から殺気を感じた。後で謝っておかなければ。
「本当であれば、この写真を撮影した人物。すなわち、告発者に話を聞くことができれば良いのですが、現状では告発者が誰なのかわかっていません。……認めます。お二人が交際をしていると判断するには証拠不十分だということを」
「え?」
奏が呆気にとられたように声を出した。おそらく、もっと糾弾されることを覚悟していたのだろう。それが証拠不十分だとあっさり認めたものだから、拍子抜けしたのかもしれない。
しかし、一郎がこれで終わるわけがないと慧は確信していた。案の定、一郎は「ただ」と話を続ける。
「だからと言って、このまま当学院で教鞭を執り続けることを許しても良いのでしょうか?」
「なんだと?」
「永島先生。冒頭で規程については理解しているとお話しされてましたが、では規程の第五条の内容を把握していますか?」
慧は事前に確認してきた規程を頭の中に思い浮かべる。第五条とはなんだったか。毎日読み込んでいるわけではないので当然全てを諳んじることはできないが、考えても思い出せないということは確認した時にそれほど重要ではないと判断したのだろう。
「申し訳ないが」
「構いませんよ。それでは僕の方から規程を読み上げさせていただきます。第五条にはこう書いてあります。『審議部は以下の観点から交際の可否を審査する。学院の秩序や教育活動に支障をきたさないか』と。これは無断交際ではない、正式な交際申請が行われた場合の審査基準ですが、今のお二人をこの審査基準に照らした場合、クリアしていると言えるでしょうか?」
なるほど。一郎がどういう方向に話を持っていきたいのか、慧は理解した。
「永島先生、笹尾先生。あなた方が交際を疑われるような行いをした。ここで無罪放免として、生徒たちは学院生活に集中できるでしょうか? 『もしかしたらこの人たちは男女の関係があるのかもしれない』。生徒にそのような疑念を抱かせる教師は、この学院に相応しいんでしょうか?」
証拠はない。しかし、秩序を乱したことを理由に学院を出て行ってもらう。
交認と違い、教審では成績などの客観的な数値が判断材料として定められているわけではない。結局は部員たち、特に審議部長である生徒会長の鶴の一声で決まるということだ。
「東堂、お前最初から議論するつもりなんてなかっただろ?」
「そんなことありませんよ。お二人が交際していないという事実を明確に証明できれば、僕もこんなことは言いません」
「疑わしきは罰せよ、ということだな」
「そういうことです。僕は生徒会長として、生徒たちが過ごしやすい学院環境を構築する義務がありますから」
「さすが生徒会長だな。良いことを言う」
本当に、良いことを言ってくれた。
まさか向こうから話を切り出すタイミングを作ってくれるとは思わなかった。
「東堂生徒会長。俺からも発言して良いか?」
「どうぞ」
一郎は人差し指で眼鏡を押し上げる。反論できないと確信しているのか、ゆったりとした動作には余裕が感じられる。
慧はスーツのポケットに四つ折りでしまい込んでいた一枚の紙を取り出すと、奏とともに頷き合い、一郎の目の前へと歩いていく。眉をひそめる一郎に対して、慧はその紙を差し出した。
「これを預かっておいてくれないか?」
「なんですかこれは?」
訝しがりながらも一郎は紙を受けとる。そして、そこに書かれている内容に目を通すと、机を強く叩きつけて立ち上がった。
「ふざけるな!」
