コイワズライ

 朝から一日中落ち着かなかった。
 学院の敷地に足を踏み入れた瞬間から、生徒や同僚教師たちの視線を感じた。授業中も生徒たちは集中しておらず、興味の対象は生物の進化の歴史よりも、永島慧が明日も光栄学院の教師として生存していられるかどうかにあるのは明らかだった。
 もしかしたら、奏にも同じ思いをさせているのかもしれない。慧は申し訳なく思うが、負い目を感じてばかりもいられない。奏は守るべき恋人であると同時に、共に戦う仲間なのだ。

「ケイ先生」

 昼休みになって職員室へ向かう途中、澄花に声をかけられた。

「すまんな。自分のことで精一杯で藤咲のことは後回しになっている」
「それは良いんです。あの、ケイ先生。今回のこと私じゃないんです」
「今回のこと?」
「信じてください」

 必死の形相で見つめてくる澄花に慧は戸惑った。

「おいおい。俺は何も疑ってないぞ?」
「教審にリークしたのは私じゃないんです」

 合点がいった。澄花は慧が自分を疑っているのだと勝手に思い込んでいる。
 たしかに、慧と奏の関係は今回のことが起きるまで噂にもなっていなかった。澄花が脅迫して間もなく、そして颯太との交際申請すら危ぶまれ始めた状況でリークされた。客観的に判断すると、澄花が最も犯人として疑わしい人物であることに間違いはないだろう。澄花が自分に疑いの目が向けられると不安になってもおかしくはない。しかし、

「大丈夫だ。ちゃんと誰がリークしたのか、もうわかっている」
「そうなんですか?」

 澄花は目を見張った。

「ああ。だから藤咲のことは疑っていない。それよりも、教審が終わったらちゃんと話を聞かせてくれ。宮本とのこと」

 もっと慧が追い詰められていると思ったのだろう。予想外の反応に澄花は身動きをとれずにいたが、しばらくするといつも見せる悪戯な笑みを浮かべた。

「じゃあちゃんと生き残って帰ってきてくださいよ」
「任せろ」

 そういってすぐ、自分で死亡フラグを立てていることに気がついた。
 でも、それは所詮フィクションの話。奏と二人でなら必ずこの窮地を乗り越えられると慧は信じていた。