コイワズライ

 すぐに噂は広まっていたのか、慧が職員室に戻ると場が一瞬で静まりかえった。
 不自然なまでに知らない振りを決め込む者。逆に堂々と慧を睨み付ける者。
 慧と奏が何かしらコンタクトをとるのではないかと、二人の様子をさりげなくうかがう者もいる。
 今日、早智枝は不在にしているが、もし来ていたら今頃呼び出されて問い詰められていただろう。
 奏はというと、いつもと変わらない様子で自席に座り、黙々と仕事をこなしていた。

「大丈夫ですか、先輩」

 麗奈がパソコンで作業する手を止めないまま話しかけてくる。

「大して心配しているようには見えないが」
「そうですね、社交辞令ですから」

 何故だろう。今日はいつもの軽口とは違った。言葉に棘がある。
 その理由はすぐにわかった。

「奏さん……」

 消え入るような声で奏の名を呼ぶ。慕っている先輩が不必要に注目を浴び、ともすれば学院を去ることになるかもしれないということに、麗奈は憤っていた。

「笹尾先生にも迷惑をかけてしまったな」

 直後、麗奈は手を止め慧のことを睨みつけた。

「『笹尾先生』だなんて、そんな他人行儀な言い方、もうしなくて良いんじゃないですか?」
「お前、もしかして……」
「先輩が最初から教審に申請していれば、こんなことにはならなかったのに」

 間違いない。麗奈は自分たちの関係を知っている。
 慧は誰にも言ったことはない。奏もそうだと思い込んでいた。しかし一人だけ、同じ教師の中で最も心を許している麗奈にだけは全てを打ち明けていてもおかしくはない。付き合っているのに二人きりで外を歩くことすらできない。大事な誕生日も一緒に直接会って祝うことができない。そんな不満を、麗奈にだけは零していたのかもしれない。

「必ず何とかする」
「それは私に言っても仕方がないことです」
「そうだな」

 麗奈の言うとおりだった。思いを伝えなければいけない相手は一人だけだ。

「でも、誰が一体写真なんか……まさか」

 麗奈が何かに気がついたように、ハッと顔を上げる。

「誰か思い当たる人間がいるのか?」
「あ、いえ。そういうわけじゃ」

 麗奈が不自然に目を逸らした。今のは嘘だ。麗奈は明らかに、密告した人間に心当たりがある。
 それは一体誰なのか。今すぐ問いただしても良かったが、慧はそうしなかった。何故なら、その心当たりはきっと外れている。

「一人しかいないよな」

 慧はポツリと呟く。生徒会室で写真を見せられた時から、慧は犯人を確信していた。