生徒会室では役員全員が揃って慧を待ち構えていた。コの字型に並べられた机の中央、生徒会長の一郎はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
「すみませんね永島先生。お忙しいところお呼びだてして」
「いや構わない。それよりも用件を教えてくれ。大至急、というからにはただ事ではないんだろ?」
「はい。とんでもないことが起こりましたよ」それは生徒会や一郎にとって不都合な事態ではないのだろう。その証拠に、一郎の口角は吊り上がったままだ。「学院に対する背信行為が疑われる事象が発生しました」
「背信行為だと?」
「先生にこれを」
一郎から何かを受け取った書記が慧の方に歩いてくる。渡されたのは二枚の写真だった。
「これは……」
一枚目に写っていたのはマンションの玄関前に置かれた一つの箱だった。
「置き配ですかね? たしかに、配達員に配慮した仕組みですが、僕は使ったことはありません。盗まれたり、悪戯されないとも限りませんしね。こんな風に勝手に写真を撮られたりすることもある」
そして二枚目はその箱の拡大写真だった。箱の宛名は「笹尾奏」。そして差出人欄には「永島慧」の名が書かれていた。
「調べたところ、この日は笹尾先生の誕生日だったみたいですね。永島先生のことです。きっとさぞかし素敵なプレゼントだったんでしょう」
それは奏の誕生日に届くように指定したハンドマッサージャーを梱包した箱だった。
「これは本当に笹尾先生のマンションなのか?」
「とぼけるんですか?」
違う。慧が行ったことがあるのは奏の実家だけで、今の居所には極力近づかないようにしていたこともあり、外観などは本当に知らなかった。
「本当だとしたら、誰かが笹尾先生の家を突き止めて、そこに置いてあった宅配物を写真に撮ったってことか? 随分と悪趣味だな」
「この写真の出処については僕たちも把握していません。さっき生徒会室にきたら机の上に置かれていました。まあ人気者の笹尾先生のことです。熱心なストーカーがいてもおかしくないでしょう。そのストーカーは宅配物の差出人を見て落胆したでしょうね。永島先生、あなたの名前が書いていたんだから。そしてその落胆は次第に怒りへと変わり、今回の告発に繋がった。そんなところでしょうか」
「さすが生徒会長。たくましい想像力だな」
「人を妄想癖のある人間みたいに言わないでくださいよ。それで? どう言い訳します?」
さて、どうしようか。慧は思案する。嘘はつかない方が良いだろう。認められる範囲の事実は素直に認める。しかし、相手のペースに飲まれてはいけない。
「逆に訊きたいんだが、東堂。お前はどうやって俺と笹尾先生の関係を立証する?」
「……どういうことですか?」
戸惑い狼狽える慧の姿を期待していたのか。一郎は眼光を凝らして目の前の憎き生物教師を見つめる。
「俺たちが付き合ってるって認めさせたいんだろ? そうすれば憎たらしい俺を学院から追い出せるんだからな。さあ、どうする?」
「憎たらしいことは否定しませんが、それで先生を追い詰めようなんて、僕はそんな器の小さい人間では──」
「どうする?」
慧が言葉を遮ると、一郎は一瞬たじろぎ、言葉に詰まる。しかしすぐに目つきに鋭さを取り戻した。今は主導権を取り合っているのだということに一郎も気がついたようだ。
「立証も何も、年の近い同僚の女性の誕生日にプレゼントを贈っていたら、そこに恋愛感情を疑うのは自然なことじゃないですか?」
「論拠が弱いな。たしかに、この写真にあるとおり、俺は笹尾先生にプレゼントを贈った。でもそれがイコール交際関係にあることの証拠になるのか? 友人にプレゼントを贈ることはありえないか? あれか、東堂は男女の友情は成立しないと思っているタイプか」
「先ほどから僕の人間性や思想を決めつけるような発言が散見されますが、やめていただけますか?」
「それと、東堂はこうも言ったな。『年の近い同僚の女性』と。残念だよ。俺が定年間際のおじいちゃんだったら、こんなに生徒から問い詰められることもなかったのに」
「永島先生。どんなに言葉尻を捉えて煙に巻こうとしても、疑わしい事実に変わりはありませんよ」
やはり学院の生徒を束ねるだけはある。たやすく折れるような男ではないようだ。
「でも困ったな。俺の言っていることは別に間違ってはいないと思うが」
「もとより、僕も先生がすんなりと認めるとは思っていませんよ」そう言うと、一郎は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。「教審を開きましょう。そこで判断します」
「教審か」
あれだけ奏からの提案を拒絶してきたのに、まさか招集命令を受ける形で裁きの場に立たされることになるとは。
最後に教審が開催されたのはちょうど慧が赴任した頃で、その時の二人は夫婦になった。自分は同じような未来を辿ることはできるだろうか。少なくとも、自分たちから交際を申請した先の二人と違い、慧は教審から詰問される立場だ。
「もちろん、出席していただけますよね?」
「断ったらどうなるんだ?」
「またとぼける。学院を去ってもらう決まりですよ」
もっとも、と一郎は続ける。
「来てもらっても、結果は同じになると思いますけどね」
「すみませんね永島先生。お忙しいところお呼びだてして」
「いや構わない。それよりも用件を教えてくれ。大至急、というからにはただ事ではないんだろ?」
「はい。とんでもないことが起こりましたよ」それは生徒会や一郎にとって不都合な事態ではないのだろう。その証拠に、一郎の口角は吊り上がったままだ。「学院に対する背信行為が疑われる事象が発生しました」
「背信行為だと?」
「先生にこれを」
一郎から何かを受け取った書記が慧の方に歩いてくる。渡されたのは二枚の写真だった。
「これは……」
一枚目に写っていたのはマンションの玄関前に置かれた一つの箱だった。
「置き配ですかね? たしかに、配達員に配慮した仕組みですが、僕は使ったことはありません。盗まれたり、悪戯されないとも限りませんしね。こんな風に勝手に写真を撮られたりすることもある」
そして二枚目はその箱の拡大写真だった。箱の宛名は「笹尾奏」。そして差出人欄には「永島慧」の名が書かれていた。
「調べたところ、この日は笹尾先生の誕生日だったみたいですね。永島先生のことです。きっとさぞかし素敵なプレゼントだったんでしょう」
それは奏の誕生日に届くように指定したハンドマッサージャーを梱包した箱だった。
「これは本当に笹尾先生のマンションなのか?」
「とぼけるんですか?」
違う。慧が行ったことがあるのは奏の実家だけで、今の居所には極力近づかないようにしていたこともあり、外観などは本当に知らなかった。
「本当だとしたら、誰かが笹尾先生の家を突き止めて、そこに置いてあった宅配物を写真に撮ったってことか? 随分と悪趣味だな」
「この写真の出処については僕たちも把握していません。さっき生徒会室にきたら机の上に置かれていました。まあ人気者の笹尾先生のことです。熱心なストーカーがいてもおかしくないでしょう。そのストーカーは宅配物の差出人を見て落胆したでしょうね。永島先生、あなたの名前が書いていたんだから。そしてその落胆は次第に怒りへと変わり、今回の告発に繋がった。そんなところでしょうか」
「さすが生徒会長。たくましい想像力だな」
「人を妄想癖のある人間みたいに言わないでくださいよ。それで? どう言い訳します?」
さて、どうしようか。慧は思案する。嘘はつかない方が良いだろう。認められる範囲の事実は素直に認める。しかし、相手のペースに飲まれてはいけない。
「逆に訊きたいんだが、東堂。お前はどうやって俺と笹尾先生の関係を立証する?」
「……どういうことですか?」
戸惑い狼狽える慧の姿を期待していたのか。一郎は眼光を凝らして目の前の憎き生物教師を見つめる。
「俺たちが付き合ってるって認めさせたいんだろ? そうすれば憎たらしい俺を学院から追い出せるんだからな。さあ、どうする?」
「憎たらしいことは否定しませんが、それで先生を追い詰めようなんて、僕はそんな器の小さい人間では──」
「どうする?」
慧が言葉を遮ると、一郎は一瞬たじろぎ、言葉に詰まる。しかしすぐに目つきに鋭さを取り戻した。今は主導権を取り合っているのだということに一郎も気がついたようだ。
「立証も何も、年の近い同僚の女性の誕生日にプレゼントを贈っていたら、そこに恋愛感情を疑うのは自然なことじゃないですか?」
「論拠が弱いな。たしかに、この写真にあるとおり、俺は笹尾先生にプレゼントを贈った。でもそれがイコール交際関係にあることの証拠になるのか? 友人にプレゼントを贈ることはありえないか? あれか、東堂は男女の友情は成立しないと思っているタイプか」
「先ほどから僕の人間性や思想を決めつけるような発言が散見されますが、やめていただけますか?」
「それと、東堂はこうも言ったな。『年の近い同僚の女性』と。残念だよ。俺が定年間際のおじいちゃんだったら、こんなに生徒から問い詰められることもなかったのに」
「永島先生。どんなに言葉尻を捉えて煙に巻こうとしても、疑わしい事実に変わりはありませんよ」
やはり学院の生徒を束ねるだけはある。たやすく折れるような男ではないようだ。
「でも困ったな。俺の言っていることは別に間違ってはいないと思うが」
「もとより、僕も先生がすんなりと認めるとは思っていませんよ」そう言うと、一郎は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。「教審を開きましょう。そこで判断します」
「教審か」
あれだけ奏からの提案を拒絶してきたのに、まさか招集命令を受ける形で裁きの場に立たされることになるとは。
最後に教審が開催されたのはちょうど慧が赴任した頃で、その時の二人は夫婦になった。自分は同じような未来を辿ることはできるだろうか。少なくとも、自分たちから交際を申請した先の二人と違い、慧は教審から詰問される立場だ。
「もちろん、出席していただけますよね?」
「断ったらどうなるんだ?」
「またとぼける。学院を去ってもらう決まりですよ」
もっとも、と一郎は続ける。
「来てもらっても、結果は同じになると思いますけどね」
