コイワズライ


「どう思う?」
「その場にいたわけじゃないけど、話を聞いている限りは二人の間には何かがありそうだね。少なくとも、一度も会話をしたことのないクラスメイトではないかも」

 いつものようにパソコンの画面越しに向き合いながら、慧と奏は同じショートケーキを食べていた。
 午後七時から始まった奏の誕生日パーティーも間もなく終わろうとしている。同じ店のピザを宅配してもらって同じワインを開け、同じケーキを前にハッピーバースデーを歌い、奏が帰る頃に届くように指定していたプレゼントを開封して、今日という日を祝った。仕事で疲れている奏が少しでも癒やされればと贈ったハンドマッサージャーは、奏の隣に堂々と鎮座している。

「そうだよな。藤咲の名前を出すまでは軽口を叩きながらだけど、話には付き合ってくれてたんだ。それが名前を出した途端、急に話を打ち切られた」

 奏には職員室に澄花が来て探りを入れてきたことと、その後図書室で颯太とした会話の一部始終を話して聞かせた。澄花が交認への申請を考えていると伝えた時の強ばった顔。申請なんかしなければ良いと言った颯太の様子はどこか感情的に思えた。

「藤咲さんが申請をしようとしている相手は自分じゃないと思ったんじゃないかな? だから申請をやめるように進言したとか」
「いや、むしろ相手が自分だとわかっているからあえてそう言ったのかもしれない」
「どういうこと?」
「素直に申請しても通らないことを宮本はわかってるんだよ」

 颯太はこうも言った。

 ──卒業してから自由に付き合えば良い。

「それは藤咲もわかってるはずだ。だから二人は約束したんじゃないか。『卒業までは我慢して、晴れて自由の身になったら付き合おう』って。だけど、藤咲が我慢できなくなった。宮本はそのことに戸惑いと怒りを覚えたのかもしれない」

 そしてその我慢ができなくなった理由には、澄花の能力が関係している。澄花には誰かの「死」が視えた。一体誰の「死」なのか。考えたくはない。

「なるほど。それはあるかもしれないね。でもその感じだと宮本くんが申請書の提出に同意する可能性は……」
「ないだろうな。そうなると交認に付議されることもなくなる」

 それが良いことなのかどうか。澄花が自棄を起こして暴走しなければという前提ではあるが、申請を諦めることで自分たちの関係が明るみになる危険性も緩和される。同時に、慧が思い描いていた交認廃止の糸口も消えることになる。

「でも本当、嫌な制度だよね。男女交際禁止とかはもしかしたら他の高校でもあるのかもしれないけど、即退学とか時代錯誤も甚だしいし、そもそも付き合うのに教師や理事長の許しなんて必要ないよ」

 奏がワイングラスを呷る。酔いが回っているのだろうか、ほんのりと頬が紅く染まっている。奏にしては強めの口調だった。

「珍しいな。奏がそこまで口にするなんて」
「だって、何十年も前の理事長の子供のことが原因なんだよ? それってはっきり言って家族間の問題じゃない。それがなければ教審だって存在しないし、今頃は画面越しじゃなく同じ場所で慧くんとお祝いできたんだよ」

 慧は黙った。恋人同士なのに会えないという状況を、やはり奏も普段は我慢をしているのだろう。今日は誕生日ということもあり、その感情が少しだけ溢れてきたのかもしれない。

「そう言えば、宮本は『奏派』らしいぞ」

 重くなりかけた空気を振り払おうと、慧は茶化すように言った。

「別に私はそんな宗派を立ち上げたつもりはありません。それに麗奈ちゃんと比べられるほど美人でもないし」

 奏と麗奈は仕事を離れると互いのことを「麗奈ちゃん」「奏さん」と呼び合っている。控えめな奏と快活な麗奈で性格は違うが、年齢が近いこともあり、二人は仲が良かった。月に一回くらいは「息抜き」と称してショッピングをしたり食事に行ったりもしている。

「美人だなんて、麗奈には直接言わない方が良いぞ。絶対に調子に乗るから」
「ふーん、『麗奈』ね」

 奏が目を細めて口を尖らせる。

「なんだよ?」
「別に。良いよね、麗奈ちゃんは。職員室でも堂々と慧くんと話ができるし」
「妬いてるのか? あいつは俺以外にもあんな感じだぞ」
「わかってるよ。そういうんじゃなくて、ただ羨ましいだけ。私も、もっと話したい」

 今日はどうしてもそっちの方面に話が流れてしまうらしい。どうしたものか。慧が頭を掻くと、奏は言った。

「ねえ、やっぱり教審に申請しない? 私たちのこと」
「それは……ごめん。今はやっぱりできない」
「どうして? 東堂くんだって、別にそこまで慧くんのことを恨んだりしてないかもしれないよ」
「いや、アイツはやっぱりちゃんと俺のことを恨んでるよ」

 慧は今日の一郎との会話を奏に教える。それを聞いた奏は自らの望みが叶わないことを悟ったのか、「でも」と何とか言葉を振り絞る。

「もし本当に恨んでても、いざ教審の場になればちゃんと公正に審査するかもしれないじゃない。あの子だって生徒会長だし、しっかりした子だよ」

 たしかに、奏の言うとおりだった。蓋を開けてみたら、感情論は抜きにして公正な審議をしてくれるかもしれない。しかし、

「『かもしれない』じゃ駄目なんだ」

 一郎の心の内はわからない。しかし、一か八かの賭けに出て、教審から否決されたらどうする。学院で教鞭を執るうちは奏と一緒にいることはできなくなる。それに慧には目的がある。学院を去るという決断も今はできない。どうなるのか不確定要素が多い現段階で動くことは、やはりできない。
 
「そうだよね。ごめん。忘れて! ちょっと酔ってるみたい」 

 トイレに行ってくる、と言って奏は画面から消えていった。

「ごめん。いつか必ず」

 奏のためにもこのままでいるわけにはいかない。一刻も早く、交認を崩壊させなければならない、と慧は決意を新たにした。