コイワズライ

 しばらくの間、授業中や休み時間に澄花と颯太のことを注意深く観察していたが、二人の接点はやはり見つけられなかった。

「ウチのクラスの藤咲って誰と仲良いか知ってるか?」

 職員室。
 麗奈が小テストの採点に一段落ついたのを見計らって、慧は声をかけた。

「藤咲さんですか?」
「たしか一年生の時の担任は麗奈だったよな?」
「そうですけど……うーん、どうだろう。良い子ですけど、少しとらえどころのない子ですからね。一人でいることが多かったかも。急にどうしたんですか?」
「いや、クラスで話しているところをあまり見たことがないから、少し気になってな。他のクラスに友達がいるのかと思って。それで──」

 話を続けようとした慧を見て、麗奈は目を丸くしている。

「なんだよ?」
あの(・・)先輩が生徒の交友関係を気にするなんて。もしかして生物教師から熱血教師に転身ですか?」
「茶化すなよ。大体、あの先輩ってどの先輩だ?」
「『ルールを守れないというのは生息環境に適応できないことと同じだ。そういう個体は淘汰される。生物界の掟だ』なんて、冷血漢みたいなセリフを吐いていた、あの(・・)先輩です」
「そんなこと言ったか?」

 とぼけたフリをしたが、いつかそんなことを口にしたなと、慧はしっかりと覚えていた。
 何年か前にも無断交際が明らかになり退学になった生徒がいた。生徒たちの涙を見て慧の心は痛んだが、そこで同情的なことを言うと早智枝に疑われるかもしれないという心理が働き、あえて生物教師っぽく制度に従うような発言をした。実際、後になってその発言を早智枝に称賛された。
 しかし、奏と無断で交際をしている自分が、そのことを生徒に公にされて学院から淘汰されかねない状況にあるというのは、何とも皮肉である。

「都合の悪いことを忘れるのは種の生存本能ですか?」
「そのとおりだな」

 慧は頷く。

「そして、仲間を守るというのも種の本能だ。俺は熱血教師じゃないが、クラスの生徒が一人で居たら心配するくらいの心は持ち合わせているつもりだ」
「そうですよね。先輩もヒトという種ですからね」
「とにかく、藤咲には特定の仲が良い人間はいないってことだな?」

 その問いに麗奈は頷いた。本当であれば、颯太との直接的な関係を知りたかったが、この様子だと訊くまでもなく、目に見える二人の接点は確認できないだろう。
 二人は一年生の頃から三年間、ずっと同じクラスだった。そのため接点があってもおかしくないのだが、どうしてもそれが確認できない。交認が設置されていることもあり、光栄学院では生徒指導票に記す交友関係は一般的なものに比べて詳細に書かれている。颯太は男女問わず人気があり、指導票も他の生徒の倍くらい記載があったが、澄花の名前は出てこなかった。
 一方の澄花は交友関係については何も記されていない。記載漏れという懸念もなくはなかったが、麗奈にも確認したとおり、友人がいないのは事実なのだろう。
 表面的な情報が整理されただけではあるが、慧の頭にはある一つの想像が浮かんでいた。

 ──これは澄花の一方的な片想いなのではないか。

 入学してから三年間、密かに想いを寄せていた学年トップの模範生。自分の成績では釣り合わないことは明らかで、その想いは胸のうちに閉まっておこうとしたが、澄花は自身の能力により、一年後には自分がこの世にいないことを知ってしまった。
 そんな時、何かのきっかけで慧の未認可交際を知り、弱みになると考えた。

 ──どうせ死んでしまうなら、最後に自分の願いを叶えたい。どんな手段を使っても。

 仮にこの想像が正しいとしたら、颯太は澄花に特別な想いは抱いていないことになる。それを上手く利用できないだろうか。
 颯太の気持ちを澄花に向けさせることを条件に、交認廃止のために手を貸してもらう。具体的にどうするかということは思いついていないが、慧の心に邪な感情が芽吹いていく。
 慧が思案していると、「永島先生」と声をかけられた。教頭が自席から手招きをしている。

「なんでしょうか?」
「理事長がお呼びだ」

 チッ、と舌打ちをしたくなるのをこらえる。

「わかりました」

 慧は不満が漏れないように返答し、理事長室へ向かった。