コイワズライ

 息を吸った。ため息とともに逃げた幸せを取り戻すように。

「お願いします。一緒にいたいんです」

 目の前の二人の懇願が、思い出したくない記憶を呼び起こす。

 ──一緒にいたいよ。

 永島慧(ながしまけい)は小さく首を横に振る。余計なことを考えるな。今は自らに課せられた職務を全うしなければならない。
 目の前で俯いている二人。三年D組・草部玲央(くさべれお)と三年C組・斎賀心菜(さいがここな)。指には揃いのシルバーリングが光っている。
 自分たちは絶対に離れない。
 そんな意思を示すために嵌めてきたつもりなのか。まだ真新しくどこか大げさなその光は精一杯の虚勢を張っている。

「みなさんよろしいですか?」

 理事長の代理として審議員の中央に座る慧は、二人の言葉には返答せずに左右を見渡した。
 唇を噛みながら頷くもの。腕を組み、目を閉じたまま動かないもの。示した反応はそれぞれだが、発言しようとする者は誰もいない。
 慧は正面に座る二人を改めて見据える。心菜の目からはポタポタと涙が零れ、紺色のスカートを濡らしていた。

「結論は出た。本日提出された証憑書類や目撃証言から、二人が交際をしていたことは明らかだ。しかし、二人の交際が本審議会で認可されたという事実はない。よって、交際認可審議会規程第六条に従い、二人を退学処分とする」

 直後、慟哭が会議室に響いた。心菜が椅子から崩れ落ちる。玲央は椅子に座ったまま、絶望で頭を深く沈めて肩を震わせていた。
 これ以上、議論をすることはできない。

「解散」

 慧の言葉で審議員たちは続々と席を立ち始める。しかし、

「待ってください!」

 叫声とともに玲央が勢い良く椅子から立ち上がった。倒れた椅子が彼の憤慨を代弁するかのように大きな音を立てる。

「なんだ?」
「どうして……退学しなきゃいけないんですか?」

 玲央の声は掠れていた。無駄だとわかっていても足掻くしかないのだろう。
 審議会長代理としてどのような言葉を紡ぐのか。皆の視線が集まるのを慧は感じていた。ここで下手な慰めなどは言えない。

「今回証拠として提出されたメッセージアプリのスクリーンショットには、見るのも恥ずかしいくらいに連日連夜、愛の言葉が並べられている。それだけじゃない。洒落たカフェで見つめ合っている姿も複数の人間が目撃している。極めつけはラブホテルに入っていく写真だ。これはウチの学院じゃなくても問題になるかもしれないな。何か言い訳の余地は? 全部捏造だと言い張ってみるか?」
「一体誰が写真なんか……」
「守秘義務がある。それは教えられない」
「俺たちは、ただ付き合っていただけで、何も悪いことをしていません! それなのに、退学だなんて……」

 交際を認めた玲央の咆哮が虚しく響く。一瞬の間があり、すすり泣く声が聞こえ始めた。慧は息を吐く。

「二人とも、中学三年生の時に学院の説明会に来てるだろ? その時に制度のことは説明しているはずだ」
「それは……でも、こんなの……」
「この制度を好ましく思わない人間がいるのは俺たちも理解している。だからこそ、入学時に親の署名捺印付きで、同意書面を提出してもらっているんだ。それなのに、いざその時が来たら、何だかんだで見逃して貰えるとでも思ったか? 大人はそんなに甘くないぞ」

 最後に玲央が「この傀儡が」と吐き捨てると、二人はそれ以上、何も言わなかった。夢と希望を抱いて入学してきたはずの若き心は、完全に折れている。それを見て、審議員たちは次々と会議室を後にする。慧が出ていく時も、二人はうなだれたままだった。


 会議室のドアを背に慧は吐き捨てた。

「くだらない」

 チッと思わず舌が鳴る。くだらない。審議員に選ばれてから二年。理事長から高い評価を得たことで審議会長代理を務めるまでになり、とうとう自らの口で退学を言い渡した。
 慧は心の奥底から思う。 

「本当にくだらない制度だ」

 そして、このままでは自分もくだらない人間に成り下がっていく。
 制度を崩壊させるために学院に入ったというのに、何も進展はない。
 時間をかけて行ってきた準備は間もなく終わる。後は制度崩壊に向けて動き出すきっかけが欲しかった。