○昼間、立花家の屋敷の廊下(前話からの続き)
怒りもあらわに、廊下を歩いてくる礼司。
礼司「美緒、美緒はどこだ!」
千華を見つけ、
礼司「おい、あいつはいったいどこにいる⁉」
千華「お兄様! 実はそのことで…!」
礼司「話は聞いた。美緒が控えの間から抜け出したとか」
悪鬼のような顔の礼司。
礼司「あの身の程知らずが! 今すぐ中塚さまの屋敷に連れていく!」
千華「違う、それどころじゃないのよ!」
○立花家の居間
座卓を挟んで語る礼司と千華。
礼司、身を乗り出すようにして、
礼司「は? 朝霧隊長がうちに来た⁉」
千華「おまけにあの死にぞこないを嫁にするって攫っていったの!」
礼司「し、しかし、隊長は山のような見合い話を片っ端から断っていたはず…」
礼司Ⅿ「どういうことだ? 俄には信じられん話だが」
礼司、考え込んだ後、じっと千華の顔を見る。
礼司「それで? 隊長は他にはなんと?」
千華「美緒とは昨夜の宴で会ったみたい。どこの女中か必死で探して、我が家を見つけたらしいわよ」
礼司Ⅿ「つまり、たった一晩で美緒のことを見初めたと?」
礼司、ニヤッと笑って、
礼司「…なるほど、わかったぞ」
千華「え?」
礼司「考えてもみろ、美緒の実家は薬屋だった。中には異常なほど効果のある丸薬や、どんな切り傷も治す不思議な膏薬もあったという」
礼司「だったらあいつが惚れ薬を作り、会ったばかりの隊長に使ったとしてもおかしくない!」
千華、ハッとして、
千華「言われてみれば…。それならあの朝霧さまの様子も納得がいくわ!」
千華「だいたいとして、美緒は下賤な女の娘。それをきちんと説明すれば、朝霧様も目を覚ましてくださるはず!」
そんな千華から見えないように、うっすらと笑う礼司。
礼司Ⅿ「我が妹ながら、愚かな奴」
礼司Ⅿ「幼いころ、両親を失った美緒に薬を作る才などない」
顔に白布を掛けられた両親の遺体に取りすがる子ども時代の美緒のイメージ。
礼司Ⅿ「おまけに朝霧は誰よりも計算高い男だ。そんな男がひと目ぼれのような真似をするか? 絶対人には言えない事情があるはずだ」
基地内ですれ違い、颯爽と歩く朝霧を振り返る礼司のイメージ。
礼司Ⅿ「ならば千華を使って弱みを握り、あいつを隊長の座から引きずり下ろす。そして、ゆくゆくは僕が―」
にやりと笑う礼司。
○同時刻。朝霧蒼真の屋敷の書斎
軍服を脱ぎ、その下のノーカラーシャツを着崩して、書類のチェックをしている蒼真。
そこにコンコン、とドアをノックする音。
ドアの向こうから聞こえるのは琴葉の声。
琴葉「若様、少しお時間をよろしいでしょうか?」
蒼真「(書類から目を離さず)手短にな」
少し扉が開き、その向こうから珠と美緒の声が聞こえてくる。
珠「ほら、美緒さま、自信を持って!」
美緒「で、でも…」
珠「大丈夫ですって! 行きますよ!」
なんだ? と顔を上げる蒼真。
琴葉「お待たせしました、蒼真さま」
扉を大きく開けた琴葉。着飾った美緒が恥ずかしそうな表情で現れる。
珠は琴葉の後ろからぴょこっと顔を出し、笑顔で蒼真を見つめている。
美緒「あ、あの、蒼真さま。お湯をありがとうございました」
美緒「それから、こんな高価なお召し物もありがとうございます」
蒼真「……」
蒼真は美緒のあまりの美しさに一瞬我を忘れてしまう。
美緒「蒼真さま?」
蒼真「(目をそらし)な、なんでもない」
琴葉と珠は顔を見合わせ、「(手書きで)あらまぁ」と笑顔。
蒼真「で? 用はそれだけか?」
そそくさと立ち上がる蒼真。そばに掛けてあった軍服を手に取り、袖を通す。
蒼真「俺はこれから帝都の巡察に行く。遅くなるからおまえは先に…」
美緒「失礼いたします」
蒼真「え?」
美緒「僭越ながら、お手伝いさせていただきます」
美緒がスッと近づき、肋骨服の飾り紐を留めてくれる。
琴葉「あら、美緒さまは素敵な奥様になりそうですね」
珠「(書き文字で)絵になる~♡」
蒼真、ハッとなり、美緒の手首を取る。
蒼真「いい。これくらい自分でやる!」
美緒「あ…」
傷ついたような顔の美緒。
美緒「も、申し訳ございません」
深く頭を下げる美緒。
蒼真「では行ってくる。見送りはいらん!」
美緒を避けるように、飾り紐も途中のままで出ていってしまう蒼真。
パタンと扉が閉まり、取り残された美緒は悲しそうな顔。
○夕刻。十人ほどの列をなして街の中を進む破妖隊員たち
隊員たちを見ながら小さく言葉を交わし合う街の人々。
街の人1「あら、今日の巡察は朝霧さまの隊なのね」
街の人2「帝都が平和なのもあの人のおかげだよ」
そんな言葉を無視しながら進んでいく蒼真。
そこに、部下の英がやって来る。
英「たーいちょ、今日はなんだか気もそぞろ? ひょっとして妖気疲れっすか? ちゃんと“祓い”をしないとね~」
すると蒼真、英を睨みつける。
蒼真「なんだ、英。俺にケンカを売るつもりか?」
英「いや、だってほら、飾り紐が外れてますよ?」
胸元を指さされ、驚く蒼真。
蒼真「!」
英「ほんと、隊長らしくないですよ! 噂じゃ嫁候補を迎えたとか。それで舞い上がっちゃったとか?」
蒼真「おい、その話どこから聞いた?」
英、頭の後ろで手を組んでとぼけながら、
英「えー? どこだったかなぁ?」
蒼真Ⅿ「周囲には折を見て言うつもりだったが…。出所は立花か? いや、今日は“祓い”で奴は休みのはずだ」
蒼真「なぁ、英。口は災いの元、という言葉を知っているか?」
わざと腰の刀に手を伸ばす蒼真。
英「ひっ! 嫌だなぁ! 言いふらしたりしませんて!」
蒼真に睨まれて、縮みあがって列に戻る英。
蒼真Ⅿ「まったく。元監察方の英は相変わらず情報が早い」
蒼真、星が輝きだした空を見上げ、ふと美緒を思い出す。
蒼真Ⅿ「それにしても、あの娘にすんなり間合いに入られてしまうとは」
回想。蒼真が着た肋骨服の飾り紐を結んでいる美緒。
蒼真Ⅿ「まさか俺は、無意識に彼女を受け入れようとしているのか?」
蒼真Ⅿ「それにあの女、単なる飾りだと言ったのに、甲斐甲斐しく妻の務めを果たそうとしてきた。すべてが想定外で、妙にイラつく…」
そこに通りの向こうから、血まみれになった一人の隊員が駆けてくる。
隊員「朝霧隊長!」
キリッとした顔に戻った蒼真、
蒼真「どうした⁉」
隊員「別動隊があやかしと交戦中! 帝国座前の、大通りです…っ!」
言うなりその場に倒れる隊員。跪いて支える蒼真。
蒼真「おい、しっかりしろ!」
蒼真「誰かこいつの手当てを! 他の者は討伐に向かうぞ!」
○真夜中。美緒の部屋
強風に庭木が揺れている。
屋敷の中が騒がしく、叫び声が美緒の部屋まで響いてくる。
声「お気を確かに!」
声「早くこちらへ!」
ひとり寝ていた美緒、目を覚ます。月明りが障子を通して差し込んでいる。
美緒、上半身を起こし、
美緒Ⅿ「何…? 風音に混じって声が聞こえる」
障子の向こうに狐耳をした女性の陰が現れ、廊下に両ひざを着く。
琴葉「失礼します。先ほど若様がお帰りになり、美緒さまをお呼びです」
美緒、驚いたように、
美緒「は、はい!」
× × ×
燭台を持った琴葉を先頭に、庭を歩く美緒。
琴葉が立ち止まって美緒を振り返る。
琴葉「こちらでございます」
両脇から篝火に照らされた古い倉。扉が中途半端に空いている。
美緒Ⅿ「ここ…余計な詮索はするなと蒼真さまに言われた倉…」
琴葉「何が起こるのか、不安な気持ちでいっぱいでしょうね」
琴葉「ですがどうか耐えてください。蒼真さまを、そしてこの国を助けると思って」
美緒、唇を噛み締めて倉の中へ。
鉄格子の向こうから月明りが漏れており、欠けた茶碗や千切れた鎖が床に転がっている。光の届かない奥は真っ暗。
美緒「蒼真さま? 美緒でございます」
とたんにギギィ……ドォンと音がして、扉が外から閉められた音。
美緒Ⅿ「閉じ込められた?」
きょろきょろ周囲を見まわす美緒。
と、闇の向こうから蒼真の声が。
蒼真「美緒。そこにいるのか?」
美緒「は、はい、こちらに…」
美緒「きゃあ!」
直後、光の中に出てきた血まみれの手(鋭い爪が生えている)にぐいっと右腕を引っ張られる。
闇の中に引きずられ、床にうつ伏せに倒れた美緒。
美緒Ⅿ「い、今のは何…?」
半身を起こし、自分の右腕をもう片方の手で抱きながら、震える。
美緒Ⅿ「蒼真さま? でも明らかにあれは…」
回想。子どものころ鬼に襲われた。そのときの鬼の手にそっくり。
直後、美緒の背筋にぞわりと気配が。
美緒Ⅿ「っ!」
蒼真「…美緒」
美緒「は…はい」
蒼真「目を閉じてくれ」
美緒「……」
恐る恐る目をつぶる美緒。
美緒Ⅿ「大丈夫。ここにいるのは蒼真さま。だって声は蒼真さまのものだもの」
蒼真「身体の力も抜け。悪いようにはしない」
とたんに背後から抱きしめられる美緒。(蒼真の膝の上に横座り状態。蒼真の顔は闇に隠れて見えない)
美緒「っ⁉」
美緒Ⅿ「蒼真さまの身体が火のように熱い。それに、心臓が早鐘のよう…」
顎クイして首筋に顔を埋めてくる蒼真。
美緒Ⅿ「あ…!」
ピンと来る美緒。
美緒「あの…蒼真さま。蒼真さまは、もしや夜伽をお求めですか?」
ぴたりと止まる蒼真。
蒼真「美緒、頼むから俺を煽るな」
美緒「きゃっ⁉」
とたんに仰向けにさせられて、上から覗き込まれる美緒。
目の前に迫った蒼真の顔(獣のような瞳、牙)を見てしまう。
美緒「え…?」
美緒Ⅿ「猛禽のような瞳」
鋭い目のアップ。
美緒Ⅿ「ちらりと覗く、肉食獣のような牙」
引き結んだ唇の端から見える牙のアップ。
美緒Ⅿ「これはまるで…」
蒼真「目を閉じろと言ったはずだぞ? それとも俺に食われたいのか?」
美緒「……」
どうしていいのかわからず硬直してしまう美緒。
蒼真「なるほど、だんまりか。では望み通り食ってやる」
美緒に覆いかぶさったまま、薄く笑みを浮かべてみせる蒼真で―。
怒りもあらわに、廊下を歩いてくる礼司。
礼司「美緒、美緒はどこだ!」
千華を見つけ、
礼司「おい、あいつはいったいどこにいる⁉」
千華「お兄様! 実はそのことで…!」
礼司「話は聞いた。美緒が控えの間から抜け出したとか」
悪鬼のような顔の礼司。
礼司「あの身の程知らずが! 今すぐ中塚さまの屋敷に連れていく!」
千華「違う、それどころじゃないのよ!」
○立花家の居間
座卓を挟んで語る礼司と千華。
礼司、身を乗り出すようにして、
礼司「は? 朝霧隊長がうちに来た⁉」
千華「おまけにあの死にぞこないを嫁にするって攫っていったの!」
礼司「し、しかし、隊長は山のような見合い話を片っ端から断っていたはず…」
礼司Ⅿ「どういうことだ? 俄には信じられん話だが」
礼司、考え込んだ後、じっと千華の顔を見る。
礼司「それで? 隊長は他にはなんと?」
千華「美緒とは昨夜の宴で会ったみたい。どこの女中か必死で探して、我が家を見つけたらしいわよ」
礼司Ⅿ「つまり、たった一晩で美緒のことを見初めたと?」
礼司、ニヤッと笑って、
礼司「…なるほど、わかったぞ」
千華「え?」
礼司「考えてもみろ、美緒の実家は薬屋だった。中には異常なほど効果のある丸薬や、どんな切り傷も治す不思議な膏薬もあったという」
礼司「だったらあいつが惚れ薬を作り、会ったばかりの隊長に使ったとしてもおかしくない!」
千華、ハッとして、
千華「言われてみれば…。それならあの朝霧さまの様子も納得がいくわ!」
千華「だいたいとして、美緒は下賤な女の娘。それをきちんと説明すれば、朝霧様も目を覚ましてくださるはず!」
そんな千華から見えないように、うっすらと笑う礼司。
礼司Ⅿ「我が妹ながら、愚かな奴」
礼司Ⅿ「幼いころ、両親を失った美緒に薬を作る才などない」
顔に白布を掛けられた両親の遺体に取りすがる子ども時代の美緒のイメージ。
礼司Ⅿ「おまけに朝霧は誰よりも計算高い男だ。そんな男がひと目ぼれのような真似をするか? 絶対人には言えない事情があるはずだ」
基地内ですれ違い、颯爽と歩く朝霧を振り返る礼司のイメージ。
礼司Ⅿ「ならば千華を使って弱みを握り、あいつを隊長の座から引きずり下ろす。そして、ゆくゆくは僕が―」
にやりと笑う礼司。
○同時刻。朝霧蒼真の屋敷の書斎
軍服を脱ぎ、その下のノーカラーシャツを着崩して、書類のチェックをしている蒼真。
そこにコンコン、とドアをノックする音。
ドアの向こうから聞こえるのは琴葉の声。
琴葉「若様、少しお時間をよろしいでしょうか?」
蒼真「(書類から目を離さず)手短にな」
少し扉が開き、その向こうから珠と美緒の声が聞こえてくる。
珠「ほら、美緒さま、自信を持って!」
美緒「で、でも…」
珠「大丈夫ですって! 行きますよ!」
なんだ? と顔を上げる蒼真。
琴葉「お待たせしました、蒼真さま」
扉を大きく開けた琴葉。着飾った美緒が恥ずかしそうな表情で現れる。
珠は琴葉の後ろからぴょこっと顔を出し、笑顔で蒼真を見つめている。
美緒「あ、あの、蒼真さま。お湯をありがとうございました」
美緒「それから、こんな高価なお召し物もありがとうございます」
蒼真「……」
蒼真は美緒のあまりの美しさに一瞬我を忘れてしまう。
美緒「蒼真さま?」
蒼真「(目をそらし)な、なんでもない」
琴葉と珠は顔を見合わせ、「(手書きで)あらまぁ」と笑顔。
蒼真「で? 用はそれだけか?」
そそくさと立ち上がる蒼真。そばに掛けてあった軍服を手に取り、袖を通す。
蒼真「俺はこれから帝都の巡察に行く。遅くなるからおまえは先に…」
美緒「失礼いたします」
蒼真「え?」
美緒「僭越ながら、お手伝いさせていただきます」
美緒がスッと近づき、肋骨服の飾り紐を留めてくれる。
琴葉「あら、美緒さまは素敵な奥様になりそうですね」
珠「(書き文字で)絵になる~♡」
蒼真、ハッとなり、美緒の手首を取る。
蒼真「いい。これくらい自分でやる!」
美緒「あ…」
傷ついたような顔の美緒。
美緒「も、申し訳ございません」
深く頭を下げる美緒。
蒼真「では行ってくる。見送りはいらん!」
美緒を避けるように、飾り紐も途中のままで出ていってしまう蒼真。
パタンと扉が閉まり、取り残された美緒は悲しそうな顔。
○夕刻。十人ほどの列をなして街の中を進む破妖隊員たち
隊員たちを見ながら小さく言葉を交わし合う街の人々。
街の人1「あら、今日の巡察は朝霧さまの隊なのね」
街の人2「帝都が平和なのもあの人のおかげだよ」
そんな言葉を無視しながら進んでいく蒼真。
そこに、部下の英がやって来る。
英「たーいちょ、今日はなんだか気もそぞろ? ひょっとして妖気疲れっすか? ちゃんと“祓い”をしないとね~」
すると蒼真、英を睨みつける。
蒼真「なんだ、英。俺にケンカを売るつもりか?」
英「いや、だってほら、飾り紐が外れてますよ?」
胸元を指さされ、驚く蒼真。
蒼真「!」
英「ほんと、隊長らしくないですよ! 噂じゃ嫁候補を迎えたとか。それで舞い上がっちゃったとか?」
蒼真「おい、その話どこから聞いた?」
英、頭の後ろで手を組んでとぼけながら、
英「えー? どこだったかなぁ?」
蒼真Ⅿ「周囲には折を見て言うつもりだったが…。出所は立花か? いや、今日は“祓い”で奴は休みのはずだ」
蒼真「なぁ、英。口は災いの元、という言葉を知っているか?」
わざと腰の刀に手を伸ばす蒼真。
英「ひっ! 嫌だなぁ! 言いふらしたりしませんて!」
蒼真に睨まれて、縮みあがって列に戻る英。
蒼真Ⅿ「まったく。元監察方の英は相変わらず情報が早い」
蒼真、星が輝きだした空を見上げ、ふと美緒を思い出す。
蒼真Ⅿ「それにしても、あの娘にすんなり間合いに入られてしまうとは」
回想。蒼真が着た肋骨服の飾り紐を結んでいる美緒。
蒼真Ⅿ「まさか俺は、無意識に彼女を受け入れようとしているのか?」
蒼真Ⅿ「それにあの女、単なる飾りだと言ったのに、甲斐甲斐しく妻の務めを果たそうとしてきた。すべてが想定外で、妙にイラつく…」
そこに通りの向こうから、血まみれになった一人の隊員が駆けてくる。
隊員「朝霧隊長!」
キリッとした顔に戻った蒼真、
蒼真「どうした⁉」
隊員「別動隊があやかしと交戦中! 帝国座前の、大通りです…っ!」
言うなりその場に倒れる隊員。跪いて支える蒼真。
蒼真「おい、しっかりしろ!」
蒼真「誰かこいつの手当てを! 他の者は討伐に向かうぞ!」
○真夜中。美緒の部屋
強風に庭木が揺れている。
屋敷の中が騒がしく、叫び声が美緒の部屋まで響いてくる。
声「お気を確かに!」
声「早くこちらへ!」
ひとり寝ていた美緒、目を覚ます。月明りが障子を通して差し込んでいる。
美緒、上半身を起こし、
美緒Ⅿ「何…? 風音に混じって声が聞こえる」
障子の向こうに狐耳をした女性の陰が現れ、廊下に両ひざを着く。
琴葉「失礼します。先ほど若様がお帰りになり、美緒さまをお呼びです」
美緒、驚いたように、
美緒「は、はい!」
× × ×
燭台を持った琴葉を先頭に、庭を歩く美緒。
琴葉が立ち止まって美緒を振り返る。
琴葉「こちらでございます」
両脇から篝火に照らされた古い倉。扉が中途半端に空いている。
美緒Ⅿ「ここ…余計な詮索はするなと蒼真さまに言われた倉…」
琴葉「何が起こるのか、不安な気持ちでいっぱいでしょうね」
琴葉「ですがどうか耐えてください。蒼真さまを、そしてこの国を助けると思って」
美緒、唇を噛み締めて倉の中へ。
鉄格子の向こうから月明りが漏れており、欠けた茶碗や千切れた鎖が床に転がっている。光の届かない奥は真っ暗。
美緒「蒼真さま? 美緒でございます」
とたんにギギィ……ドォンと音がして、扉が外から閉められた音。
美緒Ⅿ「閉じ込められた?」
きょろきょろ周囲を見まわす美緒。
と、闇の向こうから蒼真の声が。
蒼真「美緒。そこにいるのか?」
美緒「は、はい、こちらに…」
美緒「きゃあ!」
直後、光の中に出てきた血まみれの手(鋭い爪が生えている)にぐいっと右腕を引っ張られる。
闇の中に引きずられ、床にうつ伏せに倒れた美緒。
美緒Ⅿ「い、今のは何…?」
半身を起こし、自分の右腕をもう片方の手で抱きながら、震える。
美緒Ⅿ「蒼真さま? でも明らかにあれは…」
回想。子どものころ鬼に襲われた。そのときの鬼の手にそっくり。
直後、美緒の背筋にぞわりと気配が。
美緒Ⅿ「っ!」
蒼真「…美緒」
美緒「は…はい」
蒼真「目を閉じてくれ」
美緒「……」
恐る恐る目をつぶる美緒。
美緒Ⅿ「大丈夫。ここにいるのは蒼真さま。だって声は蒼真さまのものだもの」
蒼真「身体の力も抜け。悪いようにはしない」
とたんに背後から抱きしめられる美緒。(蒼真の膝の上に横座り状態。蒼真の顔は闇に隠れて見えない)
美緒「っ⁉」
美緒Ⅿ「蒼真さまの身体が火のように熱い。それに、心臓が早鐘のよう…」
顎クイして首筋に顔を埋めてくる蒼真。
美緒Ⅿ「あ…!」
ピンと来る美緒。
美緒「あの…蒼真さま。蒼真さまは、もしや夜伽をお求めですか?」
ぴたりと止まる蒼真。
蒼真「美緒、頼むから俺を煽るな」
美緒「きゃっ⁉」
とたんに仰向けにさせられて、上から覗き込まれる美緒。
目の前に迫った蒼真の顔(獣のような瞳、牙)を見てしまう。
美緒「え…?」
美緒Ⅿ「猛禽のような瞳」
鋭い目のアップ。
美緒Ⅿ「ちらりと覗く、肉食獣のような牙」
引き結んだ唇の端から見える牙のアップ。
美緒Ⅿ「これはまるで…」
蒼真「目を閉じろと言ったはずだぞ? それとも俺に食われたいのか?」
美緒「……」
どうしていいのかわからず硬直してしまう美緒。
蒼真「なるほど、だんまりか。では望み通り食ってやる」
美緒に覆いかぶさったまま、薄く笑みを浮かべてみせる蒼真で―。
