○この国の説明。
新政府軍と旧幕府軍の戦闘シーン。
N「今から20年ほど昔」
N「この極東の島国では、長いあいだ国を治めてきた幕府が倒れ、新政府が樹立した」
壇上に立つ新政府側の役人(洋装)、その下で平伏するたくさんの旧幕府側の人間たち(衣冠束帯姿)。
N「新しく興った政府は、かつて幕府に仕えた公家や武家にも華族の地位を与え、家臣として召し抱えた」
N「しかし」
新政府の役人と、壇の下で平伏する白髭の老人。
役人「おまえは月御門家の者――たしか、幕府に仕えた陰陽師だったな」
老人「はっ」
とたんに役人は馬鹿にしたような笑みを浮かべ、
役人「失せよ」
老人は顔を上げ、
老人「今、なんと?」
役人「失せよと言ったのだ」
役人「この文明開化の世に、あやかしを退治する者など必要ない!」
老人「ほう?」
にやりと笑う老人。
老人「その言葉、決して後悔しませんな?」
N「そうして、新政府によって廃された陰陽師――月御門家とその一門は、どことも知れない場所に去ってしまった」
N「千年もの永きにわたり、封印してきたあやかしを、一気に解き放って――」
巨大などくろ、怪しい笑みを浮かべた狐耳の女性、牛鬼などが千切れたしめ縄の向こうや壺の中から人々に向かって押し寄せてくる図。
転ぶ子ども、その上に延びる鬼の影。しかし、その鬼は何者かに一刀両断される。
N「結果、国土は人を襲う凶悪なあやかしで溢れ、それを滅する破妖隊が組織されたのだった」
刀を構え、軍服を来た男性たちのシルエット。
○昼間。帝都(レンガ造りの街並み)を走る馬車
馬車の中には向かい合って座る蒼真と美緒。蒼真の刀は座席に立てかけられた状態。
蒼真の膝の上にはサラ。
美緒Ⅿ「妻にと求められ、いきなり連れ出されたけれど。実感が湧かない…」
美緒Ⅿ「この方はいったい何を考えているの?」
美緒Ⅿ「それに、ケサランパサランに好かれている…?」
視線を移動させ、蒼真とその膝の上のサラを窺う美緒。
蒼真「…おい」
美緒「っ!」
いきなり声をかけられて、ビクッとなる美緒。
蒼真「どうした? チラチラとこっちを窺って。俺のことが怖いのか?」
美緒「お会いしたばかりなので、まだよくは…」
蒼真「無理はするな。世間の女が俺に見せる態度はふたつにひとつ」
蒼真「猫なで声で馴れ馴れしく近づいてくるか、怯えて竦みあがるか、そのどちらかだ」
皮肉気に笑って見せる蒼真。
美緒Ⅿ「この方、なんて寂しそうに笑うの…」
サラ「(蒼真を見上げながら)きゅん…」
美緒、意を決したように膝の上で拳を握り、
美緒「蒼真さま」
蒼真「なんだ」
美緒「わたしは…あなたさまは、とてもお優しい方だと思います」
蒼真「ふん、ご機嫌取りなどしなくていい。屋敷で見せた態度はふりだ」
ぷいとそっぽを向く蒼真の前で、美緒はとっさに立ち上がり、
美緒「いえ、ケセランパサランに好かれている方に、悪い方などおりません!」
蒼真「え?」
蒼真、真顔になって、
蒼真「おまえ、このあやかしの正体を知っているのか?」
美緒「昔、生家の倉にあった本で見たことがあります。幸運を招く、けれどとっても臆病なあやかしです。なのに蒼真さまには心を許している」
蒼真「だから俺は悪い奴じゃないと?」
美緒「はい!」
とたんに蒼真、顎をそらし、少年のように楽しげに笑いながら、
蒼真「ははっ! おまえはおもしろいことを言うな!」
蒼真「このチンケなあやかしは、いつからか俺の前に現れるようになった。幸運を招くかどうかは知らないが、野良猫と大して変わらないぞ?」
すると突然、馬車が地面の石に乗り上げガクンと揺れる。
美緒「きゃっ⁉」
蒼真「おっと」
立っていた美緒、よろけて蒼真に抱き留められる。
至近距離で見つめ合うふたり。
美緒「す、すみません!」
蒼真「待て」
とっさに離れようとする美緒の細い手首をそっと握る蒼真。
蒼真「ああ、やはりな」
美緒「…え?」
座っている蒼真に後ろから抱かれるような形になり、ドキドキする美緒。(サラは蒼真の肩へ移動)
美緒Ⅿ「蒼真さま、いったいなにを?」
美緒Ⅿ「それにこの感覚は何? 蒼真さまに触れられた部分が、不思議と熱を帯びてくる…」
蒼真「やはり、俺の目に狂いはなかった」
思わせぶりに笑う蒼真。
美緒の顔を覗き込むように、片手で顎をくいっと上げさせ、
蒼真「悪いが俺は、おまえが思うような善人ではない」
蒼真「だから夫婦というのもかりそめ。俺はおまえを愛さないし、おまえが俺に恩義を感じる必要もない」
蒼真の真意がわからず、ただ茫然となる美緒で――。
○朝霧蒼真の邸宅前。(彼だけが住まう別宅で、立派な日本家屋)
ふたりを乗せた馬車が門をくぐり、正面玄関で停まる。
蒼真「着いたぞ」
馬車のドアが外から開けられる。
青年の使用人(狗遠・頭には犬の耳)が顔を出し、
狗遠「お待ちしておりました、立花美緒さまでらっしゃいますね?」
美緒Ⅿ「え? この人あやかし?」
狗遠、頭を下げつつ、手のひらを屋敷の方向へ向ける。
そこには立派な日本家屋と、門の前で待ち構えている数名の使用人たちが。しかし全員、頭の上に耳がついている。
馬車から降りた美緒、隣に立った蒼真を見上げ、
美緒「もしや皆さん、あやかしですか?」
蒼真「ああ。今いるのは猫又に妖狐、それに狗神だ」
蒼真「陰陽師が凶悪なあやかしを解き放ったせいで、長い間、人と共存してきたモノまで迫害されるようになってしまった。だから上に許可をもらい、俺が保護している」
石や棒で人間に追いかけられる猫又や妖狐(動物形態)。ぼろぼろになった彼らに手を差し伸べる蒼真のイメージシーン。
蒼真「まぁ、おまえにとったら理解不能なことだろうがな」
美緒「いえ、亡くなった母は常々申しておりました。すべてのあやかしが残忍なわけではないと」
美緒「だからこれは素晴らしいことだと思います」
感動して前を見つめる美緒。隣からその様子を見て、意外に思う蒼真。
と、二十代半ば程の女性使用人(珠・猫耳/琴葉・狐耳)が笑顔で声をかけてくる。
珠「お帰りなさいませ、若様」
琴葉「まぁっ! そちらが奥様になられる方ですか⁉ なんて愛らしい!」
蒼真「彼女を風呂に入れてくれ。あと、適当な着物も頼む」
珠「適当なんかじゃいけません! 珠がとびきりの物を用意します!」
琴葉「入浴の準備に少々時間をいただきますので、その間、この琴葉が美緒さまに屋敷の案内をいたしますわ」
蒼真「そうか」
顎に手を置き、少し考えた後で、
蒼真「…いや、俺がやる」
珠「うふふ、若様、すっかり未来の奥さまにメロメロなんですね!」
とたんに蒼真、ものすごく怖い顔で珠を睨みつけ、
蒼真「何か言ったか?」
珠「っっっ!!!」
涙目になってビビる珠。
珠「(書き文字で)殺されるかと思った~っ」
琴葉「(書き文字で)もう! 若様をからかうから!」
頭を抱えてしゃがみ込む珠と、それを苦笑しつつ慰める琴葉のちびキャラ。
○朝霧蒼真の邸宅内部
屋敷を案内する蒼真と彼についていく美緒。
天井からはシャンデリアが、壁には水瓶を抱えた女神像風の彫刻が飾られた部屋。長テーブルに椅子もある。そこに重ねるように【客間】の文字。
美緒「わ…! 本格的な洋室…。(書き文字で)まるで異国のよう…」
驚く美緒。その背後に立つ無表情の蒼真。
次は台所へ。板前姿の河童らしき者が数名、魚片手に調理をしている。
【台所】と表示。(立って作業ができる現代風のもの)
美緒「最新の立流し式…!(書き文字で)しゃがまないから楽!」
きらきらと目を輝かせる美緒。
その背後で、少し意外そうな表情の蒼真。
蒼真「さっきの客間より、こちらのほうに興味がありそうだな」
美緒「はい。ここで何を作ろうか、つい考えてしまいました」
蒼真「は? 家事など使用人に任せておけばよい。余計なことはするな」
美緒「し、失礼いたしました」
とたんに美緒、しゅんとなって、
美緒Ⅿ「そうよね、私はお飾りの妻だもの」
最後は八畳ほどの和室へ。立派な鏡台に梅の花を模ったかわいらしい座布団。障子が開け放ってあり、目の前には菖蒲が咲く小さな池がある。
美緒「こちらは?」
蒼真「おまえの部屋だ」
美緒「私の?」
蒼真「急ごしらえゆえ何もないが、今はこれで堪えてくれ」
美緒「とんでもない! こんな素敵なお部屋、勿体ないです」
蒼真「ほう? だがゆくゆくは、立花の家に帰りたいと思うようになるやもしれんぞ?」
美緒「え…?」
驚いて蒼真を見上げる美緒。蒼真、ぷいと顔を背け、
蒼真「では次の部屋へ向かうとしよう」
美緒「……」
× × ×
時間経過。日本庭園に佇む美緒と蒼真。
蒼真「屋敷の案内はこれで終わりだ。他に聞きたいことは?」
鋭いまなざしで美緒を見下ろす蒼真。
美緒「あの、よければおふたつほど。蒼真さまのご両親はどちらに? ぜひご挨拶をしたいのですが」
蒼真「ああ、ふたりは本宅だ。そもそもここは俺だけの屋敷でな」
美緒Ⅿ「え?」
想像と違い、軽くショックを受ける美緒。
美緒Ⅿ「破妖隊の隊長と妻帯者は寮生活を免除される。だからここは本宅なのかと…」
蒼真「で? もうひとつは?」
美緒「あちらです」
美緒、気を取り直して庭の向こうに見える年季の入った小屋を指さす。
美緒「あれはなんでしょう?」
蒼真「あれか? あれはただの倉だ」
美緒「そう…なのですね?」
小首を傾げてみせる美緒。
蒼真「なんだ? 納得のいかない顔だな」
一歩進み、顔を覗き込むようにして、美緒との間を詰める蒼真。
じりじりと後退する美緒。
美緒「ぶ、不躾ながら、どのお部屋も手入れが行き届いていたのに、あれだけ痛みがひどいので」
蒼真「おまえは意外と鋭いのだな。だが、差し出口は身を亡ぼすぞ」
美緒「あっ」
追い詰められ、太い木の幹に背中をぶつけた美緒。壁ドン状態で、美緒の耳元に口を寄せる蒼真。
蒼真「いいか? 余計な詮索は無用だ。おまえは大人しくしていればいい」
○風呂場。高窓から光が入っている。
ひとり、湯舟に入って気が抜けたように天井を見上げている美緒。
美緒Ⅿ「さっきのあれはいったい?」
謎の倉と追い詰めてきた蒼真を思い出す美緒。
美緒Ⅿ「蒼真さまは何かを隠そうとしていた」
と、ほんの少しだけ木製の引き戸が開けられて、正座した琴葉が声をかけてくる。
琴葉「美緒さま。お召しかえをお持ちしました」
美緒「あ…ありがとうございます!」
手拭いで身体を隠しつつ、湯船から立ちあがる美緒。
× × ×
風呂場の脱衣所で、浴衣姿の美緒は丸椅子に座り、琴葉に髪を梳いてもらっている。
琴葉はうれしそうな顔。
琴葉「美緒さまは、本当に不思議な方ですね」
美緒「え?」
琴葉「使用人の正体はあやかしだと聞かされたとき、恐れるどころか感動していらっしゃったでしょう?」
美緒「あれは…何度も申しますが、亡き母の教えで」
琴葉「美緒さまのお母上は、きっと慈愛に満ちた方だったのでしょうね」
琴葉、徐々に美緒の横に回って髪を梳きながら、厳しい表情になる。
琴葉「ですが美緒さま、私たちの正体は他言無用にございますよ? いくらお許しを得ているとは言え、破妖隊の隊長があやかしを匿っているのが公に知られたら、世間からどんな目を向けられるかわかったものではありません」
琴葉「それに、若様は訳あって人と距離を置きたがります。そのせいで冷たい、何を考えているのかわからないと誹られることもございます」
櫛を懐に入れて、美緒の前で正座する琴葉。
琴葉「ですが…あなた様だけは、どうか力となってほしいのです」
いきなり深々と頭を下げる琴葉に驚く美緒。
美緒「こ、琴葉さん⁉」
琴葉「使用人のくせに、差し出がましいお願いなのはわかっております。ですが、若様の苦しい胸の内をわかってくださるのも、あなた様しかいないのです」
美緒「……」
椅子から降りて膝をつき、琴葉の背中に手を添える美緒。
美緒Ⅿ「やはり、蒼真さまは何か隠していらっしゃるの?」
わけがわからないながらも、事の深刻さに気づいて緊張の面持ちになる美緒。
○同時刻、立花家の屋敷の廊下
廊下に立ち、いらいらと爪を噛んでいる千華と、その姿を物陰からビクビクと見つめている女中たち。
第二話の回想。美緒をお姫様抱っこする蒼真の姿。
千華Ⅿ「信じられない! どうして美緒が朝霧さまに選ばれるのよ⁉」
千華Ⅿ「あんなに陰気でみすぼらしい女なのに! 絶対に間違ってる…!」
そこにやって来る飼い猫のトラ。構ってとばかりに千華を見上げる。
トラ「みゃーお」
千華「うるさいっ!」
トラ「ギャッ!」
八つ当たりで蹴とばす千華。
千華Ⅿ「見てらっしゃい、美緒。このまま朝霧さまの嫁になれると思わないことね」
にやあっと暗い笑いを浮かべる千華で――。
新政府軍と旧幕府軍の戦闘シーン。
N「今から20年ほど昔」
N「この極東の島国では、長いあいだ国を治めてきた幕府が倒れ、新政府が樹立した」
壇上に立つ新政府側の役人(洋装)、その下で平伏するたくさんの旧幕府側の人間たち(衣冠束帯姿)。
N「新しく興った政府は、かつて幕府に仕えた公家や武家にも華族の地位を与え、家臣として召し抱えた」
N「しかし」
新政府の役人と、壇の下で平伏する白髭の老人。
役人「おまえは月御門家の者――たしか、幕府に仕えた陰陽師だったな」
老人「はっ」
とたんに役人は馬鹿にしたような笑みを浮かべ、
役人「失せよ」
老人は顔を上げ、
老人「今、なんと?」
役人「失せよと言ったのだ」
役人「この文明開化の世に、あやかしを退治する者など必要ない!」
老人「ほう?」
にやりと笑う老人。
老人「その言葉、決して後悔しませんな?」
N「そうして、新政府によって廃された陰陽師――月御門家とその一門は、どことも知れない場所に去ってしまった」
N「千年もの永きにわたり、封印してきたあやかしを、一気に解き放って――」
巨大などくろ、怪しい笑みを浮かべた狐耳の女性、牛鬼などが千切れたしめ縄の向こうや壺の中から人々に向かって押し寄せてくる図。
転ぶ子ども、その上に延びる鬼の影。しかし、その鬼は何者かに一刀両断される。
N「結果、国土は人を襲う凶悪なあやかしで溢れ、それを滅する破妖隊が組織されたのだった」
刀を構え、軍服を来た男性たちのシルエット。
○昼間。帝都(レンガ造りの街並み)を走る馬車
馬車の中には向かい合って座る蒼真と美緒。蒼真の刀は座席に立てかけられた状態。
蒼真の膝の上にはサラ。
美緒Ⅿ「妻にと求められ、いきなり連れ出されたけれど。実感が湧かない…」
美緒Ⅿ「この方はいったい何を考えているの?」
美緒Ⅿ「それに、ケサランパサランに好かれている…?」
視線を移動させ、蒼真とその膝の上のサラを窺う美緒。
蒼真「…おい」
美緒「っ!」
いきなり声をかけられて、ビクッとなる美緒。
蒼真「どうした? チラチラとこっちを窺って。俺のことが怖いのか?」
美緒「お会いしたばかりなので、まだよくは…」
蒼真「無理はするな。世間の女が俺に見せる態度はふたつにひとつ」
蒼真「猫なで声で馴れ馴れしく近づいてくるか、怯えて竦みあがるか、そのどちらかだ」
皮肉気に笑って見せる蒼真。
美緒Ⅿ「この方、なんて寂しそうに笑うの…」
サラ「(蒼真を見上げながら)きゅん…」
美緒、意を決したように膝の上で拳を握り、
美緒「蒼真さま」
蒼真「なんだ」
美緒「わたしは…あなたさまは、とてもお優しい方だと思います」
蒼真「ふん、ご機嫌取りなどしなくていい。屋敷で見せた態度はふりだ」
ぷいとそっぽを向く蒼真の前で、美緒はとっさに立ち上がり、
美緒「いえ、ケセランパサランに好かれている方に、悪い方などおりません!」
蒼真「え?」
蒼真、真顔になって、
蒼真「おまえ、このあやかしの正体を知っているのか?」
美緒「昔、生家の倉にあった本で見たことがあります。幸運を招く、けれどとっても臆病なあやかしです。なのに蒼真さまには心を許している」
蒼真「だから俺は悪い奴じゃないと?」
美緒「はい!」
とたんに蒼真、顎をそらし、少年のように楽しげに笑いながら、
蒼真「ははっ! おまえはおもしろいことを言うな!」
蒼真「このチンケなあやかしは、いつからか俺の前に現れるようになった。幸運を招くかどうかは知らないが、野良猫と大して変わらないぞ?」
すると突然、馬車が地面の石に乗り上げガクンと揺れる。
美緒「きゃっ⁉」
蒼真「おっと」
立っていた美緒、よろけて蒼真に抱き留められる。
至近距離で見つめ合うふたり。
美緒「す、すみません!」
蒼真「待て」
とっさに離れようとする美緒の細い手首をそっと握る蒼真。
蒼真「ああ、やはりな」
美緒「…え?」
座っている蒼真に後ろから抱かれるような形になり、ドキドキする美緒。(サラは蒼真の肩へ移動)
美緒Ⅿ「蒼真さま、いったいなにを?」
美緒Ⅿ「それにこの感覚は何? 蒼真さまに触れられた部分が、不思議と熱を帯びてくる…」
蒼真「やはり、俺の目に狂いはなかった」
思わせぶりに笑う蒼真。
美緒の顔を覗き込むように、片手で顎をくいっと上げさせ、
蒼真「悪いが俺は、おまえが思うような善人ではない」
蒼真「だから夫婦というのもかりそめ。俺はおまえを愛さないし、おまえが俺に恩義を感じる必要もない」
蒼真の真意がわからず、ただ茫然となる美緒で――。
○朝霧蒼真の邸宅前。(彼だけが住まう別宅で、立派な日本家屋)
ふたりを乗せた馬車が門をくぐり、正面玄関で停まる。
蒼真「着いたぞ」
馬車のドアが外から開けられる。
青年の使用人(狗遠・頭には犬の耳)が顔を出し、
狗遠「お待ちしておりました、立花美緒さまでらっしゃいますね?」
美緒Ⅿ「え? この人あやかし?」
狗遠、頭を下げつつ、手のひらを屋敷の方向へ向ける。
そこには立派な日本家屋と、門の前で待ち構えている数名の使用人たちが。しかし全員、頭の上に耳がついている。
馬車から降りた美緒、隣に立った蒼真を見上げ、
美緒「もしや皆さん、あやかしですか?」
蒼真「ああ。今いるのは猫又に妖狐、それに狗神だ」
蒼真「陰陽師が凶悪なあやかしを解き放ったせいで、長い間、人と共存してきたモノまで迫害されるようになってしまった。だから上に許可をもらい、俺が保護している」
石や棒で人間に追いかけられる猫又や妖狐(動物形態)。ぼろぼろになった彼らに手を差し伸べる蒼真のイメージシーン。
蒼真「まぁ、おまえにとったら理解不能なことだろうがな」
美緒「いえ、亡くなった母は常々申しておりました。すべてのあやかしが残忍なわけではないと」
美緒「だからこれは素晴らしいことだと思います」
感動して前を見つめる美緒。隣からその様子を見て、意外に思う蒼真。
と、二十代半ば程の女性使用人(珠・猫耳/琴葉・狐耳)が笑顔で声をかけてくる。
珠「お帰りなさいませ、若様」
琴葉「まぁっ! そちらが奥様になられる方ですか⁉ なんて愛らしい!」
蒼真「彼女を風呂に入れてくれ。あと、適当な着物も頼む」
珠「適当なんかじゃいけません! 珠がとびきりの物を用意します!」
琴葉「入浴の準備に少々時間をいただきますので、その間、この琴葉が美緒さまに屋敷の案内をいたしますわ」
蒼真「そうか」
顎に手を置き、少し考えた後で、
蒼真「…いや、俺がやる」
珠「うふふ、若様、すっかり未来の奥さまにメロメロなんですね!」
とたんに蒼真、ものすごく怖い顔で珠を睨みつけ、
蒼真「何か言ったか?」
珠「っっっ!!!」
涙目になってビビる珠。
珠「(書き文字で)殺されるかと思った~っ」
琴葉「(書き文字で)もう! 若様をからかうから!」
頭を抱えてしゃがみ込む珠と、それを苦笑しつつ慰める琴葉のちびキャラ。
○朝霧蒼真の邸宅内部
屋敷を案内する蒼真と彼についていく美緒。
天井からはシャンデリアが、壁には水瓶を抱えた女神像風の彫刻が飾られた部屋。長テーブルに椅子もある。そこに重ねるように【客間】の文字。
美緒「わ…! 本格的な洋室…。(書き文字で)まるで異国のよう…」
驚く美緒。その背後に立つ無表情の蒼真。
次は台所へ。板前姿の河童らしき者が数名、魚片手に調理をしている。
【台所】と表示。(立って作業ができる現代風のもの)
美緒「最新の立流し式…!(書き文字で)しゃがまないから楽!」
きらきらと目を輝かせる美緒。
その背後で、少し意外そうな表情の蒼真。
蒼真「さっきの客間より、こちらのほうに興味がありそうだな」
美緒「はい。ここで何を作ろうか、つい考えてしまいました」
蒼真「は? 家事など使用人に任せておけばよい。余計なことはするな」
美緒「し、失礼いたしました」
とたんに美緒、しゅんとなって、
美緒Ⅿ「そうよね、私はお飾りの妻だもの」
最後は八畳ほどの和室へ。立派な鏡台に梅の花を模ったかわいらしい座布団。障子が開け放ってあり、目の前には菖蒲が咲く小さな池がある。
美緒「こちらは?」
蒼真「おまえの部屋だ」
美緒「私の?」
蒼真「急ごしらえゆえ何もないが、今はこれで堪えてくれ」
美緒「とんでもない! こんな素敵なお部屋、勿体ないです」
蒼真「ほう? だがゆくゆくは、立花の家に帰りたいと思うようになるやもしれんぞ?」
美緒「え…?」
驚いて蒼真を見上げる美緒。蒼真、ぷいと顔を背け、
蒼真「では次の部屋へ向かうとしよう」
美緒「……」
× × ×
時間経過。日本庭園に佇む美緒と蒼真。
蒼真「屋敷の案内はこれで終わりだ。他に聞きたいことは?」
鋭いまなざしで美緒を見下ろす蒼真。
美緒「あの、よければおふたつほど。蒼真さまのご両親はどちらに? ぜひご挨拶をしたいのですが」
蒼真「ああ、ふたりは本宅だ。そもそもここは俺だけの屋敷でな」
美緒Ⅿ「え?」
想像と違い、軽くショックを受ける美緒。
美緒Ⅿ「破妖隊の隊長と妻帯者は寮生活を免除される。だからここは本宅なのかと…」
蒼真「で? もうひとつは?」
美緒「あちらです」
美緒、気を取り直して庭の向こうに見える年季の入った小屋を指さす。
美緒「あれはなんでしょう?」
蒼真「あれか? あれはただの倉だ」
美緒「そう…なのですね?」
小首を傾げてみせる美緒。
蒼真「なんだ? 納得のいかない顔だな」
一歩進み、顔を覗き込むようにして、美緒との間を詰める蒼真。
じりじりと後退する美緒。
美緒「ぶ、不躾ながら、どのお部屋も手入れが行き届いていたのに、あれだけ痛みがひどいので」
蒼真「おまえは意外と鋭いのだな。だが、差し出口は身を亡ぼすぞ」
美緒「あっ」
追い詰められ、太い木の幹に背中をぶつけた美緒。壁ドン状態で、美緒の耳元に口を寄せる蒼真。
蒼真「いいか? 余計な詮索は無用だ。おまえは大人しくしていればいい」
○風呂場。高窓から光が入っている。
ひとり、湯舟に入って気が抜けたように天井を見上げている美緒。
美緒Ⅿ「さっきのあれはいったい?」
謎の倉と追い詰めてきた蒼真を思い出す美緒。
美緒Ⅿ「蒼真さまは何かを隠そうとしていた」
と、ほんの少しだけ木製の引き戸が開けられて、正座した琴葉が声をかけてくる。
琴葉「美緒さま。お召しかえをお持ちしました」
美緒「あ…ありがとうございます!」
手拭いで身体を隠しつつ、湯船から立ちあがる美緒。
× × ×
風呂場の脱衣所で、浴衣姿の美緒は丸椅子に座り、琴葉に髪を梳いてもらっている。
琴葉はうれしそうな顔。
琴葉「美緒さまは、本当に不思議な方ですね」
美緒「え?」
琴葉「使用人の正体はあやかしだと聞かされたとき、恐れるどころか感動していらっしゃったでしょう?」
美緒「あれは…何度も申しますが、亡き母の教えで」
琴葉「美緒さまのお母上は、きっと慈愛に満ちた方だったのでしょうね」
琴葉、徐々に美緒の横に回って髪を梳きながら、厳しい表情になる。
琴葉「ですが美緒さま、私たちの正体は他言無用にございますよ? いくらお許しを得ているとは言え、破妖隊の隊長があやかしを匿っているのが公に知られたら、世間からどんな目を向けられるかわかったものではありません」
琴葉「それに、若様は訳あって人と距離を置きたがります。そのせいで冷たい、何を考えているのかわからないと誹られることもございます」
櫛を懐に入れて、美緒の前で正座する琴葉。
琴葉「ですが…あなた様だけは、どうか力となってほしいのです」
いきなり深々と頭を下げる琴葉に驚く美緒。
美緒「こ、琴葉さん⁉」
琴葉「使用人のくせに、差し出がましいお願いなのはわかっております。ですが、若様の苦しい胸の内をわかってくださるのも、あなた様しかいないのです」
美緒「……」
椅子から降りて膝をつき、琴葉の背中に手を添える美緒。
美緒Ⅿ「やはり、蒼真さまは何か隠していらっしゃるの?」
わけがわからないながらも、事の深刻さに気づいて緊張の面持ちになる美緒。
○同時刻、立花家の屋敷の廊下
廊下に立ち、いらいらと爪を噛んでいる千華と、その姿を物陰からビクビクと見つめている女中たち。
第二話の回想。美緒をお姫様抱っこする蒼真の姿。
千華Ⅿ「信じられない! どうして美緒が朝霧さまに選ばれるのよ⁉」
千華Ⅿ「あんなに陰気でみすぼらしい女なのに! 絶対に間違ってる…!」
そこにやって来る飼い猫のトラ。構ってとばかりに千華を見上げる。
トラ「みゃーお」
千華「うるさいっ!」
トラ「ギャッ!」
八つ当たりで蹴とばす千華。
千華Ⅿ「見てらっしゃい、美緒。このまま朝霧さまの嫁になれると思わないことね」
にやあっと暗い笑いを浮かべる千華で――。
