○宴の晩。庭園つきの広い洋館(俯瞰)
大広間から庭園に、シャンデリアの明かりと紳士淑女たちの楽しげな声が漏れている。
そこから少し離れた控えの間には、何人かの女中たちが待機している。
うなだれたまま粗末な椅子に腰かけた美緒。
美緒「……」
千華(前回の回想)「中塚さま、そろそろ新しいお妾がほしいのですって!」
嘲るような千華の顔を思い出し、ぎゅっと手を握る美緒。
その背後で雑談する他家の女中たち。
他家の女中1「今宵の宴、破妖隊の朝霧さまも警護に来てらっしゃるのでしょ?」
他家の女中2「ああん、ひと目でいいからお目にかかりたいわ!」
他家の女中3「でも立花家の礼司さまも素敵ってお話よ!」
聞くとはなしに聞いている美緒、唐突に着物の裾をツンと引っ張られる。
美緒Ⅿ「え? なに…?」
(実はケサランパサランが床にいて、美緒の着物の裾を咥え、引っ張ってきた)
○同時刻、大広間。
楽しそうに言葉を交わす紳士淑女たち、部屋の端には警備の破妖隊が配置されている。
期待いっぱいの顔で、周囲を見まわすドレス姿の千華。
そこにひとりの若い男がやって来る。
男「お嬢さん、おひとりですか?」
千華「邪魔」
閉じた洋扇子で男を叩き、スタスタと歩いていく千華。
やがて、庭へと続く両開きの扉の前に、腕を組んで立つ軍服姿の男を見つける。
千華Ⅿ「間違いないわ、あの方よ!」
千華、小走りで男に近づき、上目遣いで、
千華「あのう…破妖隊の隊長、朝霧蒼真さまでいらっしゃいますね?」
蒼真、不愉快そうな顔で、
蒼真「なんの用だ?」
千華「わたくし、立花礼司の妹で、千華と申します。朝霧さまのお噂は、副隊長の兄からかねがね…」
蒼真「悪いが今は勤務中だ。くだらんおしゃべりが目的なら、他の男をあたってくれ」
ぷいっと顔を背けて庭に出ていってしまう蒼真。
千華「…え?」
冷たくされると思わず、あっけにとられる千華。
○同時刻、控えの間
美緒の足元には、着物の裾を咥えて引っ張るサラ。
美緒Ⅿ「あ、あなた…!」
サラ「きゅん!」
ぴょん、と膝に飛び乗ってくるサラ。
美緒、他の女中たちから見えないように背を向けて、
美緒「(小声で)だ、だめよ、ここに来ちゃ!」
サラ「きゅん!」
膝から降り、シュッと毛を倒して棒状になり、ばったり倒れてみせるサラ。
美緒Ⅿ「私に何かを伝えようとしているの?」
サラ「きゅうん!」
サラはぽんぽん飛んでドアに近づく。
美緒「……」
不安げな顔で立ち上がる美緒。
他家の女中1「え?」
他家の女中2「ちょっと! 女中はここで待機…!」
美緒がドアを開けるとサラは抜け出し、勢いよく廊下を跳ねていく。
美緒「待って!」
慌てて追いかける美緒。
○数分後、洋館の庭
巨大な蜘蛛のあやかしが一匹。それと戦う数名の破妖隊の軍人たち。
蒼真「今宵の宴、客のほとんどは国の重鎮。予想はしていたが、やはり現れたな!」
牙を剥く蜘蛛に一太刀浴びせる蒼真。
一方で、蜘蛛の尻から飛んできた糸で武器を奪われた礼司、
礼司「ひぃっ⁉ か、刀が!」
真っ青になって取り巻き達と逃亡する。
蒼真「おい、退くなっ!」
蒼真の意識が逸れた瞬間、蜘蛛が脚を振り上げ首筋を狙ってきて―
蒼真「ぐっ⁉」
斬られる寸前、刀で受けとめる。
蒼真「いいだろう、おまえの相手は俺ひとりで十分だ」
蒼真、ニヤリと笑ってみせる。
× × ×
薄暗い庭を恐る恐る歩く美緒。ときおり宴の笑い声が聞こえてくる。
美緒Ⅿ「あの子、どこへ…」
サラ「きゅん! きゅんきゅん!」
闇の奥からサラの声が聞こえてくる。
美緒はぴたりと足を止め、
美緒Ⅿ「これは…血の臭い?」
一瞬不安な顔になるが、ぐっと胸の前でこぶしを握って歩き出し―
美緒Ⅿ「え?」
星明りの下、血まみれの蒼真が大木に背を預け、苦しげに座り込んでいた。
奥には仰向けになった巨大な蜘蛛の死骸が見える(シルエットのみ)。
美緒Ⅿ「軍人? 血まみれで恐ろしげな姿なのに、不思議と目を奪われる…」
蒼真「おい。そこにいるのは誰だ?」
美緒「っ!」
我に返り、思わず駆け寄り跪く美緒。
美緒「あ、あの、失礼します!」
蒼真「⁉」
美緒、ためらわず軍服の肋骨紐に手を伸ばす。
美緒「お怪我をされていますよね? このままじっとしていてください」
紐を外しにかかる美緒。
それに目を奪われる蒼真。
蒼真Ⅿ「なぜだ? なぜ血まみれの俺を恐れない?」
蒼真Ⅿ「それに、儚げでいて、意志の強さを感じる眼差し…」
蒼真「(ハッと我に返り)お、俺に近づくなっ!」
美緒「え?」
美緒を払いのけて立ち上がろうとした蒼真、バランスを崩して膝をつく。
蒼真「くっ!」
美緒「無理をしてはダメです!」
蒼真Ⅿ「っ⁉」
肩に手を置かれた蒼真、驚いたように美緒を見つめる。
蒼真Ⅿ「彼女に触れられた部分から、ケガの痛みが退いていく…?」
蒼真「おまえ…名は?」
美緒「…た、ただの女中です…」
と、茂みの向こうに蒼真を探す隊員たちのシルエットが。
隊員1「隊長ーっ!」
隊員2「朝霧隊長、どこっスか⁉」
蒼真「ここだ! 今行く!」
無言で美緒の手首を持って、自分の身体から離す蒼真。
じっと美緒の顔を見つめた後、何もなかったように去っていく。
それを無言で見送る美緒。
○翌日の昼間。立花家の居間(和室)
仁王立ちした千華の前で正座をし、美緒がうなだれている。
千華の両親(ひげを蓄えた中年男性の下に「立花家当主 立花 節玄」、気の強そうな中年女性の下に「妻 朱鷺江」と説明)も座卓の向こうで苦々しい顔。
千華「この死にぞこない! 控えの間から逃げ出したなんて!」
千華、座卓の上の一輪挿しをひったくり、花と水を勢いよく美緒にかける。
美緒「っ!」
頭からびしょ濡れになる美緒。
直後、美緒の背後の襖がスッと開き、女中1がおずおずと顔を出す。
女中1「あ、あのぅ…」
千華「なにっ⁉」
女中1「軍人の朝霧さまという方がお見えですが…」
一同、驚いて、
美緒Ⅿ「朝霧…?」
千華「そ、それってまさか!」
朱鷺江「破妖隊の隊長…よね?」
節玄「そんな男が我が家にいったい?」
女中1「それが、お嬢様をぜひ妻にと…」
千華、口元に手をあてうれしそうに、
千華「えぇえっ⁉」
朱鷺江「きっと昨日の宴で千華のことを見初めたのだわ!」
節玄「皇国の鬼神と呼ばれ、どんな美女にも靡かんと言われたあの男が…。さすがは我が娘だ!」
とたんにドタドタと廊下を荒々しく渡ってくる音が聞こえてくる。
女中2「ど、どうかお待ちください!」
直後、中途半端に開けられていた襖がパシン! という音と共に全開になり、蒼真が現れる。
ずぶぬれになった美緒を見つめた後、
朝霧「…なるほど。昨日、あの場で攫ってしまったほうがよかったか」
一方で千華は余裕たっぷり。
千華「攫う? うふふ、朝霧さまったら大胆ですわ!」
とたんに蒼真は冷ややかな目で、
蒼真「おまえは何を言っている?」
千華「え?」
蒼真「俺がほしいのはおまえではない。そこにいる彼女だ」
美緒Ⅿ「……⁉」
驚く美緒の前で蒼真は跪き、
蒼真「探したぞ、美緒」
と顎クイ。
× × ×
上座に節玄、朱鷺江、千華が正座している。三人そろって苦々しい顔。
下座には不安げに深く俯いた美緒と冷ややかな顔の蒼真が同じく正座している。
節玄「君が妻にしたいのは、そのみすぼらしい女中だと言うのか?」
朱鷺江「な、何かの間違いですわよね⁉」
千華「(唇を噛み締めて)…ギリッ」
蒼真「何度も言わせないでいただきたい。俺がほしいのは彼女だ」
蒼真、美緒に向き直り、
蒼真「昨夜の宴で名前を聞いても、おまえは女中と答えるばかり。おかげで招待客を端からあたる羽目になったぞ」
美緒「あ、あれは…名乗るほどのことではないと思ったのです」
蒼真「ふっ、俺の花嫁殿は本当に奥ゆかしいのだな」
千華「チッ」
千華、すっくと立ちあがる。
片手を口元にあてると嘲るように、
千華「ふん、花嫁ですって⁉ だったら残念でしたわね!」
千華「だってこの人、ある男爵のモノになるのがとーっくに決まっているんですもの!」
千華「ねぇ、美緒?」
千華に顔を寄せられて、正座したまま項垂れた美緒はピクリと肩を揺らす。
千華「ほら、朝霧さまに言いなさいよ! 『私には決まった人がいる、迷惑ですからお引き取りください』って!」
美緒「……」
蒼真、小さく震える美緒をじっと見、
蒼真「どうした? なぜ震えている?」
千華「うふふ、強引な朝霧さまが怖いのよねぇ?」
蒼真、千華の台詞を遮り、
蒼真「黙れ。俺は彼女に聞いている」
千華、蒼真の鋭い視線にビクッとなる。
おずおずと顔を上げる美緒。辛抱強く返事を待つ、蒼真の瞳。
美緒Ⅿ「心の中を見透かしてくるような、不思議な瞳…」
と、蒼真の軍服のポケットからサラが顔を出す。
サラ「きゅんっ!」
美緒Ⅿ「え…? どうしてこの子が?」
サラ「きゅん、きゅんきゅん!」
美緒Ⅿ「もしかして、励ましてくれているの?」
美緒、意を決し、胸の上で手を重ねあわせ、
美緒「…わ、私は…」
美緒「私は、男爵さまの元には、参りません…」
千華、わなわな震えながら美緒を指さし、
千華「はぁああっ? あんた、言ってる意味、わかってんの⁉ 身の程を弁えなさいよ!」
朱鷺江「ち、千華の言うとおりです! それに、中塚さまからはかなりのお金を…っ」
ハッとなって口元を押さえる朱鷺江。
蒼真「ほう?」
冷ややかな表情のまま、すべてを察した蒼真。
蒼真「なるほど。ではいくらだ?」
節玄「え?」
蒼真「彼女を金で売ったのだろう? だったらその倍出してやる」
蒼真「その代わり、今すぐここから連れだすがな」
節玄「な、なぜそこまでして…」
朱鷺江「そうですわ! 納得がいきません!」
蒼真「おまえたちに答える義理はない!」
キッと睨みつける蒼真、すくみ上がる三人。
一方の美緒は呆然となっている。
そんな彼女の頬にやさしく手を添える蒼真。
蒼真「いいか? 今からお前は俺の妻だ」
サラ、その手に乗ってきて、美緒の頬に体をすりすり。
サラ「きゅん!」
蒼真、ほんの少しほほ笑んで、
蒼真「サラもそうだと言っている」
美緒「……」
しかし、まだ呆然としたままの美緒。
蒼真「では行こうか、花嫁殿」
立ち上がった蒼真に手を引かれるが、緊張状態の美緒はくらっと倒れかかる。
それを抱き留め、お姫様抱っこをする蒼真。
美緒「あ…あのっ、私、自分で…」
蒼真「遠慮をするな。それにおまえ、軽すぎやしないか?」
美緒「え…?」
蒼真「大方、ろくに飯も食わせてもらえず、こき使われてきたのだろう?」
肩越しに背後の三人を余裕たっぷりに振り返る蒼真。
目を逸らす節玄と朱鷺江。キッと睨みつけてくる千華。
蒼真「それでは失礼させていただく」
蒼真に抱きあげられたままの美緒。彼女の肩にはサラ。
美緒Ⅿ「なぜだろう? あやかしを滅する恐ろしい方のはずなのに。胸の奥が温かくなる…」
大広間から庭園に、シャンデリアの明かりと紳士淑女たちの楽しげな声が漏れている。
そこから少し離れた控えの間には、何人かの女中たちが待機している。
うなだれたまま粗末な椅子に腰かけた美緒。
美緒「……」
千華(前回の回想)「中塚さま、そろそろ新しいお妾がほしいのですって!」
嘲るような千華の顔を思い出し、ぎゅっと手を握る美緒。
その背後で雑談する他家の女中たち。
他家の女中1「今宵の宴、破妖隊の朝霧さまも警護に来てらっしゃるのでしょ?」
他家の女中2「ああん、ひと目でいいからお目にかかりたいわ!」
他家の女中3「でも立花家の礼司さまも素敵ってお話よ!」
聞くとはなしに聞いている美緒、唐突に着物の裾をツンと引っ張られる。
美緒Ⅿ「え? なに…?」
(実はケサランパサランが床にいて、美緒の着物の裾を咥え、引っ張ってきた)
○同時刻、大広間。
楽しそうに言葉を交わす紳士淑女たち、部屋の端には警備の破妖隊が配置されている。
期待いっぱいの顔で、周囲を見まわすドレス姿の千華。
そこにひとりの若い男がやって来る。
男「お嬢さん、おひとりですか?」
千華「邪魔」
閉じた洋扇子で男を叩き、スタスタと歩いていく千華。
やがて、庭へと続く両開きの扉の前に、腕を組んで立つ軍服姿の男を見つける。
千華Ⅿ「間違いないわ、あの方よ!」
千華、小走りで男に近づき、上目遣いで、
千華「あのう…破妖隊の隊長、朝霧蒼真さまでいらっしゃいますね?」
蒼真、不愉快そうな顔で、
蒼真「なんの用だ?」
千華「わたくし、立花礼司の妹で、千華と申します。朝霧さまのお噂は、副隊長の兄からかねがね…」
蒼真「悪いが今は勤務中だ。くだらんおしゃべりが目的なら、他の男をあたってくれ」
ぷいっと顔を背けて庭に出ていってしまう蒼真。
千華「…え?」
冷たくされると思わず、あっけにとられる千華。
○同時刻、控えの間
美緒の足元には、着物の裾を咥えて引っ張るサラ。
美緒Ⅿ「あ、あなた…!」
サラ「きゅん!」
ぴょん、と膝に飛び乗ってくるサラ。
美緒、他の女中たちから見えないように背を向けて、
美緒「(小声で)だ、だめよ、ここに来ちゃ!」
サラ「きゅん!」
膝から降り、シュッと毛を倒して棒状になり、ばったり倒れてみせるサラ。
美緒Ⅿ「私に何かを伝えようとしているの?」
サラ「きゅうん!」
サラはぽんぽん飛んでドアに近づく。
美緒「……」
不安げな顔で立ち上がる美緒。
他家の女中1「え?」
他家の女中2「ちょっと! 女中はここで待機…!」
美緒がドアを開けるとサラは抜け出し、勢いよく廊下を跳ねていく。
美緒「待って!」
慌てて追いかける美緒。
○数分後、洋館の庭
巨大な蜘蛛のあやかしが一匹。それと戦う数名の破妖隊の軍人たち。
蒼真「今宵の宴、客のほとんどは国の重鎮。予想はしていたが、やはり現れたな!」
牙を剥く蜘蛛に一太刀浴びせる蒼真。
一方で、蜘蛛の尻から飛んできた糸で武器を奪われた礼司、
礼司「ひぃっ⁉ か、刀が!」
真っ青になって取り巻き達と逃亡する。
蒼真「おい、退くなっ!」
蒼真の意識が逸れた瞬間、蜘蛛が脚を振り上げ首筋を狙ってきて―
蒼真「ぐっ⁉」
斬られる寸前、刀で受けとめる。
蒼真「いいだろう、おまえの相手は俺ひとりで十分だ」
蒼真、ニヤリと笑ってみせる。
× × ×
薄暗い庭を恐る恐る歩く美緒。ときおり宴の笑い声が聞こえてくる。
美緒Ⅿ「あの子、どこへ…」
サラ「きゅん! きゅんきゅん!」
闇の奥からサラの声が聞こえてくる。
美緒はぴたりと足を止め、
美緒Ⅿ「これは…血の臭い?」
一瞬不安な顔になるが、ぐっと胸の前でこぶしを握って歩き出し―
美緒Ⅿ「え?」
星明りの下、血まみれの蒼真が大木に背を預け、苦しげに座り込んでいた。
奥には仰向けになった巨大な蜘蛛の死骸が見える(シルエットのみ)。
美緒Ⅿ「軍人? 血まみれで恐ろしげな姿なのに、不思議と目を奪われる…」
蒼真「おい。そこにいるのは誰だ?」
美緒「っ!」
我に返り、思わず駆け寄り跪く美緒。
美緒「あ、あの、失礼します!」
蒼真「⁉」
美緒、ためらわず軍服の肋骨紐に手を伸ばす。
美緒「お怪我をされていますよね? このままじっとしていてください」
紐を外しにかかる美緒。
それに目を奪われる蒼真。
蒼真Ⅿ「なぜだ? なぜ血まみれの俺を恐れない?」
蒼真Ⅿ「それに、儚げでいて、意志の強さを感じる眼差し…」
蒼真「(ハッと我に返り)お、俺に近づくなっ!」
美緒「え?」
美緒を払いのけて立ち上がろうとした蒼真、バランスを崩して膝をつく。
蒼真「くっ!」
美緒「無理をしてはダメです!」
蒼真Ⅿ「っ⁉」
肩に手を置かれた蒼真、驚いたように美緒を見つめる。
蒼真Ⅿ「彼女に触れられた部分から、ケガの痛みが退いていく…?」
蒼真「おまえ…名は?」
美緒「…た、ただの女中です…」
と、茂みの向こうに蒼真を探す隊員たちのシルエットが。
隊員1「隊長ーっ!」
隊員2「朝霧隊長、どこっスか⁉」
蒼真「ここだ! 今行く!」
無言で美緒の手首を持って、自分の身体から離す蒼真。
じっと美緒の顔を見つめた後、何もなかったように去っていく。
それを無言で見送る美緒。
○翌日の昼間。立花家の居間(和室)
仁王立ちした千華の前で正座をし、美緒がうなだれている。
千華の両親(ひげを蓄えた中年男性の下に「立花家当主 立花 節玄」、気の強そうな中年女性の下に「妻 朱鷺江」と説明)も座卓の向こうで苦々しい顔。
千華「この死にぞこない! 控えの間から逃げ出したなんて!」
千華、座卓の上の一輪挿しをひったくり、花と水を勢いよく美緒にかける。
美緒「っ!」
頭からびしょ濡れになる美緒。
直後、美緒の背後の襖がスッと開き、女中1がおずおずと顔を出す。
女中1「あ、あのぅ…」
千華「なにっ⁉」
女中1「軍人の朝霧さまという方がお見えですが…」
一同、驚いて、
美緒Ⅿ「朝霧…?」
千華「そ、それってまさか!」
朱鷺江「破妖隊の隊長…よね?」
節玄「そんな男が我が家にいったい?」
女中1「それが、お嬢様をぜひ妻にと…」
千華、口元に手をあてうれしそうに、
千華「えぇえっ⁉」
朱鷺江「きっと昨日の宴で千華のことを見初めたのだわ!」
節玄「皇国の鬼神と呼ばれ、どんな美女にも靡かんと言われたあの男が…。さすがは我が娘だ!」
とたんにドタドタと廊下を荒々しく渡ってくる音が聞こえてくる。
女中2「ど、どうかお待ちください!」
直後、中途半端に開けられていた襖がパシン! という音と共に全開になり、蒼真が現れる。
ずぶぬれになった美緒を見つめた後、
朝霧「…なるほど。昨日、あの場で攫ってしまったほうがよかったか」
一方で千華は余裕たっぷり。
千華「攫う? うふふ、朝霧さまったら大胆ですわ!」
とたんに蒼真は冷ややかな目で、
蒼真「おまえは何を言っている?」
千華「え?」
蒼真「俺がほしいのはおまえではない。そこにいる彼女だ」
美緒Ⅿ「……⁉」
驚く美緒の前で蒼真は跪き、
蒼真「探したぞ、美緒」
と顎クイ。
× × ×
上座に節玄、朱鷺江、千華が正座している。三人そろって苦々しい顔。
下座には不安げに深く俯いた美緒と冷ややかな顔の蒼真が同じく正座している。
節玄「君が妻にしたいのは、そのみすぼらしい女中だと言うのか?」
朱鷺江「な、何かの間違いですわよね⁉」
千華「(唇を噛み締めて)…ギリッ」
蒼真「何度も言わせないでいただきたい。俺がほしいのは彼女だ」
蒼真、美緒に向き直り、
蒼真「昨夜の宴で名前を聞いても、おまえは女中と答えるばかり。おかげで招待客を端からあたる羽目になったぞ」
美緒「あ、あれは…名乗るほどのことではないと思ったのです」
蒼真「ふっ、俺の花嫁殿は本当に奥ゆかしいのだな」
千華「チッ」
千華、すっくと立ちあがる。
片手を口元にあてると嘲るように、
千華「ふん、花嫁ですって⁉ だったら残念でしたわね!」
千華「だってこの人、ある男爵のモノになるのがとーっくに決まっているんですもの!」
千華「ねぇ、美緒?」
千華に顔を寄せられて、正座したまま項垂れた美緒はピクリと肩を揺らす。
千華「ほら、朝霧さまに言いなさいよ! 『私には決まった人がいる、迷惑ですからお引き取りください』って!」
美緒「……」
蒼真、小さく震える美緒をじっと見、
蒼真「どうした? なぜ震えている?」
千華「うふふ、強引な朝霧さまが怖いのよねぇ?」
蒼真、千華の台詞を遮り、
蒼真「黙れ。俺は彼女に聞いている」
千華、蒼真の鋭い視線にビクッとなる。
おずおずと顔を上げる美緒。辛抱強く返事を待つ、蒼真の瞳。
美緒Ⅿ「心の中を見透かしてくるような、不思議な瞳…」
と、蒼真の軍服のポケットからサラが顔を出す。
サラ「きゅんっ!」
美緒Ⅿ「え…? どうしてこの子が?」
サラ「きゅん、きゅんきゅん!」
美緒Ⅿ「もしかして、励ましてくれているの?」
美緒、意を決し、胸の上で手を重ねあわせ、
美緒「…わ、私は…」
美緒「私は、男爵さまの元には、参りません…」
千華、わなわな震えながら美緒を指さし、
千華「はぁああっ? あんた、言ってる意味、わかってんの⁉ 身の程を弁えなさいよ!」
朱鷺江「ち、千華の言うとおりです! それに、中塚さまからはかなりのお金を…っ」
ハッとなって口元を押さえる朱鷺江。
蒼真「ほう?」
冷ややかな表情のまま、すべてを察した蒼真。
蒼真「なるほど。ではいくらだ?」
節玄「え?」
蒼真「彼女を金で売ったのだろう? だったらその倍出してやる」
蒼真「その代わり、今すぐここから連れだすがな」
節玄「な、なぜそこまでして…」
朱鷺江「そうですわ! 納得がいきません!」
蒼真「おまえたちに答える義理はない!」
キッと睨みつける蒼真、すくみ上がる三人。
一方の美緒は呆然となっている。
そんな彼女の頬にやさしく手を添える蒼真。
蒼真「いいか? 今からお前は俺の妻だ」
サラ、その手に乗ってきて、美緒の頬に体をすりすり。
サラ「きゅん!」
蒼真、ほんの少しほほ笑んで、
蒼真「サラもそうだと言っている」
美緒「……」
しかし、まだ呆然としたままの美緒。
蒼真「では行こうか、花嫁殿」
立ち上がった蒼真に手を引かれるが、緊張状態の美緒はくらっと倒れかかる。
それを抱き留め、お姫様抱っこをする蒼真。
美緒「あ…あのっ、私、自分で…」
蒼真「遠慮をするな。それにおまえ、軽すぎやしないか?」
美緒「え…?」
蒼真「大方、ろくに飯も食わせてもらえず、こき使われてきたのだろう?」
肩越しに背後の三人を余裕たっぷりに振り返る蒼真。
目を逸らす節玄と朱鷺江。キッと睨みつけてくる千華。
蒼真「それでは失礼させていただく」
蒼真に抱きあげられたままの美緒。彼女の肩にはサラ。
美緒Ⅿ「なぜだろう? あやかしを滅する恐ろしい方のはずなのに。胸の奥が温かくなる…」
