○今から6年前の春、立花家の屋敷の庭
至近距離で幼い美緒(12歳)の頬に手を添える立花礼司(17歳)。
礼司「愛しい美緒。君が嫁いでくる日が待ち遠しいよ」
美緒「礼司さま…」
頬を染める美緒。
礼司の後ろから彼の妹、千華(11歳)も顔を出す。
千華「美緒姉さま、どうか千華とも仲良くしてくださいまし!」
美緒、ほほ笑んで、
美緒「ええ、もちろんよ」
千華「やったぁ!」
それぞれ笑顔の三人に重ね、
美緒Ⅿ「お優しい礼司さま」
美緒Ⅿ「愛らしい千華ちゃん」
美緒Ⅿ「私はなんて幸せなのだろう」
桜の花がぶわっと舞い散り――
美緒Ⅿ「これは、六年前の私の記憶。幸福だった、遠い日の思い出――」
○表紙タイトル
背後から蒼真に抱きしめられる美緒
○現在、春。立花家の庭に面した長い廊下
苛立ちながら大股でやって来る千華。
千華「美緒、美緒はどこ⁉」
雑巾がけをしていた美緒、床に膝をついた姿勢で顔を上げ、
美緒「は、はい、こちらに」
千華、美緒の前で手を振り上げ、
千華「このコソ泥がっ!」
美緒「っ⁉」
千華にぶたれ、美緒は床に片手をつく。
千華「あんたの部屋の前に、なくなったブローチが落ちてたのよ!」
千華「ほんと、手癖の悪い使用人を持つと苦労するわ!」
美緒「そ、そんな! 何かの間違いです!」
騒ぎを聞きつけた女中仲間が物陰から見つめている。
女中1「おー、怖っ。また千華さまの美緒いびり?」
女中2「大方、しつけの悪い飼い猫がやったに決まってるわ」
女中3「しーっ、そんなの千華さまだってわかってるわよ!」
哀しげに胸元を押さえ、千華を見上げる美緒。
ギリッと奥歯を噛み締め、憎々しげに美緒を見下ろす千華。
千華「なによ、その目は! 死にぞこないのくせに生意気なのよ!」
さらに千華が手を振り上げた瞬間、背後に軍服姿の礼司が現れる。
礼司「なんだ、騒々しい」
パッと表情を変え、うれしそうな千華。
千華「あ、お兄さま! いつお帰りに?」
礼司「たった今だ。破妖隊は忙しいからな、用を終えたらすぐ戻る」
千華「ひょっとして、倉にある薬を取りに来たの?」
礼司「ああ、あれは不思議とケガに効くからな。ん?」
礼司、美緒に気が付き足を止める。
美緒、様々な思いを込めて礼司を見上げ、
美緒「礼司、さま…」
礼司「……」
礼司は腰をかがめると、美緒の衿元をいきなり掴み、
礼司「僕の名前を、気安く呼ぶな!」
美緒「きゃっ⁉」
突き飛ばされ、尻もちをつく美緒。
礼司「おまえのせいで、僕は人生を狂わされたのだからな!」
美緒「……っ!」
呆然となる美緒。
大股で歩いていってしまう礼司。
千華「待って、お兄さま!」
千華「あやかし退治のお話、くわしく聞かせてくださらない?」
どうにか起き上がった美緒、俯いて呆然となりながら、
美緒Ⅿ「お優しかった礼司さまも、慕ってくれた千華ちゃんも、今はもういない…」
○回想始め。美緒の思い出
手をつなぎ、楽しそうに笑う幼い美緒と礼司。
美緒M「六年前、私は礼司さまの許婚だった」
大きな店(のれんに「薬」の文字)の内部。客とやりとりする奉公人たち。
美緒M「私は大きな薬屋のひとり娘、礼司さまは仲の良い従兄」
にこにこ顔の仲人が、扇子で顔を煽ぎながら店に入ってくる。背後には結納の品(酒が入った角樽など)を持った人たち。
仲人「失礼しますよ」
近くの奉公人が気づき、店の奥に向かって、
奉公人1「旦那さま、結納の品が届きました!」
それを見ていた別の奉公人たち、
奉公人2「さすがは本家。豪華だなぁ!」
奉公人3「(小声で)いや、あっちは没落寸前。ほんとはこっちが肩代わりしたって噂だぞ?」
床の間の前に飾られた結納の品々。
美緒Ⅿ「親戚同士の婚姻はよくあること。礼司さまと私の家は、いつかひとつになるはずだった」
その結納の上に血しぶきがバッと散り―
美緒Ⅿ「なのに―すべてはあの晩に消えてしまった」
○六年前の真夜中、美緒の家
物音と悲鳴に気づき、寝間着姿で廊下に出てきた幼い美緒。
美緒Ⅿ「なに? 家の中が騒がしい…」
両親の部屋の前まで行くと、開いていた襖の陰に倒れたふたり分の足が見える。
美緒「お母さま、お父さまっ⁉」
駆けだそうとした瞬間、背後にぞわりと気配を感じ、美緒はとっさに振り返る。
美緒Ⅿ「お、鬼⁉」
鬼「おまえ…。志津さまの、血を引く者か?」
壁際に追い詰められた美緒、彼女に手を伸ばしてくる鬼。
美緒「いや、来ないで!」
直後、鬼の太い腕が斬り落とされる。
鬼「ぐ、ぐわぁあっ⁉」
美緒M「⁉」
血刀を下げ、美緒を庇うようにして立つ男の背中。
男「今までよく頑張った。後は俺に任せろ」
美緒Ⅿ「だ、誰…? 私、助かったの…?」
気が抜けて、そのまま意識を失う美緒。
○同じく6年前、立花家の屋敷
広い座敷の中央、布団の上に身を起こし、俯いたままの幼い美緒。
美緒Ⅿ「そうして私は、親も家業も失い、礼司さまの家に引き取られることになった」
美緒Ⅿ「礼司さまの許婚としてではなく、一介の女中として―」
憔悴している美緒に詰め寄る礼司と千華。
礼司「おい、どうしてくれるんだよ⁉ 僕はあの店の主人になるはずだったんだぞ!」
千華「あーあ。店が潰れて、お姉さまだけ生き残っても仕方ないのにねぇ?」
美緒Ⅿ「私が『死にぞこない』と呼ばれ、虐げられるようになったのは、それから間もなくのことだった…」
○回想終わり。立花家の廊下
ぺたんと座り込んだままの美緒。
美緒「そうじ…しないと」
気を取り直して立ち上がろうとすると、隣の座敷から興奮した猫の声が聞こえる。
トラ「シャーッ!」
美緒Ⅿ「なに?」
膝立ちで襖を開けると、立花家の飼い猫のトラが、蜜柑サイズの薄汚れた白い毛玉(あやかしのケサランパサラン。以後サラと表記)に牙を剥いている。
美緒Ⅿ「あれは…あやかし?」
トラ「フーッ! フーッ!」
サラ「きゅうぅん!」
黒い瞳をうるうるさせて、美緒の胸元に飛び込んでくるサラ。
美緒「きゃっ⁉」
驚きつつも受け止める美緒、なおも追いかけ牙を剥くトラ。
トラ「シャァアアッ!」
美緒「ダメ、この子は悪い子じゃないわ!」
美緒は毅然とトラを見つめる。
やがて逆立っていた毛が落ち着き、尻尾や耳も倒れると、トラは顔を背け、のろのろとその場を離れていった。
美緒「…ふぅ」
全身から力を抜く美緒。
サラ「きゅうん?」
美緒「怖かったでしょう? もう大丈夫よ」
手の中のサラを見つめ、ほほ笑む美緒。
○立花家の屋敷、粗末な女中部屋
美緒、文机の上に載せたサラの汚れを手拭いで拭いてあげている。
サラ「(うるうるしながら)きゅうんっ!」
美緒「はい、これできれいになったわ」
美緒Ⅿ「それにしてもこの子…。ケサランパサラン?」
サラ、犬のようにぷるるっと身体を震わせたり、座布団に飛び下りてぽんぽん跳ねたりしている。
美緒Ⅿ「見た目は白い毛玉で、おしろいが好物。箱に閉じ込めて飼うと、持ち主に幸運をもたらす不思議なあやかし…」
美緒Ⅿ「この国は人に害なすあやかしでいっぱいだけれど。こんな子もいるのね」
美緒「おいで」
サラに手を差し出す美緒。
美緒Ⅿ「誰かに囚われて、箱の中で一生を終えるなんて不憫だわ」
サラ「きゅうん?」
サラ、美緒に撫でられながら、小首を傾げて不思議そう。
美緒は立ち上がり、格子の付いた高窓の桟にサラを乗せてやる。
美緒「ほら、お行き」
サラ「…きゅん?」
名残惜しそうに振り返るサラ。
美緒「私は一緒に行けないの。だから代わりに…さぁ」
そこへ、廊下から声がかかる。
女中1「美緒っ、どこにいるんだい?」
ビクッと振り返る美緒。
美緒「は、はい!」
とたんに襖が空いて、女中1が顔を出す。
女中1「ここで何をしてるんだい! 千華さまがお呼びだよ!」
美緒「た、ただいま!」
慌てて返事をし、高窓を見るとサラはいない。
美緒Ⅿ「よかった……」
寂しそうに微笑む美緒。
○千華の部屋(洋間)
大きく開け放たれたフランス窓。椅子に腰かけ、澄まし顔で紅茶を楽しむ千華。丸テーブルのそばには伏し目がちにティーポットを持った女中2が立っている。
コンコン、とノックの音。
千華「入って」
と言いつつ、視線はティーカップのまま。
美緒「千華さま、お呼びでしょうか?」
千華「ええ。今度、お兄さまが大きな宴の警備をするの。そのときあんたも連れてくわ」
美緒「え…?」
意図が分からず黙る美緒。
千華、ティーカップを置くと意地悪な顔で美緒を見、
千華「なんで私がって顔ね? 勘違いしないで。あんたは私の女中として同行するのよ」
千華「宴のあいだは女中用の控えの間にいて。そうしたら中塚さまがやって来るから」
美緒「中塚さま?」
美緒Ⅿ「たしか、お歳は四十ほど。好色と噂の男爵だわ」
千華「中塚さまが大広間への戻りかたを聞いてくるから、あんたが案内してさしあげるの」
千華の台詞と重ねた、想像のシーン。洋館の廊下で中塚(中年太りした男でシルエットのみ)の前を静々と歩く美緒。
千華「そうして、途中の空き部屋に入ったら…後はわかるわね?」
ニヤッと口を開いたシルエット姿の中塚が、嫌がる美緒の手を掴み、空き部屋に引きずり込もうとしている。
美緒「えっ?」
驚いてハッと顔を上げる美緒。
千華はにやにや笑いながら、
千華「中塚さま、そろそろ新しいお妾がほしいのですって!」
美緒「そ、そんな! お許しください!」
悲痛な叫びをあげる美緒の前で、千華が立ち上がり、悪鬼の形相で叫ぶ。
千華「はぁっ⁉ お許しくださいぃいっ? あんたの人生なんて、これっぽっちの価値も残ってないのよ!」
千華「そもそもこのお話、お兄さまが持ってきたのよ? だって、元許婚にいつまでも家に居座られたら、縁談の妨げになるものねぇ?」
美緒「…っ!」
ショックを受ける美緒の背後に、冷ややかな表情の礼司の顔が浮かぶ。
千華「それと、この件はお父さまもお母さまも了承済みよ。よかったわね、死にぞこないでももらってくれる人がいて!」
楽しそうな千華。
対して呆然となる美緒で―。
至近距離で幼い美緒(12歳)の頬に手を添える立花礼司(17歳)。
礼司「愛しい美緒。君が嫁いでくる日が待ち遠しいよ」
美緒「礼司さま…」
頬を染める美緒。
礼司の後ろから彼の妹、千華(11歳)も顔を出す。
千華「美緒姉さま、どうか千華とも仲良くしてくださいまし!」
美緒、ほほ笑んで、
美緒「ええ、もちろんよ」
千華「やったぁ!」
それぞれ笑顔の三人に重ね、
美緒Ⅿ「お優しい礼司さま」
美緒Ⅿ「愛らしい千華ちゃん」
美緒Ⅿ「私はなんて幸せなのだろう」
桜の花がぶわっと舞い散り――
美緒Ⅿ「これは、六年前の私の記憶。幸福だった、遠い日の思い出――」
○表紙タイトル
背後から蒼真に抱きしめられる美緒
○現在、春。立花家の庭に面した長い廊下
苛立ちながら大股でやって来る千華。
千華「美緒、美緒はどこ⁉」
雑巾がけをしていた美緒、床に膝をついた姿勢で顔を上げ、
美緒「は、はい、こちらに」
千華、美緒の前で手を振り上げ、
千華「このコソ泥がっ!」
美緒「っ⁉」
千華にぶたれ、美緒は床に片手をつく。
千華「あんたの部屋の前に、なくなったブローチが落ちてたのよ!」
千華「ほんと、手癖の悪い使用人を持つと苦労するわ!」
美緒「そ、そんな! 何かの間違いです!」
騒ぎを聞きつけた女中仲間が物陰から見つめている。
女中1「おー、怖っ。また千華さまの美緒いびり?」
女中2「大方、しつけの悪い飼い猫がやったに決まってるわ」
女中3「しーっ、そんなの千華さまだってわかってるわよ!」
哀しげに胸元を押さえ、千華を見上げる美緒。
ギリッと奥歯を噛み締め、憎々しげに美緒を見下ろす千華。
千華「なによ、その目は! 死にぞこないのくせに生意気なのよ!」
さらに千華が手を振り上げた瞬間、背後に軍服姿の礼司が現れる。
礼司「なんだ、騒々しい」
パッと表情を変え、うれしそうな千華。
千華「あ、お兄さま! いつお帰りに?」
礼司「たった今だ。破妖隊は忙しいからな、用を終えたらすぐ戻る」
千華「ひょっとして、倉にある薬を取りに来たの?」
礼司「ああ、あれは不思議とケガに効くからな。ん?」
礼司、美緒に気が付き足を止める。
美緒、様々な思いを込めて礼司を見上げ、
美緒「礼司、さま…」
礼司「……」
礼司は腰をかがめると、美緒の衿元をいきなり掴み、
礼司「僕の名前を、気安く呼ぶな!」
美緒「きゃっ⁉」
突き飛ばされ、尻もちをつく美緒。
礼司「おまえのせいで、僕は人生を狂わされたのだからな!」
美緒「……っ!」
呆然となる美緒。
大股で歩いていってしまう礼司。
千華「待って、お兄さま!」
千華「あやかし退治のお話、くわしく聞かせてくださらない?」
どうにか起き上がった美緒、俯いて呆然となりながら、
美緒Ⅿ「お優しかった礼司さまも、慕ってくれた千華ちゃんも、今はもういない…」
○回想始め。美緒の思い出
手をつなぎ、楽しそうに笑う幼い美緒と礼司。
美緒M「六年前、私は礼司さまの許婚だった」
大きな店(のれんに「薬」の文字)の内部。客とやりとりする奉公人たち。
美緒M「私は大きな薬屋のひとり娘、礼司さまは仲の良い従兄」
にこにこ顔の仲人が、扇子で顔を煽ぎながら店に入ってくる。背後には結納の品(酒が入った角樽など)を持った人たち。
仲人「失礼しますよ」
近くの奉公人が気づき、店の奥に向かって、
奉公人1「旦那さま、結納の品が届きました!」
それを見ていた別の奉公人たち、
奉公人2「さすがは本家。豪華だなぁ!」
奉公人3「(小声で)いや、あっちは没落寸前。ほんとはこっちが肩代わりしたって噂だぞ?」
床の間の前に飾られた結納の品々。
美緒Ⅿ「親戚同士の婚姻はよくあること。礼司さまと私の家は、いつかひとつになるはずだった」
その結納の上に血しぶきがバッと散り―
美緒Ⅿ「なのに―すべてはあの晩に消えてしまった」
○六年前の真夜中、美緒の家
物音と悲鳴に気づき、寝間着姿で廊下に出てきた幼い美緒。
美緒Ⅿ「なに? 家の中が騒がしい…」
両親の部屋の前まで行くと、開いていた襖の陰に倒れたふたり分の足が見える。
美緒「お母さま、お父さまっ⁉」
駆けだそうとした瞬間、背後にぞわりと気配を感じ、美緒はとっさに振り返る。
美緒Ⅿ「お、鬼⁉」
鬼「おまえ…。志津さまの、血を引く者か?」
壁際に追い詰められた美緒、彼女に手を伸ばしてくる鬼。
美緒「いや、来ないで!」
直後、鬼の太い腕が斬り落とされる。
鬼「ぐ、ぐわぁあっ⁉」
美緒M「⁉」
血刀を下げ、美緒を庇うようにして立つ男の背中。
男「今までよく頑張った。後は俺に任せろ」
美緒Ⅿ「だ、誰…? 私、助かったの…?」
気が抜けて、そのまま意識を失う美緒。
○同じく6年前、立花家の屋敷
広い座敷の中央、布団の上に身を起こし、俯いたままの幼い美緒。
美緒Ⅿ「そうして私は、親も家業も失い、礼司さまの家に引き取られることになった」
美緒Ⅿ「礼司さまの許婚としてではなく、一介の女中として―」
憔悴している美緒に詰め寄る礼司と千華。
礼司「おい、どうしてくれるんだよ⁉ 僕はあの店の主人になるはずだったんだぞ!」
千華「あーあ。店が潰れて、お姉さまだけ生き残っても仕方ないのにねぇ?」
美緒Ⅿ「私が『死にぞこない』と呼ばれ、虐げられるようになったのは、それから間もなくのことだった…」
○回想終わり。立花家の廊下
ぺたんと座り込んだままの美緒。
美緒「そうじ…しないと」
気を取り直して立ち上がろうとすると、隣の座敷から興奮した猫の声が聞こえる。
トラ「シャーッ!」
美緒Ⅿ「なに?」
膝立ちで襖を開けると、立花家の飼い猫のトラが、蜜柑サイズの薄汚れた白い毛玉(あやかしのケサランパサラン。以後サラと表記)に牙を剥いている。
美緒Ⅿ「あれは…あやかし?」
トラ「フーッ! フーッ!」
サラ「きゅうぅん!」
黒い瞳をうるうるさせて、美緒の胸元に飛び込んでくるサラ。
美緒「きゃっ⁉」
驚きつつも受け止める美緒、なおも追いかけ牙を剥くトラ。
トラ「シャァアアッ!」
美緒「ダメ、この子は悪い子じゃないわ!」
美緒は毅然とトラを見つめる。
やがて逆立っていた毛が落ち着き、尻尾や耳も倒れると、トラは顔を背け、のろのろとその場を離れていった。
美緒「…ふぅ」
全身から力を抜く美緒。
サラ「きゅうん?」
美緒「怖かったでしょう? もう大丈夫よ」
手の中のサラを見つめ、ほほ笑む美緒。
○立花家の屋敷、粗末な女中部屋
美緒、文机の上に載せたサラの汚れを手拭いで拭いてあげている。
サラ「(うるうるしながら)きゅうんっ!」
美緒「はい、これできれいになったわ」
美緒Ⅿ「それにしてもこの子…。ケサランパサラン?」
サラ、犬のようにぷるるっと身体を震わせたり、座布団に飛び下りてぽんぽん跳ねたりしている。
美緒Ⅿ「見た目は白い毛玉で、おしろいが好物。箱に閉じ込めて飼うと、持ち主に幸運をもたらす不思議なあやかし…」
美緒Ⅿ「この国は人に害なすあやかしでいっぱいだけれど。こんな子もいるのね」
美緒「おいで」
サラに手を差し出す美緒。
美緒Ⅿ「誰かに囚われて、箱の中で一生を終えるなんて不憫だわ」
サラ「きゅうん?」
サラ、美緒に撫でられながら、小首を傾げて不思議そう。
美緒は立ち上がり、格子の付いた高窓の桟にサラを乗せてやる。
美緒「ほら、お行き」
サラ「…きゅん?」
名残惜しそうに振り返るサラ。
美緒「私は一緒に行けないの。だから代わりに…さぁ」
そこへ、廊下から声がかかる。
女中1「美緒っ、どこにいるんだい?」
ビクッと振り返る美緒。
美緒「は、はい!」
とたんに襖が空いて、女中1が顔を出す。
女中1「ここで何をしてるんだい! 千華さまがお呼びだよ!」
美緒「た、ただいま!」
慌てて返事をし、高窓を見るとサラはいない。
美緒Ⅿ「よかった……」
寂しそうに微笑む美緒。
○千華の部屋(洋間)
大きく開け放たれたフランス窓。椅子に腰かけ、澄まし顔で紅茶を楽しむ千華。丸テーブルのそばには伏し目がちにティーポットを持った女中2が立っている。
コンコン、とノックの音。
千華「入って」
と言いつつ、視線はティーカップのまま。
美緒「千華さま、お呼びでしょうか?」
千華「ええ。今度、お兄さまが大きな宴の警備をするの。そのときあんたも連れてくわ」
美緒「え…?」
意図が分からず黙る美緒。
千華、ティーカップを置くと意地悪な顔で美緒を見、
千華「なんで私がって顔ね? 勘違いしないで。あんたは私の女中として同行するのよ」
千華「宴のあいだは女中用の控えの間にいて。そうしたら中塚さまがやって来るから」
美緒「中塚さま?」
美緒Ⅿ「たしか、お歳は四十ほど。好色と噂の男爵だわ」
千華「中塚さまが大広間への戻りかたを聞いてくるから、あんたが案内してさしあげるの」
千華の台詞と重ねた、想像のシーン。洋館の廊下で中塚(中年太りした男でシルエットのみ)の前を静々と歩く美緒。
千華「そうして、途中の空き部屋に入ったら…後はわかるわね?」
ニヤッと口を開いたシルエット姿の中塚が、嫌がる美緒の手を掴み、空き部屋に引きずり込もうとしている。
美緒「えっ?」
驚いてハッと顔を上げる美緒。
千華はにやにや笑いながら、
千華「中塚さま、そろそろ新しいお妾がほしいのですって!」
美緒「そ、そんな! お許しください!」
悲痛な叫びをあげる美緒の前で、千華が立ち上がり、悪鬼の形相で叫ぶ。
千華「はぁっ⁉ お許しくださいぃいっ? あんたの人生なんて、これっぽっちの価値も残ってないのよ!」
千華「そもそもこのお話、お兄さまが持ってきたのよ? だって、元許婚にいつまでも家に居座られたら、縁談の妨げになるものねぇ?」
美緒「…っ!」
ショックを受ける美緒の背後に、冷ややかな表情の礼司の顔が浮かぶ。
千華「それと、この件はお父さまもお母さまも了承済みよ。よかったわね、死にぞこないでももらってくれる人がいて!」
楽しそうな千華。
対して呆然となる美緒で―。
