悪役ヒロインは今日も正義を嗤う

翌日も、昨日見かけた一年生の女子生徒は相変わらず一人だった。

昼休み。

凛が廊下を歩いていると、教室の中から笑い声が聞こえてくる。

何気なく視線を向けた先にいたのは、あの女子生徒だった。

自分の机に座っている。

だが、その様子がおかしかった。

何かを必死に探しているようだが、見当たらないらしい。

「あれー? 何探してるの?」

また、あの三人組の女子生徒が声をかける。

「…筆箱」

「筆箱?」

「知らないなぁ」

そう言いながら、顔を見合わせて笑う。

その様子を見れば、誰だって察するだろう。

だが、周囲のクラスメイトたちは何も言わない。

気付いていないわけではない。

見て見ぬふりをしているのだ。

関われば自分も標的になるかもしれない。

そんな不安があるのだろう。

凛はしばらくその光景を眺めていたが、結局何も言わずにその場を後にした。

 

放課後。

職員室の前を通りかかった時だった。

中から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「あの、本当に違うんです……」

一年生の女子生徒だった。

凛は足を止める。

「でもなぁ」

教師が困ったような声を出した。

「誰がやったのか分からない以上、先生たちも動けないんだよ」

「……」

「証拠がないんだ」

女子生徒は何も言えなくなる。

教師も決して冷たいわけではない。

むしろ優しく対応しているように聞こえる。

だが、その言葉で何かが解決するわけではなかった。

「もう少し様子を見よう」

教師は穏やかに言った。

「きっと誤解かもしれないしね」

凛は思わず顔をしかめる。

『様子を見る』

それは便利な言葉だ。

何もしなくていい。

責任を負わなくていい。

助ける側にとっては。

 

翌日。

凛は偶然、生徒会室の前を通りかかった。

すると中から話し声が聞こえてくる。

「相談内容は理解しました」

男子生徒の落ち着いた声だった。

生徒会役員だろう。

「ですが、現状では証拠がありません」

「でも……」

聞こえてきたのは、あの女子生徒の声だった。

「こちらとしても対応したい気持ちはあります」

役員は少し申し訳なさそうに続ける。

「ですが、今は様子を見るしかないと思います」

またその言葉だった。

凛は呆れたようにため息を吐く。

教師も。

生徒会も。

誰も間違ったことは言っていない。

ルールとしては正しい。

手順としても正しい。

だからこそ腹が立つ。

その時だった。

不意に、古い記憶が頭をよぎる。

 

 泣いている誰か。

 

 何かを必死に訴える声。

 

 困ったような顔をする大人たち。

 

 そして返ってくる言葉。

 

 ――もう少し様子を見よう。

 

 胸の奥がざわついた。

 嫌な記憶だった。

 思い出したくもない。

 凛は無意識に拳を握りしめる。

 

 けれど、その先を思い出すことはなかった。

 首を振り、記憶を振り払う。

 

 今は関係ない。

 

 そう自分に言い聞かせる。

 

 窓の外では、春の風が校庭の桜を揺らしていた。

 それでも凛の目には、その景色がどこか色褪せて見えた。

 

「またか」