悪役ヒロインは今日も正義を嗤う

その日の放課後だった。

凛は鞄を肩に掛け、いつものように教室を後にした。

特に部活に所属しているわけでもなく、寄り道をする予定もない。

さっさと帰るつもりだった。

昇降口へ向かう途中、ふと校舎裏の方から小さな泣き声が聞こえてきた。

凛は足を止める。

少しだけ迷ったあと、声のする方に歩き出した。

校舎裏には、一人の女子生徒がしゃがみ込んでいた。

制服のリボンの色から見て一年生だろう。

顔を伏せているため表情は見えないが、肩が小さく震えている。

「どうした」

凛が声をかける。

すると女子生徒はびくりと肩を震わせた。

恐る恐る顔を上げる。

 涙で濡れた瞳が凛を映した。

 だが次の瞬間、その表情が強張る。

「あ……」

 女子生徒は言葉を失った。

 相手が誰なのか、気付いたのだろう。

 校内で有名な問題児。

 黒瀬凛。

「何かあったの」

 凛は、できるだけ穏やかな声で聞く。

 しかし女子生徒は慌てたように首を横に振った。

「だ、大丈夫です」

 そう言いながらも、声は震えている。

 どう見ても大丈夫ではなかった。

「泣いてたじゃん」

「ち、違います」

 女子生徒は立ち上がると、凛から逃げるように後ずさった。

 そして小さく頭を下げる。

「失礼します!」

 それだけ言い残し、走り去ってしまった。

 凛はその背中を見送りながら、小さく息を吐く。

「……変なの」

 そう呟き、今度こそ帰ろうと歩き出した。

 その時だった。

「ほんっとウケるんだけど」

 少し離れた場所から笑い声が聞こえてきた。

 凛は反射的に足を止める。

 声の方へ視線を向けると、三人の女子生徒が歩いていた。

 どうやら先ほどの女子生徒と同じ一年生らしい。

「また泣いてた?」

「メンタル弱すぎでしょ」

「ちょっとからかっただけなのにね」

 三人は楽しそうに笑っている。

 その様子を見て、凛は何となく察した。

 先ほどの女子生徒が泣いていた理由を。

 

 翌日の昼休み。

 凛は昨日泣いていた女子生徒のことが気になり、一年生の教室がある一階の廊下下廊下を歩いている途中で、昨日のを見かけた。

 女子生徒は自分の机の前に立ち尽くしている。

 その足元にはノートや教科書が散乱していた。
 誰かに落とされたのだろう。

 周囲には同じクラスの生徒たちがいたが、誰も助けようとはしない。

 見て見ぬふりをしている。

 女子生徒は黙って床にしゃがみ込み、一冊ずつ拾い始めた。

 その姿を見ながら、凛は眉をひそめる。

 ちょうどその時。

「あらあら、どうしたの?」

 近くを通りかかった教師が声をかけた。

 女子生徒は何も答えない。

 代わりに昨日の三人組のうちの一人が笑顔で言った。

「手が滑っちゃったみたいです」

「そうなの?」

「そーでーす!」

聞かれた本人でもないのに、そのまま三人組の一人が答えた。

しかし、教師はそれ以上深く追及しなかった。

「気を付けなさいよ」

それだけ言い残して去っていく。

三人は教師の背中が見えなくなると、顔を見合わせて笑った。

反省している様子など欠片もない。

凛は少し離れた場所から、その様子を黙って見つめていた。