宙は思わず声を上げた。
「どうして自殺って分かったんですか? 証拠はあるんですか?」
「おい、三井」
詰め寄ろうとした宙を、久瀬はシャツを掴んで強引に引き下がらせた。
「すみません。まだ新人で、躾がなっていなくて」
躾って。また犬扱いか。
むっとして口を開きかけた宙を、久瀬は睨んで黙らせた。刑事は構わないと言うように、笑って片手を上げると、宙たちに背を向けた。
「証拠ならあるよ。こっち来な」
フロアの奥へ向かって歩き出した刑事の後をついていく。刑事は書類の広げられたデスクの前で足を止め、雑にスペースを空けると、ノートパソコンを取り出して操作を始めた。
「ほら、見ろ」
少しして、刑事がパソコンの前から離れて宙たちを手招きする。久瀬とパソコンの前に移動すると、何やら動画らしきものが再生されていた。
「これは……?」
「駅のホームの防犯カメラ映像だ。線路に飛び込む前の、滝山俊樹さんが映っていた」
刑事の言葉に小さく息をのむ。刑事は動画の端の方で歩く人影を指さした。
「ほら、ここ。ずっとホームの隅でうろうろしてるだろ。決心がつくまで、何度か飛び込もうとして止めてたんだ」
宙は食い入るように動画を見つめる。スーツを着た男性――滝山は、刑事の言う通り、何度もホームの点字ブロックを超えて線路へ飛び降りようとし、止めていた。
「……お酒に酔って意識が朦朧としてたとか、そういうことはないんですか?」
「確かに酒に酔って線路に落ちる人は多いが、彼の体内からアルコールは検知されなかった」
刑事は緩く首を横に振った。宙は画面を見つめたまま、両手を強く握り締める。
「線路に飛び込んだところまで映ってるが、最後まで見るか?」
「いえ、もう十分です。ありがとうございました」
久瀬が断り、促すように宙の背を押す。宙は最後まで見たいと訴えたが、久瀬が許さなかった。
後ろ髪引かれるような思いで、刑事と別れ、廊下に出る。
「なんで最後まで見せてくれなかったんですか」
「もう答えは出てただろ。それに、お前はまだ学生だ。見る必要はない」
「……やっぱり久瀬さん、俺のこと子どもだと思ってるでしょ」
言い返しながらも、強くは反論できなかった。滝山は自殺ではなく事故であってほしいと願っていたが、あの映像を見てしまった今では、もう事故だとは思えない。
「久瀬さんは、滝山さんが自殺だったのか事故だったのか分かれば、あの異失物が何なのか分かるって言ってましたよね」
「ああ」
「あの異失物は滝山さんのお母さんに嘘をついてたことになるから……『相手の欲しい言葉を言ってくれる』異失物とか?」
「半分不正解だな」
……どうせなら、半分正解って言ってくれたらいいのに。意地悪だ。
ジト目になった宙を無視して、久瀬は廊下の端に置かれた自販機の前のベンチに腰を下ろす。
「まず、電話の相手は『事故だった』とは言ってない。自殺だったのか、事故だったのか、という問いに対して『うん』と答えただけだ」
「……そうでしたっけ?」
「お前も滝山の母も、事故であってほしいと思っていた。だから、あのどちらとも取れる曖昧な答えを、無意識に自分の望む答えとして受け取ってしまったんだろう」
久瀬は淡々と言葉を続ける。
「その後に続いた『お母さんのせいじゃない』という言葉は、母親の望みに呼応した言葉のように聞こえた」
「それって、つまり……」
「単純に、相手の欲しい言葉を言っているというより――相手の言葉を学習して、望む言葉を与えようとしているんだろう」
そういえば、今朝久瀬が電話したときも、最初は久瀬が誰か分かっていない様子だったのに、名乗った後はまるで最初から知っていたかのように、自然に名前を呼んでいた。
「じゃあ、あの異失物に残った感情って――」
尋ねかけたところで、廊下にスマホの着信音が響く。
「はい、久瀬です」
久瀬がポケットからスマホを出し、耳に当てる。通話している久瀬のそばで、宙は考え込むように視線を落としていた。しかし、ふと電話に応える久瀬の声が硬くなったことに気づき、顔を上げる。
「はい。……はい、分かりました。すぐに向かいます」
「何かあったんですか?」
電話を切った久瀬に尋ねる。
「滝山さんの母親が来ていて、俺たちを呼んでいるらしい」
「え……!?」
「ひとまず、昨日の会議室に通したそうだ。行くぞ」
久瀬は立ち上がり、足早に廊下を歩き出す。宙も慌ててその後を追った。
「昨日の夕方、滝山俊樹さんの捜査が終わったことを電話でお伝えしたんです。ですが、納得がいかないから再捜査をしてほしいと訴えに来られて……」
会議室に入る前、昨日対応してくれた女性職員からことの経緯を説明してもらった。
「なんでも、滝山さん自身が自殺ではないと言ったとか……それを久瀬さんたちも聞いたと主張していらっしゃって」
「どうして自殺って分かったんですか? 証拠はあるんですか?」
「おい、三井」
詰め寄ろうとした宙を、久瀬はシャツを掴んで強引に引き下がらせた。
「すみません。まだ新人で、躾がなっていなくて」
躾って。また犬扱いか。
むっとして口を開きかけた宙を、久瀬は睨んで黙らせた。刑事は構わないと言うように、笑って片手を上げると、宙たちに背を向けた。
「証拠ならあるよ。こっち来な」
フロアの奥へ向かって歩き出した刑事の後をついていく。刑事は書類の広げられたデスクの前で足を止め、雑にスペースを空けると、ノートパソコンを取り出して操作を始めた。
「ほら、見ろ」
少しして、刑事がパソコンの前から離れて宙たちを手招きする。久瀬とパソコンの前に移動すると、何やら動画らしきものが再生されていた。
「これは……?」
「駅のホームの防犯カメラ映像だ。線路に飛び込む前の、滝山俊樹さんが映っていた」
刑事の言葉に小さく息をのむ。刑事は動画の端の方で歩く人影を指さした。
「ほら、ここ。ずっとホームの隅でうろうろしてるだろ。決心がつくまで、何度か飛び込もうとして止めてたんだ」
宙は食い入るように動画を見つめる。スーツを着た男性――滝山は、刑事の言う通り、何度もホームの点字ブロックを超えて線路へ飛び降りようとし、止めていた。
「……お酒に酔って意識が朦朧としてたとか、そういうことはないんですか?」
「確かに酒に酔って線路に落ちる人は多いが、彼の体内からアルコールは検知されなかった」
刑事は緩く首を横に振った。宙は画面を見つめたまま、両手を強く握り締める。
「線路に飛び込んだところまで映ってるが、最後まで見るか?」
「いえ、もう十分です。ありがとうございました」
久瀬が断り、促すように宙の背を押す。宙は最後まで見たいと訴えたが、久瀬が許さなかった。
後ろ髪引かれるような思いで、刑事と別れ、廊下に出る。
「なんで最後まで見せてくれなかったんですか」
「もう答えは出てただろ。それに、お前はまだ学生だ。見る必要はない」
「……やっぱり久瀬さん、俺のこと子どもだと思ってるでしょ」
言い返しながらも、強くは反論できなかった。滝山は自殺ではなく事故であってほしいと願っていたが、あの映像を見てしまった今では、もう事故だとは思えない。
「久瀬さんは、滝山さんが自殺だったのか事故だったのか分かれば、あの異失物が何なのか分かるって言ってましたよね」
「ああ」
「あの異失物は滝山さんのお母さんに嘘をついてたことになるから……『相手の欲しい言葉を言ってくれる』異失物とか?」
「半分不正解だな」
……どうせなら、半分正解って言ってくれたらいいのに。意地悪だ。
ジト目になった宙を無視して、久瀬は廊下の端に置かれた自販機の前のベンチに腰を下ろす。
「まず、電話の相手は『事故だった』とは言ってない。自殺だったのか、事故だったのか、という問いに対して『うん』と答えただけだ」
「……そうでしたっけ?」
「お前も滝山の母も、事故であってほしいと思っていた。だから、あのどちらとも取れる曖昧な答えを、無意識に自分の望む答えとして受け取ってしまったんだろう」
久瀬は淡々と言葉を続ける。
「その後に続いた『お母さんのせいじゃない』という言葉は、母親の望みに呼応した言葉のように聞こえた」
「それって、つまり……」
「単純に、相手の欲しい言葉を言っているというより――相手の言葉を学習して、望む言葉を与えようとしているんだろう」
そういえば、今朝久瀬が電話したときも、最初は久瀬が誰か分かっていない様子だったのに、名乗った後はまるで最初から知っていたかのように、自然に名前を呼んでいた。
「じゃあ、あの異失物に残った感情って――」
尋ねかけたところで、廊下にスマホの着信音が響く。
「はい、久瀬です」
久瀬がポケットからスマホを出し、耳に当てる。通話している久瀬のそばで、宙は考え込むように視線を落としていた。しかし、ふと電話に応える久瀬の声が硬くなったことに気づき、顔を上げる。
「はい。……はい、分かりました。すぐに向かいます」
「何かあったんですか?」
電話を切った久瀬に尋ねる。
「滝山さんの母親が来ていて、俺たちを呼んでいるらしい」
「え……!?」
「ひとまず、昨日の会議室に通したそうだ。行くぞ」
久瀬は立ち上がり、足早に廊下を歩き出す。宙も慌ててその後を追った。
「昨日の夕方、滝山俊樹さんの捜査が終わったことを電話でお伝えしたんです。ですが、納得がいかないから再捜査をしてほしいと訴えに来られて……」
会議室に入る前、昨日対応してくれた女性職員からことの経緯を説明してもらった。
「なんでも、滝山さん自身が自殺ではないと言ったとか……それを久瀬さんたちも聞いたと主張していらっしゃって」

