翌朝分駐所に出勤すると、オフィスに久瀬の姿がなかった。リュックは椅子の上に置いてあるので、来てはいるようだ。デスクの前できょろきょろと周囲を見回していると、秋田が声を掛けてくれる。
「久瀬さんなら会議室行くって言ってたよ」
「会議室……?」
「会議の予定は入ってないし、たぶん何か集中して作業したいことでもあったんだろ。様子見てきたらどうだ?」
浜松も書類から顔を上げ、宙に言う。宙は二人に礼を言って、三階へ向かった。
三階には会議室が二室ある。そのうちの小さい方、使用中のプレートに切り替えられた会議室のドアの窓を覗いてみると、久瀬の姿があった。スマホを弄っているようだ。
「久瀬さん、おはようございます。サボりですか?」
「サボりじゃない。ノックくらいしろ」
会議室に入ってきた宙に、久瀬は振り返りもせず答える。宙は首を傾げつつ、久瀬の隣の席に腰を下ろした。
「じゃあ何してたんですか? 刑事課のところへ、話を聞きにいくんじゃなかったんですか?」
「電話を掛けていた」
「電話って……もしかして、滝山さんのスマホにですか? 久瀬さんのスマホからでも繋がるんですか?」
宙は目を瞬かせ、久瀬の顔を覗き込む。
「異失物なのは滝山俊樹のスマホであって、母親のスマホじゃない。なら、俺のスマホから掛けても繋がる可能性はあるだろ」
「……確かに」
「だが、今のところ繋がらないな。昨日から試しているんだが」
久瀬の言葉に宙は「昨日から?」と顔をしかめた。
「電話掛けるなら、俺が帰る前に言ってくださいよ!」
「どうして」
「どうしてって……何かあったら危ないじゃないですか。バディは運命共同体で、一蓮托生なんですよ」
「いちいち真に受けるな。あんなの篠原さんが勝手に言ってるだけだ」
ため息をつきながら、久瀬は電話アプリをタップし、通話履歴を開く。
「俺を助けようとか思うな。お前は足を引っ張らなければいい」
「……もー、それ二回目ですよ! 分かりましたって!」
頬を膨らませ、わざと怒った顔を作る。久瀬は、「これで掛からなかったら、一旦、警察署へ向かう」と、最新の発信履歴をタップした。宙は椅子の背にもたれかけ――はっと身体を起こす。
久瀬のスマートフォンがコール音を鳴らしている。滝山のスマホと電話が繋がったのだ。
「録音しろ」
「えっ?」
「お前のスマホで。録画でもいい」
「はっ、はい!」
慌ててポケットからスマホを取り出し、カメラアプリを開いて録画を始める。久瀬はスマホを耳から離し、スピーカーに切り替えた。
『――もしもし』
数回コール音が鳴った後、スマホからノイズ音と共に声が聞こえた。
昨日聞いた、滝山の声とは違う。低く、落ち着いた穏やかな声。浜松くらいの歳の男性だろうか。
戸惑って隣を見ると、久瀬は目を見開き、言葉を失ったようにスマホを見つめていた。
「あの……?」
小声で呼び掛けると、久瀬は我に返ったように小さく肩を揺らす。一度、喉を鳴らし、ゆっくりと口を開く。
「……お前は、誰だ?」
『……こん、にちは』
静かに問いかけた久瀬に、スマホの声が答える。ズレた返答に首を傾げていると、久瀬はさらに質問を重ねた。
「俺が誰か分かるか?」
『……ああ』
「なら、名前を言ってみろ」
『……あり……がとう』
……なんだか、ずっと会話が噛み合っていない。
久瀬は少し考えるように沈黙し、口を開く。
「俺は久瀬隼人だ。……今日は天気が悪いな」
『ああ。……隼人』
ようやく噛み合った――と思った瞬間、ノイズ音が止み、通話が切れた。
「……さっきの声、滝山さんじゃなかったですよね?」
録画を止めて尋ねる。久瀬はスマホを手に取り、小さく頷いた。
「あの異失物のスマホは、恐らく……電話を掛けた人間が、話したいと願っている相手の声で応える」
「え……じゃあ、さっきの声って――」
尋ねかけて、止める。スマホを見つめる久瀬の横顔が、強張って見えた。込み上げてくるものを押し殺そうとするように、指先が白くなるほど強くスマホを握り締めている。
「……そろそろ行きましょっか」
宙は席を立った。顔を上げた久瀬に、にこりと笑ってみせる。
「警察署。滝山さんが本当に自殺か、話を聞きに行くんですよね」
「……そうだな」
久瀬はゆっくりと瞬きをして、頷く。その顔はどこか安堵しているようにも見えた。
宙は久瀬と二階のオフィスに戻り、浜松に行き先を告げると、車で昨日の警察署へ向かった。
受付で久瀬が用件を告げると、しばらくして刑事課のあるフロアへ案内される。電話の音やキーボードを叩く音、誰かが短く指示を飛ばす声。異管の分駐所とは違う、慌ただしい気配が満ちていた。
案内役の職員が近くの刑事に声をかけ、用件を伝える。ほどなくして、奥の席から四十代くらいの刑事がやってきた。
「滝山俊樹さん? ああ、駅の転落の件か」
刑事は手にした資料をめくりながら、あっさりと言う。
「あれはもう、自殺ってことで捜査は終わったよ」
「え!?」
「久瀬さんなら会議室行くって言ってたよ」
「会議室……?」
「会議の予定は入ってないし、たぶん何か集中して作業したいことでもあったんだろ。様子見てきたらどうだ?」
浜松も書類から顔を上げ、宙に言う。宙は二人に礼を言って、三階へ向かった。
三階には会議室が二室ある。そのうちの小さい方、使用中のプレートに切り替えられた会議室のドアの窓を覗いてみると、久瀬の姿があった。スマホを弄っているようだ。
「久瀬さん、おはようございます。サボりですか?」
「サボりじゃない。ノックくらいしろ」
会議室に入ってきた宙に、久瀬は振り返りもせず答える。宙は首を傾げつつ、久瀬の隣の席に腰を下ろした。
「じゃあ何してたんですか? 刑事課のところへ、話を聞きにいくんじゃなかったんですか?」
「電話を掛けていた」
「電話って……もしかして、滝山さんのスマホにですか? 久瀬さんのスマホからでも繋がるんですか?」
宙は目を瞬かせ、久瀬の顔を覗き込む。
「異失物なのは滝山俊樹のスマホであって、母親のスマホじゃない。なら、俺のスマホから掛けても繋がる可能性はあるだろ」
「……確かに」
「だが、今のところ繋がらないな。昨日から試しているんだが」
久瀬の言葉に宙は「昨日から?」と顔をしかめた。
「電話掛けるなら、俺が帰る前に言ってくださいよ!」
「どうして」
「どうしてって……何かあったら危ないじゃないですか。バディは運命共同体で、一蓮托生なんですよ」
「いちいち真に受けるな。あんなの篠原さんが勝手に言ってるだけだ」
ため息をつきながら、久瀬は電話アプリをタップし、通話履歴を開く。
「俺を助けようとか思うな。お前は足を引っ張らなければいい」
「……もー、それ二回目ですよ! 分かりましたって!」
頬を膨らませ、わざと怒った顔を作る。久瀬は、「これで掛からなかったら、一旦、警察署へ向かう」と、最新の発信履歴をタップした。宙は椅子の背にもたれかけ――はっと身体を起こす。
久瀬のスマートフォンがコール音を鳴らしている。滝山のスマホと電話が繋がったのだ。
「録音しろ」
「えっ?」
「お前のスマホで。録画でもいい」
「はっ、はい!」
慌ててポケットからスマホを取り出し、カメラアプリを開いて録画を始める。久瀬はスマホを耳から離し、スピーカーに切り替えた。
『――もしもし』
数回コール音が鳴った後、スマホからノイズ音と共に声が聞こえた。
昨日聞いた、滝山の声とは違う。低く、落ち着いた穏やかな声。浜松くらいの歳の男性だろうか。
戸惑って隣を見ると、久瀬は目を見開き、言葉を失ったようにスマホを見つめていた。
「あの……?」
小声で呼び掛けると、久瀬は我に返ったように小さく肩を揺らす。一度、喉を鳴らし、ゆっくりと口を開く。
「……お前は、誰だ?」
『……こん、にちは』
静かに問いかけた久瀬に、スマホの声が答える。ズレた返答に首を傾げていると、久瀬はさらに質問を重ねた。
「俺が誰か分かるか?」
『……ああ』
「なら、名前を言ってみろ」
『……あり……がとう』
……なんだか、ずっと会話が噛み合っていない。
久瀬は少し考えるように沈黙し、口を開く。
「俺は久瀬隼人だ。……今日は天気が悪いな」
『ああ。……隼人』
ようやく噛み合った――と思った瞬間、ノイズ音が止み、通話が切れた。
「……さっきの声、滝山さんじゃなかったですよね?」
録画を止めて尋ねる。久瀬はスマホを手に取り、小さく頷いた。
「あの異失物のスマホは、恐らく……電話を掛けた人間が、話したいと願っている相手の声で応える」
「え……じゃあ、さっきの声って――」
尋ねかけて、止める。スマホを見つめる久瀬の横顔が、強張って見えた。込み上げてくるものを押し殺そうとするように、指先が白くなるほど強くスマホを握り締めている。
「……そろそろ行きましょっか」
宙は席を立った。顔を上げた久瀬に、にこりと笑ってみせる。
「警察署。滝山さんが本当に自殺か、話を聞きに行くんですよね」
「……そうだな」
久瀬はゆっくりと瞬きをして、頷く。その顔はどこか安堵しているようにも見えた。
宙は久瀬と二階のオフィスに戻り、浜松に行き先を告げると、車で昨日の警察署へ向かった。
受付で久瀬が用件を告げると、しばらくして刑事課のあるフロアへ案内される。電話の音やキーボードを叩く音、誰かが短く指示を飛ばす声。異管の分駐所とは違う、慌ただしい気配が満ちていた。
案内役の職員が近くの刑事に声をかけ、用件を伝える。ほどなくして、奥の席から四十代くらいの刑事がやってきた。
「滝山俊樹さん? ああ、駅の転落の件か」
刑事は手にした資料をめくりながら、あっさりと言う。
「あれはもう、自殺ってことで捜査は終わったよ」
「え!?」

