異失物管理番号:⬛︎⬛︎-⬛︎⬛︎⬛︎

 滝山の母は縋るような目でこちらを見る。宙は困って久瀬の顔をうかがった。
「……残念ですが、亡くなった方と通話することはできません」
「でも……息子の声だったんです! 私があの子の声を聞き間違えるわけがありません!」
 淡々と答える久瀬に、滝山の母は目に涙を浮かべて訴える。
「四、五時間おきに、息子と電話が繋がるんです。今なら繋がるかも……聞いていてください」
 そう言ってスマホを手に取ると、電話を掛け始めた。久瀬は止めることなく、注意深く滝山の母の様子をうかがっている。
 何回かコール音が鳴って、電話が繋がった。
「――俊樹! 俊樹よね?」
 滝山の母がスマホに縋り付くように尋ねる。
『……うん』
 スマホから返ってきた声に、宙は思わず久瀬を見た。けれど、久瀬はじっと滝山の母を見つめたまま目を逸らさない。
「私のこと……誰だか分かる?」
 滝山の母はスマホを強く握り締め、緊張した様子で尋ねた。静まり返った部屋に、ノイズ音だけが響く。
 しばらくして、返事が返ってきた。
『……お、母さん』
「俊樹……」
 小さく息をのみ、滝山の母は片手で顔を覆った。
「ねぇ……俊樹。私に何か、伝えたいことがあるんじゃないの……?」
 スマホからはザザッとノイズ音が聞こえるだけで、声は返ってこない。滝山の母は焦れたように、口を開いた。
「俊樹……あれは、本当に自殺だったの? それとも、実は事故だったとか――」
『……う、ん』
 スマホから返ってきた声に、滝山の母は目を見開き、こちらに身を乗り出してきた。
「聞きましたか!? 俊樹は自殺なんてしてなかったんです! きっと、そのことを私に伝えるために、こうして電話に出てくれてるんです……!」
 久瀬は硬い表情のまま、僅かに目を細めた。
『……お母さんの、せいじゃない……』
 スマホから、また声がする。その直後、通話が切れてノイズ音が止んだ。
 滝山の母は胸にスマホを抱き、俯いて肩を震わせた。テーブルの上に、溢れた涙がパタパタと落ちる。
「やっぱり、そうよね……俊樹が自殺なんて。そんなこと、するわけない」
 何度も息子の名前を呼び、泣き続ける。宙と久瀬は滝山の母が落ち着くのを待ってから、車へ戻った。


「……あの電話、どう思います?」
 高速のインターチェンジに向けて走り出した車の中、宙はぽつりと呟くように尋ねた。
 辺りは影の中に沈んだように暗く、山際だけが夕日で赤く照らされている。
「本当に、あの世と繋がる異失物だったり――」
「あり得ないな」
 宙の言葉を遮るように、久瀬が言う。
「幽霊やあの世なんてものは、存在しない」
 久瀬の言葉に、宙は視線を落とした。スマホを抱きしめ、安堵したように泣いていた滝山の母の姿を思い出す。
「死んだ人間とは、二度と話すことはできない。……たとえ、どんなに願っても」
 宙は振り向いて久瀬を見た。何となく、彼らしくない言葉に感じた。
 久瀬は車のヘッドライトが照らす、薄暗い道を真っ直ぐに見つめている。その表情は、さっきまでと変わらない。宙は小さく息を吐き、助手席の窓ガラスに頭を預けた。
「……でも、息子さんが本当に自殺なのかどうかは、調べてみてもいいんじゃないですか?」
「どうしてだ?」
「それは……」
 さっき滝山の母の電話を聞いたから――と、正直に言えば、きっと却下されるだろう。宙は必死で頭を働かせた。
「その……滝山さんの遺留品の中に、沖縄旅行のチラシがありましたよね? 旅行に行こうとしてた人が、自殺なんてすると思います?」
「あのチラシは少し色が褪せていた。ずいぶん前に鞄に入れて、忘れていたんじゃないか?」
「で、でも、その割には破れたりしてなくて、綺麗でしたよ! いつか行くつもりで、大事に取っていたのかもしれないじゃないですか!」
「『いつか行くつもり』程度では、自殺の可能性を消す根拠にはならないな」
 宙はぐっと言葉を詰まらせた。
「で、でも――」
「もういい。……明日、刑事課に話を聞きにいく」
 食い下がろうとした宙を遮って、久瀬が言う。宙は弾かれたように身体を起こした。
「えっ!? いいんですか?」
「もともとそのつもりだった」
「……それなら、最初からそう言ってくださいよ」
 じっとりと久瀬を睨む。
「お前の『言い訳』に興味があった」
 久瀬は悪びれた様子もなく答える。宙が後付けの理由を並べていることは、最初からバレていたようだ。
「滝山俊樹が自殺だったのか、事故だったのか……。そこをはっきりさせれば、あの異失物に残った感情が何なのか、見えてくるはずだ」
 久瀬は相変わらず、暗い夜道を見つめたまま話す。まるで、宙には見えないものが見えているみたいだった。
「もしかして……久瀬さんは、もう予想がついてるんですか? あの異失物に残った感情の正体」
「……どうだろうな」
 静かに言って、久瀬はハンドルを回す。教えてくれる気はなさそうだ。
 宙は諦めてシートに身体を預け、スマホを取り出した。分駐所に着く頃には、恐らく退勤時間になっている。帰りの電車を調べていると、遅延情報が表示されていた。朝の人身事故の影響がまだ残っているらしい。
「…………」
 人身事故に遭った人が生きているのか死んでいるのか、事故だったのか自殺だったのか、宙には分からない。ただ――今朝はただの『情報』だったその四文字が、今は少し違って見えた。
 今朝、人身事故に遭った人にも、家族や友人がいたのかもしれない。……その人たちは、今どうしているのだろう。
 窓の外へ目を向けると、車はトンネルに入っていくところだった。宙はスマホを握りしめ、流れていくオレンジ色の灯りだけを目で追っていた。