「うわっ!?」
「触るなよ」
久瀬は宙を手で制し、スマホへ目を向けた。画面は暗いままだ。着信音はすぐに止まり、会議室に微かなノイズ音が響く。その音の合間に、声が聞こえた。
『……うん……ありが、とう……』
若い男性の声だ。……亡くなった、滝山の声だろうか。
宙はごくりと生唾をのんだ。握りしめた手のひらに冷や汗が滲む。その横で久瀬は手袋を着け、スマホに手を伸ばした。
「く、久瀬さん!? 何して――」
スマホを手に取ったかと思うと、久瀬はおもむろに耳の近くへ遣った。久瀬は『黙れ』と言うように、口の前で人差し指を立て、宙を睨んだ。
『あなたの……せいじゃない』
スマホから、また声がする。口から悲鳴が漏れそうになるのを必死で堪えた。
久瀬は少しして、耳からスマホを離した。
「お前も聞いてみろ」
「え? もう聞こえてますけど……」
困惑しながらも、触れない程度に耳元へ近づけられたスマホへ、意識を集中させる。
『ねぇ、どうしてなの、俊樹……っ』
ノイズ音に紛れるほど、微かな声がスマホから聞こえた。今まで聞こえていたのとは違う――泣いている、女性の声だ。
『お母さんがそばにいてあげてたら……』
ハッと息をのみ、久瀬を見る。久瀬は小さく頷き、スマホを宙から離した。
『ち……がう、よ』
若い男性の声が答える。その直後、ブツッと何かが切れたような音がして、ノイズ音が止んだ。少し待ってみたが、もう声は聞こえない。
「とりあえず……このスマホ、異失物で確定ってことですよね?」
「そうだな」
久瀬がスマホを袋に戻しながら答える。
「さっきの声、自分のこと『お母さん』って言ってましたよね。じゃあ、滝山さんのお母さんが、この異失物のスマホに電話を掛けてきてたってこと……?」
「その可能性はある。……まずは、滝山俊樹の母親に話を聞こう」
久瀬の言葉に頷き、キャップを被って席を立つ。異失物のスマホを返却し、滝山の母の住所と連絡先を聞くと、さっそく車で向かった。
「あー……肩凝ったぁ!」
車から降りるなり、宙は思い切り伸びをした。
周囲はのどかな田園地帯。風が吹くたびに青々とした稲が揺れ、さらさらと涼やかな音を立てている。
都内から車で約四時間。宙たちは滝山の実家のある新潟に来ていた。
「お前は寝てただけだろ……」
運転席から降りた久瀬は、軽く肩を回しながらこちらを睨む。
「だから運転変わるって言ったじゃないですか」
「俺はまだ死ぬ気はない」
「失礼ですね。これでもゴールド免許ですよ」
「どうせペーパードライバーだろ」
ふん、と鼻を鳴らし、久瀬は車のドアを閉めた。図星だ。宙は笑って誤魔化しつつ、久瀬と玄関へ向かった。
滝山の実家は、この周辺では比較的新しい、モダンな外観の家だ。父親は単身赴任中で、この家は農業を営んでいる母親の実家のそばに建てられたらしい。
事前に久瀬から連絡はしてあり、警察だと名乗るとすぐに中へ通してもらえた。
「すみません……お茶を切らしていて」
生気の抜けたような暗い声で言って、滝山の母はダイニングテーブルに水の入ったコップを置いた。
「いえ、お構いなく」
「いただきます」
宙は小さく会釈して、コップを口へ運ぶ。ぬるい水を飲みながら、目の前に座った滝山の母をうかがった。
髪はボサボサ、目の下には濃いクマがあり、やつれた表情をしている。滝山俊樹は一人っ子だったと聞いた。都会で就職した一人息子が突然亡くなった――しかも、自殺の可能性が高いとなると、平静ではいられないだろう。
気まずさについ視線を落とした宙の横で、久瀬は真っ直ぐに滝山の母を見つめる。
「お電話でも少し話しましたが、息子さんのことで、いくつかお伺いさせてください」
「……はい」
「まず、息子さんが亡くなられた後、息子さんのスマートフォンに電話を掛けたことはありますか?」
久瀬の問いに、テーブルの上で組まれた滝山の母の指がピクリと動いた。視線を落としたまま、どこか焦点が合っていないように感じていた彼女の目が、ゆっくりとこちらを向く。
「……あります」
「それはいつですか?」
「今日は……四時間くらい前に掛けました」
ちょうど、スマホに着信があった頃だ。宙は思わず身を乗り出して尋ねる。
「もしかして、そのとき息子さんの声を聞きましたか?」
「――やっぱり、あれは息子なんですね!?」
滝山の母は勢いよく立ち上がり、震える両手を握りしめる。
「わ……私、ユアチューブで見たんです。強い想いの宿った物が人の手を離れると、不思議な力を持つ物になることがあるって……」
その言葉に、久瀬は眉間に皺を寄せた。
「……その動画、見せていただいてもいいですか?」
久瀬が言うと、滝山の母は頷いてポケットからスマホを取り出した。こちらに見えるようにテーブルに置き、動画の再生ボタンを押す。
『今回紹介するのは、〈誰も描いてないのに絵が増えていく自由帳〉でーす』
怪しげな音楽をバックに、若い男性の声が話し始める。何となく、その声に聞き覚えがあるような気がした。顔は出しておらず、手元だけ映すスタイルのようだ。
動画の中で青年は、その自由帳に絵が増えていく様子を楽しそうに実況している。
「久瀬さん、これ異失物じゃないですか?」
小声で尋ねると、久瀬は小さく首を横に振った。
「編集でそう見せているだけかもしれない。……動画だけでは断言はできない」
動画は三十近く投稿されていて、毎回紹介している物は違う。もしもこれが全て異失物なのだとしたら――彼はこれだけの数の異失物を、どうやって集めたのだろう。
「……あの声は、確かに息子の声でした」
椅子に座り直した滝山の母が、胸の前でぎゅっと両手を握り締める。
「息子のスマホはあの世に繋がっていて……私に何か、伝えようとしてるんじゃないでしょうか?」
「触るなよ」
久瀬は宙を手で制し、スマホへ目を向けた。画面は暗いままだ。着信音はすぐに止まり、会議室に微かなノイズ音が響く。その音の合間に、声が聞こえた。
『……うん……ありが、とう……』
若い男性の声だ。……亡くなった、滝山の声だろうか。
宙はごくりと生唾をのんだ。握りしめた手のひらに冷や汗が滲む。その横で久瀬は手袋を着け、スマホに手を伸ばした。
「く、久瀬さん!? 何して――」
スマホを手に取ったかと思うと、久瀬はおもむろに耳の近くへ遣った。久瀬は『黙れ』と言うように、口の前で人差し指を立て、宙を睨んだ。
『あなたの……せいじゃない』
スマホから、また声がする。口から悲鳴が漏れそうになるのを必死で堪えた。
久瀬は少しして、耳からスマホを離した。
「お前も聞いてみろ」
「え? もう聞こえてますけど……」
困惑しながらも、触れない程度に耳元へ近づけられたスマホへ、意識を集中させる。
『ねぇ、どうしてなの、俊樹……っ』
ノイズ音に紛れるほど、微かな声がスマホから聞こえた。今まで聞こえていたのとは違う――泣いている、女性の声だ。
『お母さんがそばにいてあげてたら……』
ハッと息をのみ、久瀬を見る。久瀬は小さく頷き、スマホを宙から離した。
『ち……がう、よ』
若い男性の声が答える。その直後、ブツッと何かが切れたような音がして、ノイズ音が止んだ。少し待ってみたが、もう声は聞こえない。
「とりあえず……このスマホ、異失物で確定ってことですよね?」
「そうだな」
久瀬がスマホを袋に戻しながら答える。
「さっきの声、自分のこと『お母さん』って言ってましたよね。じゃあ、滝山さんのお母さんが、この異失物のスマホに電話を掛けてきてたってこと……?」
「その可能性はある。……まずは、滝山俊樹の母親に話を聞こう」
久瀬の言葉に頷き、キャップを被って席を立つ。異失物のスマホを返却し、滝山の母の住所と連絡先を聞くと、さっそく車で向かった。
「あー……肩凝ったぁ!」
車から降りるなり、宙は思い切り伸びをした。
周囲はのどかな田園地帯。風が吹くたびに青々とした稲が揺れ、さらさらと涼やかな音を立てている。
都内から車で約四時間。宙たちは滝山の実家のある新潟に来ていた。
「お前は寝てただけだろ……」
運転席から降りた久瀬は、軽く肩を回しながらこちらを睨む。
「だから運転変わるって言ったじゃないですか」
「俺はまだ死ぬ気はない」
「失礼ですね。これでもゴールド免許ですよ」
「どうせペーパードライバーだろ」
ふん、と鼻を鳴らし、久瀬は車のドアを閉めた。図星だ。宙は笑って誤魔化しつつ、久瀬と玄関へ向かった。
滝山の実家は、この周辺では比較的新しい、モダンな外観の家だ。父親は単身赴任中で、この家は農業を営んでいる母親の実家のそばに建てられたらしい。
事前に久瀬から連絡はしてあり、警察だと名乗るとすぐに中へ通してもらえた。
「すみません……お茶を切らしていて」
生気の抜けたような暗い声で言って、滝山の母はダイニングテーブルに水の入ったコップを置いた。
「いえ、お構いなく」
「いただきます」
宙は小さく会釈して、コップを口へ運ぶ。ぬるい水を飲みながら、目の前に座った滝山の母をうかがった。
髪はボサボサ、目の下には濃いクマがあり、やつれた表情をしている。滝山俊樹は一人っ子だったと聞いた。都会で就職した一人息子が突然亡くなった――しかも、自殺の可能性が高いとなると、平静ではいられないだろう。
気まずさについ視線を落とした宙の横で、久瀬は真っ直ぐに滝山の母を見つめる。
「お電話でも少し話しましたが、息子さんのことで、いくつかお伺いさせてください」
「……はい」
「まず、息子さんが亡くなられた後、息子さんのスマートフォンに電話を掛けたことはありますか?」
久瀬の問いに、テーブルの上で組まれた滝山の母の指がピクリと動いた。視線を落としたまま、どこか焦点が合っていないように感じていた彼女の目が、ゆっくりとこちらを向く。
「……あります」
「それはいつですか?」
「今日は……四時間くらい前に掛けました」
ちょうど、スマホに着信があった頃だ。宙は思わず身を乗り出して尋ねる。
「もしかして、そのとき息子さんの声を聞きましたか?」
「――やっぱり、あれは息子なんですね!?」
滝山の母は勢いよく立ち上がり、震える両手を握りしめる。
「わ……私、ユアチューブで見たんです。強い想いの宿った物が人の手を離れると、不思議な力を持つ物になることがあるって……」
その言葉に、久瀬は眉間に皺を寄せた。
「……その動画、見せていただいてもいいですか?」
久瀬が言うと、滝山の母は頷いてポケットからスマホを取り出した。こちらに見えるようにテーブルに置き、動画の再生ボタンを押す。
『今回紹介するのは、〈誰も描いてないのに絵が増えていく自由帳〉でーす』
怪しげな音楽をバックに、若い男性の声が話し始める。何となく、その声に聞き覚えがあるような気がした。顔は出しておらず、手元だけ映すスタイルのようだ。
動画の中で青年は、その自由帳に絵が増えていく様子を楽しそうに実況している。
「久瀬さん、これ異失物じゃないですか?」
小声で尋ねると、久瀬は小さく首を横に振った。
「編集でそう見せているだけかもしれない。……動画だけでは断言はできない」
動画は三十近く投稿されていて、毎回紹介している物は違う。もしもこれが全て異失物なのだとしたら――彼はこれだけの数の異失物を、どうやって集めたのだろう。
「……あの声は、確かに息子の声でした」
椅子に座り直した滝山の母が、胸の前でぎゅっと両手を握り締める。
「息子のスマホはあの世に繋がっていて……私に何か、伝えようとしてるんじゃないでしょうか?」

