「……ここ数日の発着信履歴はないな」
通話アプリや通話機能のあるチャットアプリを確認し終えた久瀬が、充電器を抜いた。
「じゃあやっぱり、このスマホは異失物ってことですか?」
「あの証言が本当なら、そうなるな」
久瀬は答えて、スマホの電源ボタンに指を添える。
「まずは、電源を切った状態で本当に声や着信音がするか確かめる」
「えー、じゃあ、しばらく待機ってこと? ゲームしててもいいですか?」
「駄目だ」
スマホを袋の上に置くと、久瀬は今度はタブレットを手に取った。
「待機中は座学だ。これから、お前が異管で働くうえで必要なことを教える」
久瀬は異失物の管理方法から各種申請書や報告書の書き方、分駐所のフロア説明に至るまでを、まるで機械のように澱みなく淡々と説明していく。宙は「先生、分かりません!」と時折質問を投げつつ、メモを取りながら久瀬の話を聞いた。
「――ここまでで、何か質問はあるか?」
一時間ほどして、久瀬に尋ねられる。宙は真剣な顔でメモを眺めていたが、ふとハッとしたように手を挙げた。
「はい!」
「何だ」
「お腹空きません? お昼ご飯どうします?」
「…………」
久瀬はじっとりと宙を睨んだ。それからタブレットの時刻表示を見て、仕方なさそうに椅子の背にもたれる。
「近くにスーパーがあっただろ。何か買ってこい」
「はーい。久瀬さんのも何か買ってきましょうか?」
うきうきと立ち上がり、キャップを被りながら尋ねる。
「安くて、量が多い弁当」
「……それだけ? 肉食べたいとか魚食べたいとか、何かないんですか?」
「食えればいい」
そういえば、以前、久瀬にもらった焼きそばパンにも、割引シールがついていた。
……警察官って給料低いのか?
公務員だし、どちらかというと、安定していて給料も悪くないイメージだったが。倹約家なのだろうか。それとも、まさか借金でもあるのか?
「久瀬さんって、ギャンブルとか――」
「してない。変に勘繰るな」
久瀬は「さっさと買ってこい」と手を振って宙を追い払う仕草をする。宙は仕方なく追及を諦め、スーパーへ向かった。
お昼時を過ぎていたお陰で、惣菜コーナーには値引き品がたくさん並んでいた。自分用にオムライス、鳥もも肉の唐揚げ、おかかのおにぎり、ペットボトルのお茶を買い、久瀬には二割引きのシールが付いたのり弁を買った。
「これでどうですか?」
会議室に戻った宙は、自信満々にのり弁を差し出した。久瀬は弁当を受け取り、「七十点」と返す。
「採点されるんですか!? てか、減点理由は何です?」
「五百円を超えてる」
「今どき五百円以下で、量もたっぷりな弁当なんて存在しませんよ!」
不当な評価に抗議するが、久瀬に改める気はなさそうだった。リュックから水筒を取り出し、さっさと食べ始める。
宙は横目に久瀬を睨みつつ、席についた。スーパーに電子レンジが置いてあったため、のり弁とオムライス、唐揚げは温めてある。オムライスの蓋を外すと、ふわりと湯気が立ち、酸味のあるケチャップのいい香りが広がった。世間では、オムライスはデミグラスソース派が主流のようだが、宙は断然ケチャップ派だ。
「いただきまーす」
玉子の上のケチャップをスプーンで広げて、一口分を掬う。満足げに頬張り――突然、「ゔっ」と口を押さえた。
「どうした?」
久瀬が箸を止め、眉を顰めてこちらを見る。宙はごくりと喉を鳴らして飲み込んだ後、顔を歪めた。
「うぇ〜、豆入ってた……。俺、苦手なんですよ」
「…………」
「久瀬さんにあげまーす」
オムライスの中からグリーンピースをほじくり出して、ぽいぽいっと勝手に久瀬ののり弁に捨てていく。久瀬は「おい」と顔をしかめたものの、結局、仕方なさそうに全て食べてくれた。
「スマホ、何も起きないですね」
昼食を終え、お茶を飲んで一息つきながら、宙はぽつりと呟いた。昼食中も、スマホは机の上に置き、何らか反応があれば分かるようにしていた。だが結局、スマホは沈黙したままだ。
「一個、聞いていいですか?」
「……何だ」
「久瀬さんは自己紹介してくれないんですか?」
浜松と秋田はしてくれたが、そういえば、久瀬からはまだだ。期待して笑顔で待機していると、久瀬はタブレットを操作しながら「しない」と答えた。
「えー! 何でですか!」
「特に必要性を感じない。話すこともない」
素っ気なく答え、久瀬は仕事の資料らしきものを読み始める。手持ち無沙汰な宙は、「ふーん」と頬杖をついた。
「じゃあ、俺から質問しよっかなー。久瀬さん、出身は?」
「……東京」
資料に視線を落としたまま、久瀬が答える。一応、聞けば教えてくれるらしい。
「うわー、っぽいですね。でも、東京に実家あるなら、寮じゃなくて実家に住めばいいのに」
「高三で引っ越したから、今は実家は神奈川だ」
「受験生で引越し? 大変でしたね〜。歳は?」
「今年で二十七だ」
「え、マジですか? 若く見えますね。一緒に大学歩いてても、同級生って言って通じそう」
お世辞ではなく、本気で言ったのだが、久瀬はにこりともしなかった。まあ、この見た目だし、容姿のことは褒められ慣れているのだろう。
彫刻のように整った横顔を眺めながら、ぼんやりと考えていた――そのときだった。
机の上のスマートフォンが、電話の着信音を響かせる。
通話アプリや通話機能のあるチャットアプリを確認し終えた久瀬が、充電器を抜いた。
「じゃあやっぱり、このスマホは異失物ってことですか?」
「あの証言が本当なら、そうなるな」
久瀬は答えて、スマホの電源ボタンに指を添える。
「まずは、電源を切った状態で本当に声や着信音がするか確かめる」
「えー、じゃあ、しばらく待機ってこと? ゲームしててもいいですか?」
「駄目だ」
スマホを袋の上に置くと、久瀬は今度はタブレットを手に取った。
「待機中は座学だ。これから、お前が異管で働くうえで必要なことを教える」
久瀬は異失物の管理方法から各種申請書や報告書の書き方、分駐所のフロア説明に至るまでを、まるで機械のように澱みなく淡々と説明していく。宙は「先生、分かりません!」と時折質問を投げつつ、メモを取りながら久瀬の話を聞いた。
「――ここまでで、何か質問はあるか?」
一時間ほどして、久瀬に尋ねられる。宙は真剣な顔でメモを眺めていたが、ふとハッとしたように手を挙げた。
「はい!」
「何だ」
「お腹空きません? お昼ご飯どうします?」
「…………」
久瀬はじっとりと宙を睨んだ。それからタブレットの時刻表示を見て、仕方なさそうに椅子の背にもたれる。
「近くにスーパーがあっただろ。何か買ってこい」
「はーい。久瀬さんのも何か買ってきましょうか?」
うきうきと立ち上がり、キャップを被りながら尋ねる。
「安くて、量が多い弁当」
「……それだけ? 肉食べたいとか魚食べたいとか、何かないんですか?」
「食えればいい」
そういえば、以前、久瀬にもらった焼きそばパンにも、割引シールがついていた。
……警察官って給料低いのか?
公務員だし、どちらかというと、安定していて給料も悪くないイメージだったが。倹約家なのだろうか。それとも、まさか借金でもあるのか?
「久瀬さんって、ギャンブルとか――」
「してない。変に勘繰るな」
久瀬は「さっさと買ってこい」と手を振って宙を追い払う仕草をする。宙は仕方なく追及を諦め、スーパーへ向かった。
お昼時を過ぎていたお陰で、惣菜コーナーには値引き品がたくさん並んでいた。自分用にオムライス、鳥もも肉の唐揚げ、おかかのおにぎり、ペットボトルのお茶を買い、久瀬には二割引きのシールが付いたのり弁を買った。
「これでどうですか?」
会議室に戻った宙は、自信満々にのり弁を差し出した。久瀬は弁当を受け取り、「七十点」と返す。
「採点されるんですか!? てか、減点理由は何です?」
「五百円を超えてる」
「今どき五百円以下で、量もたっぷりな弁当なんて存在しませんよ!」
不当な評価に抗議するが、久瀬に改める気はなさそうだった。リュックから水筒を取り出し、さっさと食べ始める。
宙は横目に久瀬を睨みつつ、席についた。スーパーに電子レンジが置いてあったため、のり弁とオムライス、唐揚げは温めてある。オムライスの蓋を外すと、ふわりと湯気が立ち、酸味のあるケチャップのいい香りが広がった。世間では、オムライスはデミグラスソース派が主流のようだが、宙は断然ケチャップ派だ。
「いただきまーす」
玉子の上のケチャップをスプーンで広げて、一口分を掬う。満足げに頬張り――突然、「ゔっ」と口を押さえた。
「どうした?」
久瀬が箸を止め、眉を顰めてこちらを見る。宙はごくりと喉を鳴らして飲み込んだ後、顔を歪めた。
「うぇ〜、豆入ってた……。俺、苦手なんですよ」
「…………」
「久瀬さんにあげまーす」
オムライスの中からグリーンピースをほじくり出して、ぽいぽいっと勝手に久瀬ののり弁に捨てていく。久瀬は「おい」と顔をしかめたものの、結局、仕方なさそうに全て食べてくれた。
「スマホ、何も起きないですね」
昼食を終え、お茶を飲んで一息つきながら、宙はぽつりと呟いた。昼食中も、スマホは机の上に置き、何らか反応があれば分かるようにしていた。だが結局、スマホは沈黙したままだ。
「一個、聞いていいですか?」
「……何だ」
「久瀬さんは自己紹介してくれないんですか?」
浜松と秋田はしてくれたが、そういえば、久瀬からはまだだ。期待して笑顔で待機していると、久瀬はタブレットを操作しながら「しない」と答えた。
「えー! 何でですか!」
「特に必要性を感じない。話すこともない」
素っ気なく答え、久瀬は仕事の資料らしきものを読み始める。手持ち無沙汰な宙は、「ふーん」と頬杖をついた。
「じゃあ、俺から質問しよっかなー。久瀬さん、出身は?」
「……東京」
資料に視線を落としたまま、久瀬が答える。一応、聞けば教えてくれるらしい。
「うわー、っぽいですね。でも、東京に実家あるなら、寮じゃなくて実家に住めばいいのに」
「高三で引っ越したから、今は実家は神奈川だ」
「受験生で引越し? 大変でしたね〜。歳は?」
「今年で二十七だ」
「え、マジですか? 若く見えますね。一緒に大学歩いてても、同級生って言って通じそう」
お世辞ではなく、本気で言ったのだが、久瀬はにこりともしなかった。まあ、この見た目だし、容姿のことは褒められ慣れているのだろう。
彫刻のように整った横顔を眺めながら、ぼんやりと考えていた――そのときだった。
机の上のスマートフォンが、電話の着信音を響かせる。

