「スマホの電源は切れていたんですよね?」
久瀬はメモ帳にサラサラとペンを走らせながら、質問を続ける。
「はい。一昨日からは充電も切れているんですが、それでも声を聞いたという人がいて……」
「時間帯はいつ頃ですか?」
「朝のときもあれば、夕方や夜のときもあって……特に決まった時間に聞こえるわけじゃなさそうです」
「着信音や声がしたとき、スマホの画面はどうなってましたか?」
「確か……電源の切り忘れかと思った人が、『スマホに触って確かめたけど、画面は暗いままだった』って言っていました」
一通り職員から話を聞き終えると、久瀬の要望でスマホのある遺留品保管室へ案内してもらうことになった。保管室は地下にあるという。階段を降り、人気の少ない廊下を歩くと、灰色の重そうなドアの前で足を止めた。
「今、開けますね」
職員が鍵を開けて、ドアノブを回す。キィ、と金属の軋んだ音がした。部屋には窓がなく、電気をつけても薄暗い。躊躇いなく部屋へ足を踏み入れた久瀬たちの後ろで、宙は一瞬尻込みした。
「……三井? どうかしたか?」
「あ……いえ。何でもないです」
笑って答えて、久瀬の元へ駆け寄る。久瀬は宙の背後を指さした。
「おい、ドア」
「え?」
「閉めろ」
久瀬の言葉に振り返り、開けっぱなしのドアを見る。
「あー……でも、この部屋なんか空気悪いし、換気した方がよくないですか?」
誤魔化すように、頭を掻きつつ笑う。久瀬はじっと宙の顔を見つめ、僅かに首を傾げた。
「……もしかして、怖いのか?」
「い、いやいや、まさか! 大丈夫ですよ!」
慌てて両手を振って否定すると、宙はドアノブに手を掛けた。小さく息を吸い、ドアを引く。ガチャン、と重い音を立ててドアが閉まった瞬間、酸素が薄くなったような気がした。
「滝山さんの遺留品はこちらです」
女性職員の案内で、部屋の奥へと歩いていく。宙は最後尾を歩きながら、ぐるりと周囲を見回した。天井近くまである棚が所狭しと並んでいて、圧迫感がある。狭くて、暗い部屋。前を歩く久瀬に気づかれないよう、後ろ手に回した手を、ぎゅっと握りしめた。
――大丈夫。大丈夫だ。
電気はついているし、部屋だってよく見ればそんなに狭くない。
「こちらに滝山さんの遺留品が入ってます」
女性職員は突き当たりの棚で足を止め、並んだ段ボール箱の一つを棚から下ろした。箱には滝山の名前や日付けが記されている。中を覗くと、滝山が亡くなったとき持っていたのであろうリュックや財布、仕事の資料らしき書類、くしゃくしゃになったチラシ――沖縄と大きな文字で書かれた旅行のチラシだ――などが入っていた。
「これが、例のスマホですか?」
ジッパー付きの袋に入ったスマホを箱の中から取り出し、久瀬が尋ねる。
「はい。異管の分駐所へ持ち帰る必要はありますか? 警察署外への持ち出しとなると、少し手続きに時間がかかりますが……」
「いえ。どこか部屋を貸していただければ、そこで調べます」
久瀬が答えると、女性職員はほっとしたように表情を緩めた。
「署外に持ち出さなくて済むなら助かります。調査用の部屋は、先ほどの会議室でも大丈夫ですか?」
「問題ありません」
「では、あちらの部屋は終日押さえておきます。持ち出しの手続きはこちらでしておきますので、本日中に返却してください」
女性職員の言葉に頷き、保管室を出る。宙はようやく手に込めていた力を抜いた。息苦しさがなくなり、深く息を吐く。
「俺、触ってみましょうか?」
会議室へ向かいながら、宙は小声で久瀬に尋ねた。このスマホの記憶を知りたい気持ちと、自分が本当に感応者なのか確かめたい気持ちが半々くらいだ。
久瀬は黙ったまま廊下を進み、宙と会議室に入ると、振り返って「駄目だ」ときっぱり言った。
「これが本当に異失物だとして、どんな力を持っているかもまだ分かっていない。無闇に触るな」
テーブルの端の席に腰を下ろし、久瀬はリュックを足元に置く。
「感応者は能力を使った際、副作用として眩暈や吐き気を起こすことがある。強い力を持つ異失物に感応したときほど症状は顕著で、気を失って数日意識が戻らなかった事例もある」
「それって、篠原さんも?」
「そうだ」
そういえば、初めて篠原と会ったとき、首輪に触れようとした篠原を久瀬が気遣っていたような。
久瀬はリュックから取り出した白い手袋を着け、ビニール袋からスマホを取り出した。
「……確かに、充電は切れてるな」
電源ボタンを長押しして、久瀬が呟く。宙はショルダーバッグとキャップを机に置き、久瀬の隣に座った。
「おい。他に席あるだろ」
久瀬が顔をしかめ、若干椅子を離す。宙は「近い方が見やすいじゃないですか」と椅子を寄せ、久瀬の持つスマホを覗き込んだ。確かに画面は暗いままだ。
久瀬は諦めたようにため息をつき、足元のリュックを探ると、携帯用の充電器とタブレット端末を取り出した。躊躇いなく充電器をスマホに差し込み、しばらくすると電源をつける。
「勝手にスマホの中見ていいんですか?」
スマホのロックは外れていたようで、久瀬はタブレット端末に付いていたタッチペンで画面を操作する。
「許可を取ればな」
「え? 取ってないですよね?」
「緊急調査扱いということにする」
「ことにする!?」
何てことない態度で、久瀬は着信履歴を確認し始める。宙は一緒にスマホを覗き込みながらも、そわそわと何度もドアを振り返った。
「まずいですって〜……バレたら怒られますよ」
「怒られるだけだ」
――この男、慣れている。
仕事熱心で融通の利かない、優等生タイプだと思っていたのに、中身はとんだ不良だ。宙は恐れ慄いた。
「久瀬さんって、意外とルール守らないんですね」
「守る必要があるルールは守る」
「今のは?」
「後で守る」
「後で守るって何!?」
後から手続きをするということだろうか。横暴すぎる。
久瀬はメモ帳にサラサラとペンを走らせながら、質問を続ける。
「はい。一昨日からは充電も切れているんですが、それでも声を聞いたという人がいて……」
「時間帯はいつ頃ですか?」
「朝のときもあれば、夕方や夜のときもあって……特に決まった時間に聞こえるわけじゃなさそうです」
「着信音や声がしたとき、スマホの画面はどうなってましたか?」
「確か……電源の切り忘れかと思った人が、『スマホに触って確かめたけど、画面は暗いままだった』って言っていました」
一通り職員から話を聞き終えると、久瀬の要望でスマホのある遺留品保管室へ案内してもらうことになった。保管室は地下にあるという。階段を降り、人気の少ない廊下を歩くと、灰色の重そうなドアの前で足を止めた。
「今、開けますね」
職員が鍵を開けて、ドアノブを回す。キィ、と金属の軋んだ音がした。部屋には窓がなく、電気をつけても薄暗い。躊躇いなく部屋へ足を踏み入れた久瀬たちの後ろで、宙は一瞬尻込みした。
「……三井? どうかしたか?」
「あ……いえ。何でもないです」
笑って答えて、久瀬の元へ駆け寄る。久瀬は宙の背後を指さした。
「おい、ドア」
「え?」
「閉めろ」
久瀬の言葉に振り返り、開けっぱなしのドアを見る。
「あー……でも、この部屋なんか空気悪いし、換気した方がよくないですか?」
誤魔化すように、頭を掻きつつ笑う。久瀬はじっと宙の顔を見つめ、僅かに首を傾げた。
「……もしかして、怖いのか?」
「い、いやいや、まさか! 大丈夫ですよ!」
慌てて両手を振って否定すると、宙はドアノブに手を掛けた。小さく息を吸い、ドアを引く。ガチャン、と重い音を立ててドアが閉まった瞬間、酸素が薄くなったような気がした。
「滝山さんの遺留品はこちらです」
女性職員の案内で、部屋の奥へと歩いていく。宙は最後尾を歩きながら、ぐるりと周囲を見回した。天井近くまである棚が所狭しと並んでいて、圧迫感がある。狭くて、暗い部屋。前を歩く久瀬に気づかれないよう、後ろ手に回した手を、ぎゅっと握りしめた。
――大丈夫。大丈夫だ。
電気はついているし、部屋だってよく見ればそんなに狭くない。
「こちらに滝山さんの遺留品が入ってます」
女性職員は突き当たりの棚で足を止め、並んだ段ボール箱の一つを棚から下ろした。箱には滝山の名前や日付けが記されている。中を覗くと、滝山が亡くなったとき持っていたのであろうリュックや財布、仕事の資料らしき書類、くしゃくしゃになったチラシ――沖縄と大きな文字で書かれた旅行のチラシだ――などが入っていた。
「これが、例のスマホですか?」
ジッパー付きの袋に入ったスマホを箱の中から取り出し、久瀬が尋ねる。
「はい。異管の分駐所へ持ち帰る必要はありますか? 警察署外への持ち出しとなると、少し手続きに時間がかかりますが……」
「いえ。どこか部屋を貸していただければ、そこで調べます」
久瀬が答えると、女性職員はほっとしたように表情を緩めた。
「署外に持ち出さなくて済むなら助かります。調査用の部屋は、先ほどの会議室でも大丈夫ですか?」
「問題ありません」
「では、あちらの部屋は終日押さえておきます。持ち出しの手続きはこちらでしておきますので、本日中に返却してください」
女性職員の言葉に頷き、保管室を出る。宙はようやく手に込めていた力を抜いた。息苦しさがなくなり、深く息を吐く。
「俺、触ってみましょうか?」
会議室へ向かいながら、宙は小声で久瀬に尋ねた。このスマホの記憶を知りたい気持ちと、自分が本当に感応者なのか確かめたい気持ちが半々くらいだ。
久瀬は黙ったまま廊下を進み、宙と会議室に入ると、振り返って「駄目だ」ときっぱり言った。
「これが本当に異失物だとして、どんな力を持っているかもまだ分かっていない。無闇に触るな」
テーブルの端の席に腰を下ろし、久瀬はリュックを足元に置く。
「感応者は能力を使った際、副作用として眩暈や吐き気を起こすことがある。強い力を持つ異失物に感応したときほど症状は顕著で、気を失って数日意識が戻らなかった事例もある」
「それって、篠原さんも?」
「そうだ」
そういえば、初めて篠原と会ったとき、首輪に触れようとした篠原を久瀬が気遣っていたような。
久瀬はリュックから取り出した白い手袋を着け、ビニール袋からスマホを取り出した。
「……確かに、充電は切れてるな」
電源ボタンを長押しして、久瀬が呟く。宙はショルダーバッグとキャップを机に置き、久瀬の隣に座った。
「おい。他に席あるだろ」
久瀬が顔をしかめ、若干椅子を離す。宙は「近い方が見やすいじゃないですか」と椅子を寄せ、久瀬の持つスマホを覗き込んだ。確かに画面は暗いままだ。
久瀬は諦めたようにため息をつき、足元のリュックを探ると、携帯用の充電器とタブレット端末を取り出した。躊躇いなく充電器をスマホに差し込み、しばらくすると電源をつける。
「勝手にスマホの中見ていいんですか?」
スマホのロックは外れていたようで、久瀬はタブレット端末に付いていたタッチペンで画面を操作する。
「許可を取ればな」
「え? 取ってないですよね?」
「緊急調査扱いということにする」
「ことにする!?」
何てことない態度で、久瀬は着信履歴を確認し始める。宙は一緒にスマホを覗き込みながらも、そわそわと何度もドアを振り返った。
「まずいですって〜……バレたら怒られますよ」
「怒られるだけだ」
――この男、慣れている。
仕事熱心で融通の利かない、優等生タイプだと思っていたのに、中身はとんだ不良だ。宙は恐れ慄いた。
「久瀬さんって、意外とルール守らないんですね」
「守る必要があるルールは守る」
「今のは?」
「後で守る」
「後で守るって何!?」
後から手続きをするということだろうか。横暴すぎる。

