異失物管理番号:⬛︎⬛︎-⬛︎⬛︎⬛︎

「今回、異失物疑いとされている物は、警察署で一時的に保管されていた遺留品のスマートフォンだ」
 現場へ向かう車の中で、久瀬が電話で受けた相談内容を説明してくれる。
「スマホの持ち主は滝山俊樹、二十四歳。九日前に駅のホームから転落し、亡くなっている。刑事課は自殺の可能性が高いと見ているそうだ」
 二十四歳――宙と三つしか変わらない。
 久瀬はハンドルを回しながら、淡々と続ける。
「スマホは電源を切って、遺留品の保管室に保管されていた。だが、数日前からスマホの鳴る音や男性の話し声が聞こえたという報告が相次いでいるらしい」
「そ……それって、幽霊じゃないですか!?」
「幽霊じゃない」
 久瀬は眉一つ動かさず、きっぱりと答える。頭ごなしに否定され、宙は口を尖らせた。
「ええー……でも、異失物の起こしてる怪異が幽霊の仕業じゃないって、どうして言えるんですか?」
 宙の言葉に久瀬はため息をつく。
「心理学に、ツァイガルニク効果という考え方がある」
「ツァ……?」
「人間は、中途半端に終わったことほど忘れられない。途中でやめた課題や、結末を知らない物語が妙に気になることがあるだろ」
「あります、あります! 週刊連載のマンガとか、続き気になって更新時間まで待機したりします」
 元気よく宙が答えると、久瀬は小さく頷く。
「異管は、それと似た現象が物にも起きると考えている」
 宙はきょとんとして、目を瞬いた。
「物にも?」
「物は、使われることで意味を持つ。例えば、浜松さんが着けている結婚指輪は、ただの金属の輪じゃない。奥さんとの関係や、交わした約束、そこにある愛情を示す物だ。秋田がスマホカバーに入れているアイドルの写真も、ただの紙じゃなく、アイドルを応援する気持ちや、自分がその人のファンであることを示してる」
 照りつける日差しに目を細め、久瀬は運転席のサンバイザーを下ろす。
「人間は用途だけじゃなく、いろんな意味を物に与えて使っている。そして、その意味には感情が結びつく」
「なるほど」
「物には感情が残る。それが執着であれ、愛情であれ、憎しみであれ、感情が強いほど痕跡は深く残る。――これは、前に話したな」
 久瀬と初めて会った日――川沿いの遊歩道で話したときのことを思い出す。宙は頷いた。
「普通なら、持ち主を失えば、その物に結びついていた意味も、残された感情も、時間とともに薄れていく。だが、ごく稀に終われない物がある」
「終われない物……」
「強い感情が刻まれた物は、持ち主を失っても、その意味を手放せない。意味と感情だけが宙吊りになって、未完了のまま残るんだ」
 久瀬は静かに続ける。
「人間は諦めたり、忘れたりできる。だが、物は違う。残った意味を、自分で終わらせることができない」
「……それが、異失物になる?」
 首を傾げた宙に、久瀬が頷く。
「異失物は、未完了の意味を現実に成立させようとする。もちろん、本来の方法ではもう無理だ。だから怪異という形で、それを実現しようとする」
 宙は真面目な顔で何度か頷いた。そして、ふと顎に手を当てて首を傾げる。
「それって、つまり――」
「何だ」
「……あれ、何の話からこうなったんでしたっけ?」
 赤信号にブレーキを踏んだ久瀬が、呆れと疲れの入り混じった顔でこちらを向く。
「異失物が起こす怪異は心霊現象ではない、という話だ」
「ああ、そうでした! つまり……今回のスマホも幽霊の仕業じゃなくて、何か『終われなかった意味』を、無理やり現実にしようとしてるってことですよね」
 ようやく頭の中で繋がり、宙は手を叩いて笑顔を浮かべた。久瀬は疑うような眼差しを向けながら、頷く。
「……まあ、概ね合ってる」
「了解です! あ、久瀬さん、信号青になりましたよ」
「……本当に分かってるのか……」
 ため息混じりに呟いた久瀬の声は、「今日、天気いいですね〜」と窓の外を覗き込んだ宙の声に掻き消されて消えた。



 警察署に着くと、宙と久瀬は担当職員の案内で、二階の会議室へ通された。長方形の白い机を囲み、椅子が六つ並んでいるだけの狭い会議室だ。
 そこで改めて、今回の異失物疑いのスマホについて説明を受けた。
「毎日、誰かがスマホの鳴る音や声を聞いたって言うんです。私、もう怖くて怖くて……」
 若い女性職員は、上目遣いでちらりと久瀬を見た。怖いと言いつつ、どこかうっとりしているようでもある。彼女の視界に宙は全く映っていない。
 まあ、同性の宙も初対面のとき久瀬のイケメンぶりには驚いたので、仕方ない。
「聞こえた声というのは?」
 ちらりと横目で見ると、久瀬はさっき宙と話していたときと変わらない、無愛想な声音と表情で女性職員に尋ねた。「大変でしたね」とか「大丈夫ですか?」とか、せめて一言くらい気遣う言葉を言えないのだろうか。
 女性職員は慌てて答える。
「そ……それが、『うん』とか『ありがとう』とか相槌だけで、二、三言話してすぐに終わるそうです」