異失物管理番号:⬛︎⬛︎-⬛︎⬛︎⬛︎

「というわけで、今日からインターンとして一緒に働いてくれる、三井宙くんです。みんな仲良くね」
「よろしくお願いします!」
 元気よくお辞儀すると、フロアにいた人たちからまばらに拍手が起こる。
「三井くんは浜松班に入れます。バディは久瀬くんと組んでもらうから。よろしくね、久瀬くん」
「……はい」
 パソコンに向かっていた久瀬が、渋々といった様子で振り返る。目が合って満面の笑顔で手を振ると、久瀬は心底面倒そうな顔をして、ため息をついた。
「三井くんの席はここ、久瀬くんの隣ね。貸与品は、ひとまずスマホだけ許可が下りたから、これを使って。東京分駐所メンバーの連絡先は入れてあるそうだから」
「ありがとうございます」
 スマホを受け取って、久瀬の隣の机にショルダーバッグとキャップを置く。
「ところで、篠原さん。バディって何なんですか?」
「分駐所配属で異失物の回収をするチームは、基本的に二人一組で動くことになってるんだ。異失物は危険だからね。片方に何かあったら、もう片方が助けるか、すぐに応援を呼ぶ。言わば、運命共同体。一蓮托生の相棒だね」
 人差し指を立て、少し大仰な口調で篠原が答える。宙は椅子を引き、久瀬の方を向いて座った。
「安心してください。久瀬さんに何かあったら、俺が助けてあげますからね」
「その前に足を引っ張るな」
 胸に手を当て、真剣な顔を作る宙を、久瀬はじっとりと睨む。宙は「頑張ります」と笑った。
「とりあえず、僕からの説明はこんなものかな。何か聞いておきたいこととか、不安なことはない?」
 篠原に尋ねられ、宙は「んー」と考えながら顎に手を当てる。
「今のところはないです! ――あ、でも、朝は心配かも。俺の住んでる寮、ここから一時間以上かかるんですよね」
「そりゃ遠いな。満員電車キツかっただろ」
 同情するように、斜め前の席の浜松が言う。
「人身事故あったみたいで、いつもより混んでてヤバかったです。遅刻するかと思いました」
 宙は首をすくめて答えた。
「皆は家近いんですか?」
「俺は電車で十五分くらいだな」
「私は二十分くらい。久瀬さんの住んでる独身寮は、すっごく近くて徒歩十分なんだよ」
 秋田が言うと、ふと思いついたように篠原が久瀬を見た。
「そういえば、久瀬くんは独身寮の二人部屋を一人で使ってたよね?」
「嫌です」
「はは、まだ何も言ってないでしょ」
 強い口調できっぱりと答えた久瀬に、篠原が笑い声を上げる。
「三井くんは感応者の可能性が高いわけだけど、まだ能力については未知数だからね。そばでしっかり管理してあげられる人がいたらいいなと思ってたんだよ」
 笑顔で言って、篠原は久瀬の反応を待つように首を傾げる。
「久瀬くんは観察眼も鋭いし、任せられたら安心なんだけどな」
「嫌です」
 久瀬は椅子を引いて振り向くと、まっすぐに篠原を見据えて答えた。
「俺は共同生活に向いてないんです。……お前も嫌だろ」
 加勢を促すように、久瀬が宙を見る。
「え、俺は通勤短くなるなら全然オッケーです」
「…………」
 けろりとして答えた宙に、久瀬は頭が痛そうに眉を寄せて目を閉じた。
「お前がよくても俺は絶対に嫌だ。お前、絶対散らかすタイプだろ」
「え〜、そう見せかけて、めっちゃ綺麗好きかもしれませんよ?」
「その言い方がもう綺麗好きじゃない」
 確信を持ったような目で久瀬が睨んでくる。さすが警察官だ。勘がいい。
「あはは、仲良くやっていけそうでよかった」
「篠原さん。勝手に話を進めないでください」
 じろりと篠原を睨んで久瀬が言う。
「まあそう言わないで。異管の独身寮はもう空きがないし、もともと人が増えて入居希望者が出たら同居、って条件だったでしょ?」
 篠原の言葉に、久瀬はぐっと言葉を詰まらせる。
「油断したなぁ、久瀬。異管はめったに人が増えないからな」
 浜松が茶化すように笑う。久瀬は悔しそうに唇を噛んだ。
「それに、三井くんがこれから感応者として異失物に関わる中で、思わぬ副作用があるかもしれない。一人でいるときに、何かあったら大変でしょ?」
「…………」
「ひとまず、三井くんの夏休みの間だけだから。ね?」
 久瀬はため息をついて、俯いた。目を閉じて、疲れたように首の後ろに手を当てる。
「……分かりました」
 不服そうにしながらも了承した久瀬に、篠原はにこりと笑みを浮かべた。
「よかった。じゃあ、申請が済んだら連絡するから」
 そう言うと、篠原は手を振ってオフィスを後にした。手を振り返しながらそれを見送ると、宙は振り返って久瀬を見た。
「久瀬さんって意外と面倒見いいですよね」
「誰のせいだと思ってるんだ」
 顔を上げた久瀬に睨まれる。笑って誤魔化していると、浜松がノートパソコンを閉じてこちらを見た。
「さて、いったん改めて自己紹介するか」
 浜松の言葉に、向かいの席で書類を読んでいた秋田も顔を上げる。
「俺は浜松聡史、このチームの班長だ。東京分駐所で異失物の回収・調査にあたる職員は、三井を含めて二十人。五班交代制で、各班二組のバディで動いている。俺のバディは秋田だ」
 紹介を受けて、秋田は小さく片手を上げた。
「秋田紗良です。三井くんの三つ上になるのかな? 異管は二年目で、私もまだまだ新人だから一緒に頑張ろうね」
「はい、よろしくお願いします」
 軽く会釈して、宙は二人を見る。歳も離れているし、一見すると親子みたいなバディだ。
「そうだ! 二人の同居がどうなるか、占ってあげよっか?」
 猫のような目を悪戯っぽく光らせて、秋田が言う。宙は目を丸くして秋田を見た。
「秋田さん、占いなんてできるんですか?」
「ううん、AIに占ってもらうの」
 スマホを振ってみせた秋田に、浜松は「はぁ」と感心しているのか困惑しているのかよく分からない声を漏らして、顎を撫でる。
「そんなものまでAIに聞くのか」
「聞きますよ。ポジティブなことしか言わないし、返事早いし、AI最高です」
「分かる。俺もレポートのタイトル案とか聞きます」
「それくらい自分で考えろ」
 同調する宙に、呆れたように久瀬が言う。――そのときだった。
 フロアに電話の鳴る音が響いた。職員が休みで空席になっている席の固定電話以外、全てがいっぺんに鳴ったようだ。
 久瀬と秋田が受話器に手を伸ばすが、久瀬の方がわずかに早かった。
「はい、東京分駐所です」
「あっ! また負けた……」
 悔しそうに秋田が受話器を置く。
「分駐所の代表番号に着信が入ったら、フロアの内線が一斉に鳴るシステムなんだ。基本的に、最初に電話を取ったバディがメインで担当するルールになってる」
 困惑して秋田と久瀬を交互に見ていた宙に、浜松が苦笑しながら教えてくれる。
「だが、このルールは見直しが必要かもな。久瀬が離席してたときしか、先に電話を取れてない」
「久瀬さん、早すぎるんですよ」
 秋田が口を尖らせる。宙は横目に久瀬を見た。
 そんなに勝ち続けているのに電話を譲らないのは、負けず嫌いなのか、仕事熱心なのか……どちらなのだろう。
「……異失物疑いですね。対象物から離れて待っていてください。すぐに向かいます」
 メモを取りながら応答していた久瀬が、そう言って受話器を置いた。机の上を手早く片付けて、すぐさま席を立つ。
「行くぞ」
「え! さっそく!?」
 慌ててバッグとキャップを掴み、立ち上がる。「いってらっしゃーい」という秋田の若干うらめしそうな声を背中に、宙はオフィスを出る久瀬の後を追いかけた。