処刑名エスカレーター粉砕機改

そんなこんなで彼はエスカレーターに乗せられていた。

今はもうあらゆるシャッターは錆て汚く、天井はところどころ抜け落ち解放感。
あらゆるところに苔やカビがじめじめ生息するだけとなった廃ショッピングモール。

その、唯一稼働する階段状の輸送機器に。

ぎぎぎと、小刻みに揺れながら茶赤のステップを、恐ろしく遅く動かす処刑道具に。

噂に名高い、理解不能な理由で殺す、ロールクラッシャーに。

彼は乗せられていた。


ゆぅっくり辿り着いた光刺す頂上で。
ステップが吸い込まれるはずの場所で。
巻き込まれるのだ運命だ。
だって、櫛のコームみたいなトコ、コームプレートが付けられてないといけなトコに、特別に取り付けられた、悪意満載粗めな2本のロール刃で解砕粗粉砕巻き込まれ、いわゆる御陀仏南無南無。

まさに処刑名エスカレーター粉砕機。


乗せられた彼は逃げられなかった。
理由は簡単単純明快、履かされた靴をステップと溶接固定されてしまったからだ。
気を失っている間に着せられた拘束着は靴と一体だからだ。
拘束着は、どーやって着せたのか、チャックもボタンもなかったからだ。

だから。
故に。

ぼんやりそれらを眺め、彼は諦めていた。


色々と柄にもなく大声で叫んでみたものの、聞く耳持たずと世界は静かに流れた。
ありとあらゆる抵抗を一応試みたが、もうどうにもならなかった。

故に彼は元々猫背な背を更に丸めて俯き、諦めた。
なで肩の肩もさらに落とし、もういつもと変わらない様子でぼおっとすることにした。
彼は目元重たく、処刑されることを受け入れてしまった。
怖くないと言えば嘘になるが、もうどうしようもないのだ。


微かに騒がしくしながら、エスカレーターは止まらない。
ゆっくり、わざとゆっくり歩く子供のよちよち足並みに似た可愛さで、昇っていく。
三段上のステップに残った何か、薄明かりに晒される赤い塊が。
とにかく匂いが。
そのうち気にならなくなるから、いいか、と。
彼はじーっとステップとステップの隙間を見つめ続けた。
縦線一杯が、だんだん獣の牙に見えてきた。

「やほー、居る-?」

「…え…?」

どれだけ時間が経ったことだろう。
瞑想モードに突入していた彼は、その声に耳を疑った。

「何、やってんだよーもー」

荒廃し寂れて死んで殺しの道具がお似合いなこの場所には、かなり場違いで呑気な口調だった。
それは緊張感の漢字が思い浮かびません書けません、と潔く認めるほどの気楽さだった。

彼は、かさかさになった唇から、まさかと零す。

「突然居なくなってすっげえ心配したんだぞー」

否応なくエレベーターは昇り、彼は光を背にして破顔するカレと目が合った。
カレは彼の姿を認め、大げさに手を振った。

「変なメール貰ってさー、来てみたらこれ、ヤバイやつじゃんかー」

まるで赤点とっちゃった、と言うような気安い笑いを浮かべるカレ。
そんなカレを彼は墨のように黒い瞳で呆然と見つめる。


カレはここ数日会ったことをいつもと変わらない口調で語った。
可愛い服見つけて買ってあるから今度着てよ。
おいしいご飯屋さん見つけたから行こうね。
ていうか手料理食べたいー。
そういえば、山内がまた女の子にぶん殴られてさーあいつ懲りないよねー。
他愛もない愛すべきおしゃべりを、場にそぐわないというのにカレは続ける。

「あ、じゃあーさー、俺、これ止めるからー」

メールでねー、ここに足突っ込めば止まるってねー。
間延びした、ストレスって何ですか?という顔をする猫のようにしてカレは妙なことを口走る。

「…止める…?」

がぎん、残り五段。

カレがあっという間に目と鼻の先。
茶髪で底抜けに明るくてなんだか軽い、そんなカレがすぐそこに。
カレは黒くて細くて暗くて貧弱な彼を見て、本当に嬉しそうに笑った。
そんなカレの足元では、魔物が口を開けるよに粉砕口が奈落の底状態。

「ここ、ここにー、俺を突っ込めば止まるってー」

カレは言うや、ここ、ここ、とインレット、頂上の手すりが吸い込まれる場所を足で突いた。

「…そんなことしたら、…死ぬ…」

彼はぼそり呟くように、慌てを加え口にした。

「でも、そうしないと、お前がー」

「…俺…いいから…やめて…」

「嫌だー俺は止めるのー」

だだをこねる子供のように言ってみせてから、真面目な表情で足を入れようとするカレ。

「ひ、一人にしないで…」

生き残るのが自分だけ?
カレの居ない世界?
それはいったいどんな罰ゲーム?

「そんなん、俺を一人にしないでよー」

このまま目の前で失う?
彼の居ない世界?
それどんな悪夢?

二人は互い譲らず鋭くきつく見つめ合う。

粉砕機は何もかも砕くというのか。
大事な人も。
大事な人とのつながりも。
傲慢な顎ですべて巻き込まんと。
そうとしかいいようのない。
人を攫い繋げ、メールで呼び寄せ行くも逃げるも死ぬも生きるも選ばせる。
どうあれ砕かれる。
なんて傲慢。
なんて不条理。
忌々しい、理解不能な処刑道具。

二人は悩み苦しんだ。
がたり、なんと残すはたった一段。

手を伸ばせば触れられる距離。

久し振り。
元気だった?

ああ、離れるのは別れるより嫌だ。

だったら。

どちらともなく天啓を得たようにぱちくりし合い見つめ合い微笑み合う。

「なあーんだ、こうすれば、良かったんじゃんかー」

「……本当だ…」

カレはなんの躊躇いも見せず、彼が固定されたステップへぴょん。
彼は拒むことも止めることもせず迎え入れた。

抱き合った。
抱き絞め合った。
同じステップの上で。

カレは脳天気に惚けた表情で彼にキスをして、彼は微かに頬を赤らめて。

そして零段。
エレベーター粉砕機。
砕いた。
巻き込んだ。

でも、

すべて砕けたわけでもなく。
巻き込みきれたわけもなく。

空想論。