「お嫁さんを待たせておいて何を言う。到着していることは承知しているんだろう?」
「……上月の名を金で買った家。まして異形という厄に憑かれた女など」
わたしが今ここにいることに気づいていないのでしょうか?
やはり歓迎はされていないらしい。だけれども挨拶をしないわけにはいかない。
居住まいを正してから深く頭を下げ口を開いた。
「高輪家から参りました。日向と申します。今日この日を持ってご当主様に嫁がせていただきます」
「ふん。好きにするといい。形だけとはいえ、婚姻を交わしたことは事実。が、俺と交わる必要はない。この家の事はギンコに聞け」
さも興味がないと言わんばかりの口調が途中から怒気を孕むものに変わっていた。その怒りは静かだったけれど、わたしに向けられた視線に痛みを覚えた。
そして気付いた。ご当主様のお顔を隠す物に。
朱色が施された雅な狐の白面。
こちらを振り返りながら話す白い寝巻き姿の男。口から上側だけが緋色で装飾された狐の白面で隠されていた。口元だけ見れば端正な顔立ちをしていそう。髪は短くツンツンとしている。面の向こうに微かに見える瞳は懐疑的な雰囲気を感じる。面の中は病で爛れているのかは分からないけれどきっとそうなのだろう。
「冷たいなあ。そんなんじゃ仲良くなれないだろう?」
「凌恂の知った事ではない。女、屋敷に戻っていろ」
「かしこまりました」
わたしに対する物言いに優しさなど微塵も感じられない。これまでに培った経験がそうさせるのか、そこにあったのは侮蔑と嫌悪だった。
何も食い下がる事はない。背を向けておとなしく屋敷に戻ることにした。数歩進むと背後から苦しそうに激しく咳き込む声が聞こえる。
「大丈夫か怜弥!?」
「問題ない! いつものことだ! 俺を殺すなら殺せ! だがただでは死なん! 必ず道連れにしてくれる!」
振り返るとその苦しげな姿が巻木綿(包帯)越しの瞳に映った。
両手のひらをわなわなと震えさせて、天に向かって慟哭するご当主様の全身がまるでこの世のすべてを呪うかのようだった。
膝をつく怜弥様の肩を凌恂様が支えていた。
口元を押さえる怜弥様の手には赤いものが。
吐血!
目に映った瞬間、心で思うよりも先に体が動いていた。
「怜弥様!」
凌恂様の隣で膝をついて怜弥様の背中をさすった。
あっ!
唐突に感じた衝撃に声を出さないように我慢をした。
触れた手のひらに感じる違和感。恐ろしく感じるほどの何か。病魔のようでいて違うとなぜか思う。それは怜弥様のお身体を蝕んでいるものだと本能的に悟った。
「俺に触れるな!」
「きゃっ!」
わたしの手のひらが怜弥様の腕で払われた。伝わる痛みと苦しげな視線が怜弥様の拒絶する心を表している。
「怜弥様、お部屋にお戻りになりましょう」
「うるさい! 金で売られた女が俺に関わるな! 戻っていろ! 二度と俺の前にくるな!」
そう。わたしはその言葉通りの存在。怜弥様にとって関わりたくもない煩わしいだけの女。
激しく叱責されてしまったけれど……こんなに苦しそうにしているのに放っておくことはできなかった。
「そういうわけには参りません。ギンコさんもきっと心配しておられます」
怜弥様に何かあれば、あの老婦人が悲しむに違いないと思った。
「ちっ!」
ギンコさんの名に効果があったのか、差し伸べたわたしの手を取る怜弥様の手がまるで氷のように冷たかった。今の行動は無意識だったのか、手が触れている事実に後から気付いたのか乱暴に振り払われた。
「まったく。相変わらずだな怜弥は。日向さんすまないね。さあ俺の肩に掴まるといい」
わたしを気遣う凌恂様の肩を借りて主屋へと足を進めている。わたしはその後を数歩分遅れてついていく。
縁側の石段から上がって開け放たれたままの怜弥様の寝室に戻った。
ギンコさんの姿はすでになく。縁側に干されていたばかりの布団を慌てて敷き直す。
怜弥様はというと、透かし彫りが施された黒檀の座卓に置かれた薬袋《やくたい》を手にしていた。取り出した薬包紙《やくほうし》を広げ、乱暴に散剤を口に流し込むと水差しから直接口に注いでいる。
「俺は寝る! 凌恂、今日は帰れ!」
口から垂れる水を拭くことなく吐き捨てるように退去を促していた。
そんな怜弥様を呆れるような目で見る凌恂様が肩をすくめている。
「やれやれ。とても元気ではないが久しぶりに顔が見れて良かった。僕はしばらく帝都にいるからな。また次の機会にお邪魔するよ。いいな怜弥」
「勝手にしろ!」
ご友人のはずの凌恂様に邪険に扱う怜弥様が布団に潜ってしまっていた。頭まで被るために引っ張ったせいで素足が出てしまっている。
「あ」
またも考える前に体が動いていた。露出している足に布団が掛かるように整える。
「余計なことをしなくていい! 暑くて足を出してるだけだ!」
「し、失礼しました」
不貞腐れているだけにも見える怜弥様にまたも激しく叱責されてしまった。
そんな様子を見てため息を吐く凌恂様。
「子供かな? 日向さん、病のせいで気性が荒くなっているが本当は気のいいやつなんだ。少しでも早く元気になるように世話をしてやってくれるかい?」
「もちろんでございます」
終始穏やかな凌恂様は本心から言っているようだった。そうお願いされてしまったらわたしとしても手を尽くしたいと考えてしまう。
「まあ、病といってもただの疾患ではなく上月家に科せられた呪いのような……」
「凌恂、余計なことは言うな! 何も教えることはない! 女、お前も俺の世話など焼かなくてもいい! ギンコだけで十分だ! いいかげん出ていけ!」
あまりの剣幕に居室に居座るわけにもいかず、二人とも追い出されてしまった。
「それじゃあよろしく」
「かしこまりました」
手にしていた軍帽を被ると背を向けて歩いていく。
わたしはギンコさんに色々とお伺いを立てることにした。驚くことに女中や使用人はなくギンコさん一人で切り盛りしていたのだとか。つまり今日からこのお屋敷に三人で生活をすることになる。
夕餉の用意が始まるまでの間、一通り怜弥様とお屋敷にまつわる取り決めを教わった。
その中に一つ気になることがあった。お勤めで夜になると怜弥様は一人で外出なさることがあるらしい。毎日ではなく不定期とのことで、見送りも出迎えも必要がないから気にしなくても良いという。
どちらも妻の役目であると思うのだけれど改めて必要がないと言われてしまえば従う方がいいのだろう。
「申し訳ありません」
夕餉の支度をしていて粗相をしてしまった。
巻木綿(包帯)で目を隠したままの生活にはまだ慣れておらず、どうしてもつまらない失敗をしてしまう。
土間に手をついて謝罪をする。上月の家は古く、水道こそ引かれているものの竈や流しも台所は昔のままだった。
「あら。これくらいでそんなに畏まられてしまうなんて嫌ですよ」
落とした野菜を拾って手渡してくれるギンコさんの手が温かい。
「あの……」
「何ですか」
「わたしの目が気になったりはしないのですか?」
両目を巻木綿(包帯)で隠していることにはまだ一度も聞かれてはいない。
「お目が悪いのでしょう?」
「そうなのですが……」
「ほほ。よしんば何か事情があったとして。もしわたくしのようなお婆ちゃんでよろしければ何でもご相談くださいな」
わたしの無感情な心にあたたかく感じるほどの微笑みに衝撃を覚えてしまった。高輪では一度もあったことのない表情だったから。何と言葉を返したら良いか分からずに黙ってしまった。
思えばギンコさんは最初から微笑んでくれてあたたかく出迎えてくれていた。
それからは毎日、家事と庭仕事、畑仕事に勤しむことになった。食材は屋敷に出入りする業者が持ってきてくれる。裏庭には鶏もいて卵を調達できるのもありがたい。顔を合わす日が増えても鶏たちには怒られてばかりだけれども。
高輪にいた頃と同じように身を粉にして働いた。ギンコさんに働きすぎだと注意され、仕事の量を減らされてしまったけれど今までの性分を変えられずに目を盗んでは手を動かしていた。
一人でいる時には巻木綿(包帯)を外して作業する方が動きやすい。
ギンコさんとわたしの関係はと言うと。
働き手が増えて、話し相手が現れたということもあってそれは嬉しそうだった。高輪と違ってわたしを蔑むことなく、恐れられることなく、それは優しく穏やかに接してもらえることにわたしの心は解きほぐされるようだった。
「日向様。ご一緒にお茶をしましょう」
午後の休憩時に必ず一緒に過ごしてくれるギンコさん。
いつもいつもウキウキとした様子で、日によってはどこで家事をしているかも分からないはずのわたしを迎えにきてくれる。
決まって同じ時間に現れるから不思議なものだ。
使用人のために用意された休憩室の縁側の板間に設けられた小型の机と椅子。西洋から輸入したもので桃花心木《マホガニー》材で造られているのだとか。わたしには分かりかねるけれども、天板の彫刻が精緻で細く長い脚が美しく洒落ているらしい。
「日向様とのお茶の時間が毎日楽しいですね」
「……はい」
硝子戸を開け放し、もうすぐ訪れるだろう春の風を感じながら甘いお茶菓子を楽しんでいる。なんてのんびりとした安らぐ時間なんだろう。
他愛もない会話が投げかけられる。
わたしに向けられた眼差しが穏やかで優しく温かい。わたしの感情に温かいという想いが生まれていく。
「ですがまだ笑ってはいただけないのですね」
きっといつも通り無表情なのだろう。
ギンコさんの穏やかな瞳がわたしの心を覗いてるように感じた。上月にきてからも高輪にいた時も笑うということをしたことがあったか思い出すことすらできない。笑うという感情は知らない。
そして。肝心の怜弥様だけれども……。
あれ以来、「知る必要はない」「関わるな」などと冷たい物言いで突き放されるばかり。
今だにろくなお世話もできずにいた。
「……上月の名を金で買った家。まして異形という厄に憑かれた女など」
わたしが今ここにいることに気づいていないのでしょうか?
やはり歓迎はされていないらしい。だけれども挨拶をしないわけにはいかない。
居住まいを正してから深く頭を下げ口を開いた。
「高輪家から参りました。日向と申します。今日この日を持ってご当主様に嫁がせていただきます」
「ふん。好きにするといい。形だけとはいえ、婚姻を交わしたことは事実。が、俺と交わる必要はない。この家の事はギンコに聞け」
さも興味がないと言わんばかりの口調が途中から怒気を孕むものに変わっていた。その怒りは静かだったけれど、わたしに向けられた視線に痛みを覚えた。
そして気付いた。ご当主様のお顔を隠す物に。
朱色が施された雅な狐の白面。
こちらを振り返りながら話す白い寝巻き姿の男。口から上側だけが緋色で装飾された狐の白面で隠されていた。口元だけ見れば端正な顔立ちをしていそう。髪は短くツンツンとしている。面の向こうに微かに見える瞳は懐疑的な雰囲気を感じる。面の中は病で爛れているのかは分からないけれどきっとそうなのだろう。
「冷たいなあ。そんなんじゃ仲良くなれないだろう?」
「凌恂の知った事ではない。女、屋敷に戻っていろ」
「かしこまりました」
わたしに対する物言いに優しさなど微塵も感じられない。これまでに培った経験がそうさせるのか、そこにあったのは侮蔑と嫌悪だった。
何も食い下がる事はない。背を向けておとなしく屋敷に戻ることにした。数歩進むと背後から苦しそうに激しく咳き込む声が聞こえる。
「大丈夫か怜弥!?」
「問題ない! いつものことだ! 俺を殺すなら殺せ! だがただでは死なん! 必ず道連れにしてくれる!」
振り返るとその苦しげな姿が巻木綿(包帯)越しの瞳に映った。
両手のひらをわなわなと震えさせて、天に向かって慟哭するご当主様の全身がまるでこの世のすべてを呪うかのようだった。
膝をつく怜弥様の肩を凌恂様が支えていた。
口元を押さえる怜弥様の手には赤いものが。
吐血!
目に映った瞬間、心で思うよりも先に体が動いていた。
「怜弥様!」
凌恂様の隣で膝をついて怜弥様の背中をさすった。
あっ!
唐突に感じた衝撃に声を出さないように我慢をした。
触れた手のひらに感じる違和感。恐ろしく感じるほどの何か。病魔のようでいて違うとなぜか思う。それは怜弥様のお身体を蝕んでいるものだと本能的に悟った。
「俺に触れるな!」
「きゃっ!」
わたしの手のひらが怜弥様の腕で払われた。伝わる痛みと苦しげな視線が怜弥様の拒絶する心を表している。
「怜弥様、お部屋にお戻りになりましょう」
「うるさい! 金で売られた女が俺に関わるな! 戻っていろ! 二度と俺の前にくるな!」
そう。わたしはその言葉通りの存在。怜弥様にとって関わりたくもない煩わしいだけの女。
激しく叱責されてしまったけれど……こんなに苦しそうにしているのに放っておくことはできなかった。
「そういうわけには参りません。ギンコさんもきっと心配しておられます」
怜弥様に何かあれば、あの老婦人が悲しむに違いないと思った。
「ちっ!」
ギンコさんの名に効果があったのか、差し伸べたわたしの手を取る怜弥様の手がまるで氷のように冷たかった。今の行動は無意識だったのか、手が触れている事実に後から気付いたのか乱暴に振り払われた。
「まったく。相変わらずだな怜弥は。日向さんすまないね。さあ俺の肩に掴まるといい」
わたしを気遣う凌恂様の肩を借りて主屋へと足を進めている。わたしはその後を数歩分遅れてついていく。
縁側の石段から上がって開け放たれたままの怜弥様の寝室に戻った。
ギンコさんの姿はすでになく。縁側に干されていたばかりの布団を慌てて敷き直す。
怜弥様はというと、透かし彫りが施された黒檀の座卓に置かれた薬袋《やくたい》を手にしていた。取り出した薬包紙《やくほうし》を広げ、乱暴に散剤を口に流し込むと水差しから直接口に注いでいる。
「俺は寝る! 凌恂、今日は帰れ!」
口から垂れる水を拭くことなく吐き捨てるように退去を促していた。
そんな怜弥様を呆れるような目で見る凌恂様が肩をすくめている。
「やれやれ。とても元気ではないが久しぶりに顔が見れて良かった。僕はしばらく帝都にいるからな。また次の機会にお邪魔するよ。いいな怜弥」
「勝手にしろ!」
ご友人のはずの凌恂様に邪険に扱う怜弥様が布団に潜ってしまっていた。頭まで被るために引っ張ったせいで素足が出てしまっている。
「あ」
またも考える前に体が動いていた。露出している足に布団が掛かるように整える。
「余計なことをしなくていい! 暑くて足を出してるだけだ!」
「し、失礼しました」
不貞腐れているだけにも見える怜弥様にまたも激しく叱責されてしまった。
そんな様子を見てため息を吐く凌恂様。
「子供かな? 日向さん、病のせいで気性が荒くなっているが本当は気のいいやつなんだ。少しでも早く元気になるように世話をしてやってくれるかい?」
「もちろんでございます」
終始穏やかな凌恂様は本心から言っているようだった。そうお願いされてしまったらわたしとしても手を尽くしたいと考えてしまう。
「まあ、病といってもただの疾患ではなく上月家に科せられた呪いのような……」
「凌恂、余計なことは言うな! 何も教えることはない! 女、お前も俺の世話など焼かなくてもいい! ギンコだけで十分だ! いいかげん出ていけ!」
あまりの剣幕に居室に居座るわけにもいかず、二人とも追い出されてしまった。
「それじゃあよろしく」
「かしこまりました」
手にしていた軍帽を被ると背を向けて歩いていく。
わたしはギンコさんに色々とお伺いを立てることにした。驚くことに女中や使用人はなくギンコさん一人で切り盛りしていたのだとか。つまり今日からこのお屋敷に三人で生活をすることになる。
夕餉の用意が始まるまでの間、一通り怜弥様とお屋敷にまつわる取り決めを教わった。
その中に一つ気になることがあった。お勤めで夜になると怜弥様は一人で外出なさることがあるらしい。毎日ではなく不定期とのことで、見送りも出迎えも必要がないから気にしなくても良いという。
どちらも妻の役目であると思うのだけれど改めて必要がないと言われてしまえば従う方がいいのだろう。
「申し訳ありません」
夕餉の支度をしていて粗相をしてしまった。
巻木綿(包帯)で目を隠したままの生活にはまだ慣れておらず、どうしてもつまらない失敗をしてしまう。
土間に手をついて謝罪をする。上月の家は古く、水道こそ引かれているものの竈や流しも台所は昔のままだった。
「あら。これくらいでそんなに畏まられてしまうなんて嫌ですよ」
落とした野菜を拾って手渡してくれるギンコさんの手が温かい。
「あの……」
「何ですか」
「わたしの目が気になったりはしないのですか?」
両目を巻木綿(包帯)で隠していることにはまだ一度も聞かれてはいない。
「お目が悪いのでしょう?」
「そうなのですが……」
「ほほ。よしんば何か事情があったとして。もしわたくしのようなお婆ちゃんでよろしければ何でもご相談くださいな」
わたしの無感情な心にあたたかく感じるほどの微笑みに衝撃を覚えてしまった。高輪では一度もあったことのない表情だったから。何と言葉を返したら良いか分からずに黙ってしまった。
思えばギンコさんは最初から微笑んでくれてあたたかく出迎えてくれていた。
それからは毎日、家事と庭仕事、畑仕事に勤しむことになった。食材は屋敷に出入りする業者が持ってきてくれる。裏庭には鶏もいて卵を調達できるのもありがたい。顔を合わす日が増えても鶏たちには怒られてばかりだけれども。
高輪にいた頃と同じように身を粉にして働いた。ギンコさんに働きすぎだと注意され、仕事の量を減らされてしまったけれど今までの性分を変えられずに目を盗んでは手を動かしていた。
一人でいる時には巻木綿(包帯)を外して作業する方が動きやすい。
ギンコさんとわたしの関係はと言うと。
働き手が増えて、話し相手が現れたということもあってそれは嬉しそうだった。高輪と違ってわたしを蔑むことなく、恐れられることなく、それは優しく穏やかに接してもらえることにわたしの心は解きほぐされるようだった。
「日向様。ご一緒にお茶をしましょう」
午後の休憩時に必ず一緒に過ごしてくれるギンコさん。
いつもいつもウキウキとした様子で、日によってはどこで家事をしているかも分からないはずのわたしを迎えにきてくれる。
決まって同じ時間に現れるから不思議なものだ。
使用人のために用意された休憩室の縁側の板間に設けられた小型の机と椅子。西洋から輸入したもので桃花心木《マホガニー》材で造られているのだとか。わたしには分かりかねるけれども、天板の彫刻が精緻で細く長い脚が美しく洒落ているらしい。
「日向様とのお茶の時間が毎日楽しいですね」
「……はい」
硝子戸を開け放し、もうすぐ訪れるだろう春の風を感じながら甘いお茶菓子を楽しんでいる。なんてのんびりとした安らぐ時間なんだろう。
他愛もない会話が投げかけられる。
わたしに向けられた眼差しが穏やかで優しく温かい。わたしの感情に温かいという想いが生まれていく。
「ですがまだ笑ってはいただけないのですね」
きっといつも通り無表情なのだろう。
ギンコさんの穏やかな瞳がわたしの心を覗いてるように感じた。上月にきてからも高輪にいた時も笑うということをしたことがあったか思い出すことすらできない。笑うという感情は知らない。
そして。肝心の怜弥様だけれども……。
あれ以来、「知る必要はない」「関わるな」などと冷たい物言いで突き放されるばかり。
今だにろくなお世話もできずにいた。
