「おや。キミが怜弥《れいや》の奥さんになる女性かな?」
八畳間の中ほどに立つ軍服姿の男性がいた。口振りからすると上月怜弥様ではないようだ。
巻木綿(包帯)からうっすらとその容姿が見える。白い軍服と白い手袋。肩には金糸の肩章。左胸にはいくつかの勲章をつけているが階級章はなかった。煌びやかな軍刀を手にしている。刀の拵えからや勲章からして下士官ではなく将校並みの階級なのかもしれない。
何とも美麗な男性だ。緩く波打つ髪が肩まで伸びて面長の柔らかい顔立ちを際立たせている。穏やかそうな目尻が少し垂れて物腰が優しい様は軍服と軍刀が似つかわしくなかった。
このような軍人は高輪家の酒席《パーティー》でも見る機会があった。わたしはあくまでも給仕をする使用人としてではあったけれど。
「あらあら。凌恂《りょうじゅん》様ではないですか。いつの間にお越しに? お勤めからお戻りになられたのですね」
「うん。ほんの今し方。庭から直接お邪魔させてもらったんだ。ギンコさん、突然すまないね」
二人の穏やかな口調に親しみが籠もっている。微笑み合う様子はまるで孫と祖母のような関係にも感じられた。それだけ仲が良いのだろう。
それにしても……この居室に入った瞬間に感じた空気のなんと重いこと。お屋敷に漂う陰鬱な気配がさらに増している。美男子も老婦人も何も感じてはいないのか分からないけれど普通にしている。
「怜弥様はどちらにいらっしゃいますでしょう? あらあら。掛け布団が」
質問の途中で乱れた布団に気づいた老婦人が落ち着いた様子で居室に敷かれたままの寝具へと歩み寄っていく。
八畳間の襖が取り払われて隣の八畳間と一部屋のようになっていた。一部屋には布団が敷かれ、枕元に薬袋《やくたい》と水差しが置かれ、もう一部屋には趣のある文机に書棚、透かし彫りが施された黒檀の座卓が置かれている。
「一人で庭を歩きたいと言うんでね。ここで待っている。珍しく気分がいいらしいよ。季節外れな雨もちょうどよく上がったしね。ふふ。まるで狐に嫁入りだね」
わたしを見ておもしろそうに破顔する美男子が眩しいです。外を見ると晴れているのに降る天気雨が終わっていた。
少し気になったことがあります。こちらの美男子は狐に嫁入りとおっしゃっていた。狐「の」嫁入りの間違いではないでしょうか?
「怜弥様が昼日中にお外を歩かれるなんていつぶりでしょう。喜ばしいことです」
「まったくだ。夜の勤めはともかく、放っておけばこの部屋から一歩も出ないからね」
夜の勤めとはなんでしょう?
病に臥して寝たきりという噂を聞いてはいましたが、夜になってからお勤めになるお仕事でもされているのでしょうか。
「あの……こちらのお方は?」
「ご紹介いたします。こちらに在わすお方は、す……」
乱れた掛け布団に手をかける老婦人の口元に白い手袋で覆われた人差し指がそっと添えられた。
「ギンコさん。僕が自分で自己紹介をしよう。見ての通り軍人だ。ちょっと特殊だけどね。怜弥とは幼い頃からの腐れ縁なんだ。僕のことは凌恂《りょうじゅん》と呼んでくれないかい?」
特殊な軍人というのはよく分からなかった。もしかしたら帝都を脅かす厄に関わるものなのかもしれない。
「かしこまりました。わたしはいかがしましょう?」
始めの挨拶をつつがなく行ったつもりが他人だったことに、どうするべきか分からずに聞いていた。
「さっき名乗っていた名前は聞き間違いかな? 怜弥の奥さんになる人は葵さんという名だったと思うんだけど。清浄の炎を発現する異能に恵まれた美しい女性と聞いていたけれど?」
別人だということを察せられても質問をする口調は穏やかなままだった。
「いえ。葵は双子の妹。わたしは姉の日向にございます。……申し訳ありません。わたしには高輪家の者ならば受け継がれる異能の力はございません」
「日向さんだね?(無能の異形と聞いていた通りか)怜弥の婚約者では? その目はどうしたんだい?」
「は、はい。たしかに婚約者として嫁がせていただきます。少々目を悪くしておりまして。お見苦しいので隠してはおりますが見えてはおりますので」
続けて聞かれる問いかけに即座に答える。高輪ではほんの少し答えが遅れただけでも叱責されていたから。とは言えわたしの瞳についての詳しいことは伏せておくしかない。
凌恂と呼ばれた軍人のわたしを見る目が訝しいものになっている。ある程度は知っているようだけれど最近の事情を知らないようだった。この人はどういう人なんだろう。
「早く治るといいね。それはともかくギンコさん。どういうことかな?」
「凌恂様が長らくお勤めの間に婚姻のお相手が変わったのでございます」
なんと言ったら良いか戸惑って上手く答えることのできなかったわたしの代わりに老婦人、ギンコさんが答えてくれた。
「はい。妹の葵は久世家に嫁ぐことになりました。代わりにわたしがこちらに」
「それはまた……」
凌恂様の整った目鼻立ちが崩れるほどに驚いている。
当然と言えば当然だ。そもそも婚姻相手を変えるなどそうそうあることではない。元々、久世家と高輪家の間で双方の利益と繁栄のためにお互いの長子を婚姻する約束を交わしていた。わたしたち双子が生まれる前のことだ。
婚姻を結ぶにあたって男子しか生まれなかった久世家は長男、高輪家では兄の次に生まれた長女のわたしとなった。だけれどもお父様にとっては双子が生まれることと、わたしのような異形の子が現れるのは想定外だったのだろう。まして生まれてから数ヶ月の間、わたしの目の色も形も変わる事はなく普通の赤子と変わらなかったのだから。
いずれにしろ久世家と高輪家は堅い協力のもと政財界でのし上がり名実ともに権力を手にしてきた。そして、数年前。高輪家の更なる繁栄のために上月家と妹の婚姻を結んだのだ。
長子同士の婚姻という約束はあったけれど、異形のわたしでは久世家にふさわしくなく、凋落する上月家と病に冒された後継者との婚姻にわたしは適任と判じられたのは間違いない。
「まあ。家同士の問題だからね。僕がどうこう言う事はない。怜弥は結婚に恵まれていないからね。少し……いや、だいぶ口が悪いやつだけど、できることならしっかりと支えてあげるような奥さんになって欲しいかな」
凌恂様の眼差しは優しくも真剣そのものだった。
それだけに思う。女性に対して冷酷でそれは手酷い扱いをするという、これまで聞いていた通りの噂は間違いないということを。
「はい。もちろんでございます」
どうあれ、わたしに選択できることなどなにひとつない。ただ目の前で起きることに従っていればいい。
「ん? なんだろう? まるで部屋の空気が澄んだような……」
凌恂様の整った高い鼻がスンと匂いを嗅いでいる。
わたしがこの居室に入った時は空気が澱んでいたように感じた。それはこのお屋敷に踏み入った時に寒気すら感じる体にまとわりつくような陰鬱な気配と同じものだった。
凌恂様のおっしゃる通り、確かにその気配が薄らいで和らいでいるように思う。なぜなのかは分からないけれど。
「せっかくですから空気を入れ替えて、主のいないお布団を干してしまいましょう。なかなかお部屋からお出にならない怜弥様の万年床にきのこが生えてしまいますからね」
「あっはっは。きのこはいいね。言っても怜弥の寝床から生えるきのこでは食中毒にでもなりそうだよ」
軽い笑いが居室に響いた。揶揄うような軽口を言える立場のお人なんだろう。ご友人なのかもしれないというのは感じられる。
「わたしもお手伝いをいたします」
掛け布団を持ち上げる老婦人の元へと歩み寄った。見れば敷き布団がふっくらしていそうだ。万年床と言うほど敷きっぱなしの状態でじゃないと思われる。しっかり清潔に保っているのだろう。
「いえいえ。到着早々、若奥様にそのようなことはさせられませんよ。少々お待ちくださいな」
ギンコさんが布団を抱えて。縁側へと足を進めている。
「ギンコさん、それなら後は僕に任せてくれないかな。日向さん、良ければ庭に出るかい? 怜弥のもとに案内するよ」
「はい……」
微笑んで頷くギンコさんを残し、凌恂様の後をついて庭園へと足を運んだ。
「素敵……」
思わず口を突いていた。
「立派だろう。上月家代々が自慢する庭園だからね。僕が自慢することじゃないけど」
それはそれは見事な庭園だった。
築山を背景に大池の周囲に四季に花咲く樹木が植えられている。池内の三箇所に石垣で島が造られ程よく剪定された松が植えられていた。池外の要所にも樹齢を重ねたであろう松が悠然と枝葉を振り構えている。
旧家ということだからきっと幾年も重ねた庭園だと思う。今でも腕の良い庭師によって手入れをされているのだろう。財政状況が良くないとのことだったけれども、これくらいの余裕はあるのかもしれない。
「外の空気の方が良いね。さて、怜弥は東屋かな。ついておいで」
「はい」
空気が良いとは言うけれど、やはり屋敷内の空気は陰鬱として澱んでいるように感じる。先ほどまでいた居室に比べれば軽やかなほどだけれど。
飛び石をゆっくりゆっくりと歩む。わざと歩きにくいように配されているためだ。そのうち苔むした東屋に行きあたった。静寂の中、蹲踞《つくばい》から流れ落ちる水の音だけが聞こえる。近くの小川からでも水を引いているのだろう。
背筋を伸ばし、白い寝巻きに身を包んだ男性が静かに佇んでいる。わたしの位置からでは顔が見えない。目前に構えた右手には雀が一羽とまっている。言葉にはなっていないけれど、まるで会話をしているように見えた。
その様子はきっと微笑ましく思うものなんだろう。凌恂様が笑みを浮かべている。
「怜弥」
「なんだ凌恂か。一人にしておいてくれと言ったのに」
振り向きもせずに凌恂様に返事をしている。人が二人も増えたというのに手に乗る雀は飛び立つ事なく忙しく首を動かしている。どうも同じ手に乗せられている餌をつつき始めているようだった。
この方が上月怜弥《こうづきれいや》様。
結婚という形だけの……わたしの夫になる男性なのですね。
八畳間の中ほどに立つ軍服姿の男性がいた。口振りからすると上月怜弥様ではないようだ。
巻木綿(包帯)からうっすらとその容姿が見える。白い軍服と白い手袋。肩には金糸の肩章。左胸にはいくつかの勲章をつけているが階級章はなかった。煌びやかな軍刀を手にしている。刀の拵えからや勲章からして下士官ではなく将校並みの階級なのかもしれない。
何とも美麗な男性だ。緩く波打つ髪が肩まで伸びて面長の柔らかい顔立ちを際立たせている。穏やかそうな目尻が少し垂れて物腰が優しい様は軍服と軍刀が似つかわしくなかった。
このような軍人は高輪家の酒席《パーティー》でも見る機会があった。わたしはあくまでも給仕をする使用人としてではあったけれど。
「あらあら。凌恂《りょうじゅん》様ではないですか。いつの間にお越しに? お勤めからお戻りになられたのですね」
「うん。ほんの今し方。庭から直接お邪魔させてもらったんだ。ギンコさん、突然すまないね」
二人の穏やかな口調に親しみが籠もっている。微笑み合う様子はまるで孫と祖母のような関係にも感じられた。それだけ仲が良いのだろう。
それにしても……この居室に入った瞬間に感じた空気のなんと重いこと。お屋敷に漂う陰鬱な気配がさらに増している。美男子も老婦人も何も感じてはいないのか分からないけれど普通にしている。
「怜弥様はどちらにいらっしゃいますでしょう? あらあら。掛け布団が」
質問の途中で乱れた布団に気づいた老婦人が落ち着いた様子で居室に敷かれたままの寝具へと歩み寄っていく。
八畳間の襖が取り払われて隣の八畳間と一部屋のようになっていた。一部屋には布団が敷かれ、枕元に薬袋《やくたい》と水差しが置かれ、もう一部屋には趣のある文机に書棚、透かし彫りが施された黒檀の座卓が置かれている。
「一人で庭を歩きたいと言うんでね。ここで待っている。珍しく気分がいいらしいよ。季節外れな雨もちょうどよく上がったしね。ふふ。まるで狐に嫁入りだね」
わたしを見ておもしろそうに破顔する美男子が眩しいです。外を見ると晴れているのに降る天気雨が終わっていた。
少し気になったことがあります。こちらの美男子は狐に嫁入りとおっしゃっていた。狐「の」嫁入りの間違いではないでしょうか?
「怜弥様が昼日中にお外を歩かれるなんていつぶりでしょう。喜ばしいことです」
「まったくだ。夜の勤めはともかく、放っておけばこの部屋から一歩も出ないからね」
夜の勤めとはなんでしょう?
病に臥して寝たきりという噂を聞いてはいましたが、夜になってからお勤めになるお仕事でもされているのでしょうか。
「あの……こちらのお方は?」
「ご紹介いたします。こちらに在わすお方は、す……」
乱れた掛け布団に手をかける老婦人の口元に白い手袋で覆われた人差し指がそっと添えられた。
「ギンコさん。僕が自分で自己紹介をしよう。見ての通り軍人だ。ちょっと特殊だけどね。怜弥とは幼い頃からの腐れ縁なんだ。僕のことは凌恂《りょうじゅん》と呼んでくれないかい?」
特殊な軍人というのはよく分からなかった。もしかしたら帝都を脅かす厄に関わるものなのかもしれない。
「かしこまりました。わたしはいかがしましょう?」
始めの挨拶をつつがなく行ったつもりが他人だったことに、どうするべきか分からずに聞いていた。
「さっき名乗っていた名前は聞き間違いかな? 怜弥の奥さんになる人は葵さんという名だったと思うんだけど。清浄の炎を発現する異能に恵まれた美しい女性と聞いていたけれど?」
別人だということを察せられても質問をする口調は穏やかなままだった。
「いえ。葵は双子の妹。わたしは姉の日向にございます。……申し訳ありません。わたしには高輪家の者ならば受け継がれる異能の力はございません」
「日向さんだね?(無能の異形と聞いていた通りか)怜弥の婚約者では? その目はどうしたんだい?」
「は、はい。たしかに婚約者として嫁がせていただきます。少々目を悪くしておりまして。お見苦しいので隠してはおりますが見えてはおりますので」
続けて聞かれる問いかけに即座に答える。高輪ではほんの少し答えが遅れただけでも叱責されていたから。とは言えわたしの瞳についての詳しいことは伏せておくしかない。
凌恂と呼ばれた軍人のわたしを見る目が訝しいものになっている。ある程度は知っているようだけれど最近の事情を知らないようだった。この人はどういう人なんだろう。
「早く治るといいね。それはともかくギンコさん。どういうことかな?」
「凌恂様が長らくお勤めの間に婚姻のお相手が変わったのでございます」
なんと言ったら良いか戸惑って上手く答えることのできなかったわたしの代わりに老婦人、ギンコさんが答えてくれた。
「はい。妹の葵は久世家に嫁ぐことになりました。代わりにわたしがこちらに」
「それはまた……」
凌恂様の整った目鼻立ちが崩れるほどに驚いている。
当然と言えば当然だ。そもそも婚姻相手を変えるなどそうそうあることではない。元々、久世家と高輪家の間で双方の利益と繁栄のためにお互いの長子を婚姻する約束を交わしていた。わたしたち双子が生まれる前のことだ。
婚姻を結ぶにあたって男子しか生まれなかった久世家は長男、高輪家では兄の次に生まれた長女のわたしとなった。だけれどもお父様にとっては双子が生まれることと、わたしのような異形の子が現れるのは想定外だったのだろう。まして生まれてから数ヶ月の間、わたしの目の色も形も変わる事はなく普通の赤子と変わらなかったのだから。
いずれにしろ久世家と高輪家は堅い協力のもと政財界でのし上がり名実ともに権力を手にしてきた。そして、数年前。高輪家の更なる繁栄のために上月家と妹の婚姻を結んだのだ。
長子同士の婚姻という約束はあったけれど、異形のわたしでは久世家にふさわしくなく、凋落する上月家と病に冒された後継者との婚姻にわたしは適任と判じられたのは間違いない。
「まあ。家同士の問題だからね。僕がどうこう言う事はない。怜弥は結婚に恵まれていないからね。少し……いや、だいぶ口が悪いやつだけど、できることならしっかりと支えてあげるような奥さんになって欲しいかな」
凌恂様の眼差しは優しくも真剣そのものだった。
それだけに思う。女性に対して冷酷でそれは手酷い扱いをするという、これまで聞いていた通りの噂は間違いないということを。
「はい。もちろんでございます」
どうあれ、わたしに選択できることなどなにひとつない。ただ目の前で起きることに従っていればいい。
「ん? なんだろう? まるで部屋の空気が澄んだような……」
凌恂様の整った高い鼻がスンと匂いを嗅いでいる。
わたしがこの居室に入った時は空気が澱んでいたように感じた。それはこのお屋敷に踏み入った時に寒気すら感じる体にまとわりつくような陰鬱な気配と同じものだった。
凌恂様のおっしゃる通り、確かにその気配が薄らいで和らいでいるように思う。なぜなのかは分からないけれど。
「せっかくですから空気を入れ替えて、主のいないお布団を干してしまいましょう。なかなかお部屋からお出にならない怜弥様の万年床にきのこが生えてしまいますからね」
「あっはっは。きのこはいいね。言っても怜弥の寝床から生えるきのこでは食中毒にでもなりそうだよ」
軽い笑いが居室に響いた。揶揄うような軽口を言える立場のお人なんだろう。ご友人なのかもしれないというのは感じられる。
「わたしもお手伝いをいたします」
掛け布団を持ち上げる老婦人の元へと歩み寄った。見れば敷き布団がふっくらしていそうだ。万年床と言うほど敷きっぱなしの状態でじゃないと思われる。しっかり清潔に保っているのだろう。
「いえいえ。到着早々、若奥様にそのようなことはさせられませんよ。少々お待ちくださいな」
ギンコさんが布団を抱えて。縁側へと足を進めている。
「ギンコさん、それなら後は僕に任せてくれないかな。日向さん、良ければ庭に出るかい? 怜弥のもとに案内するよ」
「はい……」
微笑んで頷くギンコさんを残し、凌恂様の後をついて庭園へと足を運んだ。
「素敵……」
思わず口を突いていた。
「立派だろう。上月家代々が自慢する庭園だからね。僕が自慢することじゃないけど」
それはそれは見事な庭園だった。
築山を背景に大池の周囲に四季に花咲く樹木が植えられている。池内の三箇所に石垣で島が造られ程よく剪定された松が植えられていた。池外の要所にも樹齢を重ねたであろう松が悠然と枝葉を振り構えている。
旧家ということだからきっと幾年も重ねた庭園だと思う。今でも腕の良い庭師によって手入れをされているのだろう。財政状況が良くないとのことだったけれども、これくらいの余裕はあるのかもしれない。
「外の空気の方が良いね。さて、怜弥は東屋かな。ついておいで」
「はい」
空気が良いとは言うけれど、やはり屋敷内の空気は陰鬱として澱んでいるように感じる。先ほどまでいた居室に比べれば軽やかなほどだけれど。
飛び石をゆっくりゆっくりと歩む。わざと歩きにくいように配されているためだ。そのうち苔むした東屋に行きあたった。静寂の中、蹲踞《つくばい》から流れ落ちる水の音だけが聞こえる。近くの小川からでも水を引いているのだろう。
背筋を伸ばし、白い寝巻きに身を包んだ男性が静かに佇んでいる。わたしの位置からでは顔が見えない。目前に構えた右手には雀が一羽とまっている。言葉にはなっていないけれど、まるで会話をしているように見えた。
その様子はきっと微笑ましく思うものなんだろう。凌恂様が笑みを浮かべている。
「怜弥」
「なんだ凌恂か。一人にしておいてくれと言ったのに」
振り向きもせずに凌恂様に返事をしている。人が二人も増えたというのに手に乗る雀は飛び立つ事なく忙しく首を動かしている。どうも同じ手に乗せられている餌をつつき始めているようだった。
この方が上月怜弥《こうづきれいや》様。
結婚という形だけの……わたしの夫になる男性なのですね。
