[シナリオ]朧廻国 心を繋ぐ双命の符

〇緋屋・帳場・朝
お祭りの翌日。朱音は日常に戻ろうとするが、白嶺にお面を付けてもらった時の「お姫さま」という言葉や手の温もりが忘れられず、帳場でも上の空で仕事をしている。

朱音(モノ)『お姫さま……って』

そこへ、黒霧の使役する蒼鴉から白嶺宛てに、昨夜都の結界の端に現れた「五格・煙蛇」に関する警告の書が届く。白嶺の表情に僅かな険しさが走る。一方で、朱音は茂助が何やら必死に古い帳簿の束を隠そうとしている不審な動きに気づく。足元のすす衆たちが朱音の裾を引いて教えてくれる。

すす衆「もすけ」「かくしてる」「もすけ、わるいこと」


〇緋屋・客間・昼前
朱音と白嶺が茂助を問い詰める。観念した茂助が、隠していた帳簿を差し出す。実は店の経営が少し傾いており、亡き父宗介が遺した古い研究費の未払いやその他ツケを、茂助が一人で補填しようと奔走していたことが発覚する。

茂助「朱音さんに余計な心配をさせたくなかったのです。お店のことは安心しろと、兄とも約束しましたから……」

叔父の不器用な愛情を知り、朱音の瞳が潤む。白嶺は差し出された帳簿をパラパラとめくり、いつもの涼しい顔で茂助を見る。

白嶺「茂助さん、この程度の穴埋めなら、陰陽寮からの補助費で十分に相殺できます。これからは妙な隠し事はやめてください。朱音さんが泣きそうな顔をしていますよ」

白嶺のスマートなフォローに、茂助は恐縮しつつも深く感謝し、朱音も驚きつつホッとする。


〇緋屋・帳場・昼過ぎ
茂助が隠していた宗介の古い書類の束の底から、一本の古びた巻物が見つかる。先代・宗介が「心契双命符(ヨミ:しんけいそうめいふ、もしくは、こころちぎりあわせのふ)」他、彼の研究していた記録と古い時代の呪についての古文書の写しや呪符を物理的に外すための解呪の条件の手がかり。朱音と白嶺がそれを広げて読み進める。そこに記されていた条件――それは『相手へのすべての執着、思慕、愛しみといった『情』を完全に断ち切ること』だった。術を解くには、お互いを「ただの赤の他人」として完全に無関心になるか、あるいは激しい拒絶によって感情をゼロにするしかないという、残酷な事実。

条件を読み、朱音は体に衝撃が走ったように凍りつく。白嶺への恋心を自覚し始めていた彼女にとって、「符を外すには、この人を好きになってはいけない」と言われたも同然だった。動揺する朱音に対し、白嶺は巻物を見つめたまま一瞬だけ目を伏せるが、すぐにいつもの飄々とした笑顔(外面モード)を浮かべる。

白嶺「なるほど、感情を断ち切る、ですか。要するに、朱音さんが私を徹底的に嫌いになってくだされば外れるということですね。お安い御用です。元々、私は君に嫌われているようなものですから」

冗談めかして笑う白嶺。だが、瞳の奥は全く笑っていない。朱音をこれ以上巻き込まないために、あえて突き放すような物言いをする白嶺の優しさが、朱音の胸をチクリと刺す。

朱音「……そう、ですね。それなら、すぐにでも外れそうです」

朱音もまた、自分の本心を隠すように強がって言い返す。二人の間に、どこか寂しく切ない空気が流れる。

〇緋屋・裏庭
一人、裏庭で箒を持って佇む朱音。足元では小火が心配そうに見上げている。
手首の緋色の呪布を見つめる。お祭りの夜、あれほど温かく感じられた繋がりが、今はひどくもどかしい。

朱音(モノ)『相手への感情を、完全に断ち切る……』
白嶺の、手や、お面をくれた時の穏やかな笑顔が頭をよぎる。
朱音(モノ)『――そんなの、結構難しい……よ……』
朱音の、切なく揺れるモノローグと共に、都の空を不穏な黒い霧(※煙蛇の接近および、それを操る青研の後ろ姿。左手で細長い針のような物を空に翳している)が覆い始める。

〇緋屋・店先・朝
前日に「感情を断ち切る」という条件を知った二人。朱音は白嶺への想いを封じ込めるため、朝から徹底的に冷たい態度を取ろうと決意する。朱音、いつもなら小火をからかう白嶺に突っ込むところを、あえて無視して淡々と挨拶だけを交わす。ぎくしゃく。

朱音「おはようございます、白嶺さん。お茶が入ってますので」
白嶺「……おはようございます。ご丁寧にどうも」※いつもの飄々とした笑顔だが、どこか余所余所しい

〇霞ノ都・商店街〜運河沿い・昼
買い出し中も、二人の間には会話がない。手首の緋色の呪布だけが、ダラリと二人の間を繋いでいる。
朱音が荷物を持とうとするのを、白嶺が「私が持ちます」と手を伸ばすが、朱音はそれを避けるように身を引く。

朱音「結構です。自分の荷物くらい自分で持てますから、構わないでください」
白嶺「……そうですか。では、お好きになさい」
朱音(モノ)「これで情がだんだんと薄れて、符が外れるはずだ」

その瞬間、二人の胸の奥に強烈な激痛が走る。以前も感じた心臓を直接握り潰されるような物理的な苦しみ。

朱音「あ、ぐ……っ、な、に、これ……」
朱音がその場に堪えきれずうずくまる。同時に、白嶺も胸を押さえて壁に手をつき、荒い息を吐く。
白嶺「はっ、はあ……くっ、……なるほど、そういうことですか」
白嶺が痛む身体を引きずり、朱音の側に駆け寄ってその肩を抱き寄せる。
お互いの身体が触れ合った瞬間、激痛が嘘のように引いていく。
朱音「はぁ、はぁ……っ。な、なんで……距離は離れていないのに……」
白嶺「……『心契双命符』は、私たちの命の回路を繋ぐもの。物理的な距離だけでなく、心が相手を激しく拒絶しようとすると、回路が拒絶反応を起こして、互いの心臓を攻撃する仕組みのようです」
朱音「なにそれ……」
感情を断ち切らなければ符は外れない。しかし、無理に拒絶しようとすれば、文字通り心臓が破裂しかけるほどの激痛が襲う。逃げ場のない呪いの檻に、二人は息を呑む。

〇緋屋・帳場
ぐったりとして店に戻ってきた二人。茂助や華音、あやかしたちが心配するが、理由は言えない。華音は二人の様子を「じーっ」と観察し、何かに気づいたような顔をする。白嶺は痛みの余韻に耐えながらも、朱音に静かに告げる。

白嶺「……無茶な拒絶は命に関わります。符を外すのは、少しずつ……本当に少しずつ、お互いへの関心を無くしていくしかなさそうですね」
朱音「……そう、ですね。分かりました」

触れ合えば痛みは消える。けれど、触れ合うたびに恋心は募ってしまう。どうしようもない矛盾に、朱音の胸は締め付けられる。

〇霞ノ都・上空〜どこかの廃屋
都を覆う黒い霧が、さらに色濃くなっていく。廃屋の闇の中。青研が妖しく光る細針を、生け捕りにした巨大な「煙蛇」の頭部に突き立てている。煙蛇が苦しみに身悶え、その眼が怪しく赤く染まる。

青研「さあ、お前の力を見せておくれ。緋屋の結界はもう虫食いだ。……白嶺が囲い込んでいるあの娘の真の価値を、試させてもらおうか」

青研の邪悪な笑みと共に、煙蛇が緋屋の方向へと動き出す引き。