[シナリオ]朧廻国 心を繋ぐ双命の符

〇緋屋・店先・朝
朱音の指の怪我から一夜明け、少し気まずい空気の朱音。
そこへ、白嶺がいつもと違う陰陽師の正装(白狩衣・襟元に国家陰陽寮の徽章付き)で現れる。隙のない佇まいに、朱音は一瞬気圧される。

白嶺「今日は都の結界の定期調査を行います。……というわけで、君も来てください」
朱音「は? なんで私がそんなお役所の仕事についていかなきゃいけないんですか」

白嶺、手首の緋色の呪布を軽く引いて見せる。

白嶺「忘れたのですか? 一定以上の距離が離れると互いに心臓が破裂します。お留守番は不可能ですから、大人しくついてきてください」

〇陰陽寮の出張所・昼
朱音、生まれて初めて陰陽師たちの職場に足を踏み入れる。緋屋での穏やかな空気とは一転、張り詰めた霊気と、厳格な陰陽師たちの姿。白嶺が現れた瞬間、周囲の若い陰陽師たちがピシッと頭を下げる。

下級陰陽師「白嶺様、お待ちしておりました。本日の調査区域の地図です」

白嶺、いつもの軽い笑顔ではなく、隙のない態度で淡々と指示を出す。

朱音(モノ)『……なにあれ。全然違う。やっぱり、お国に仕える偉い人じゃん……』

そこへ、大柄で無愛想な陰陽師・黒霧が歩いてくる。白嶺が朱音を手招きする。

白嶺「黒霧、ちょうどいい。紹介しておきます。こちら、しばらく私の面倒を見てくれることになった、緋屋の朱音さんです」

黒霧の目が鋭く朱音を捉える。黒霧は一瞬だけ目を見開く。

黒霧「……緋屋の……か」
朱音「え? 私のことご存じなんですか?」

黒霧、何かを言いかけるが、白嶺がさりげなく扇で黒霧の視線を遮るように動く。

黒霧「……いや。白嶺から、不細工な呪符のせいで身動きが取れなくなった商家の娘がいると聞いていただけだ」
朱音「ぶ、不細工って……! 酷い!」

黒霧、朱音のその怒り顔をじっと見た後、フッと僅かに表情を緩める。

黒霧「……まあ、足手まといにならないように気をつけることだ」

そう言って去っていく黒霧。朱音は、なぜ彼が自分を見てあんなに驚いたのか、小さな違和感を覚える。

〇霞ノ都・境界近くの寂れた墓地・夕方
結界の調査を終え、帰り道を歩く二人。朱音は白嶺の仕事ぶりに圧倒され、少し無口になっている。
墓地の片隅、ゴミ捨て場の近くで、朱音の足がピタリと止まる。
浅い泥の中に、小さな「あやかしの骸」が横たわっている。おそらく一格かそれ以下の下格の、人畜無害な小動物型(うさぎっぽい)のあやかし。身体が干からび、霊力が無理やり吸い尽くされたような無残な姿をしている。

朱音「……っ」

朱音は荷物を地面に置き、泥で汚れるのも構わずにその場にしゃがみ込む。

白嶺「――それはもう魂の抜けた殻です。触っても意味はありませんよ」

白嶺の声は冷淡だが、朱音はそれを無視する。落ちていた綺麗な木の葉を骸の上にそっと被せ、泥を払い、静かに両手を合わせて目を閉じる。

朱音(モノ)『苦しかったかな……どうか、次は静かな場所に生まれてね』

泣くのを必死に堪え、小さな声で祈りを捧げる朱音。
白嶺は、その姿をただ黙って見つめている。
(兵器として弄ばれるくらいならいっそ祓って殺す方が慈悲だ、そう考えて戦ってきた白嶺にとって、あやかしの死を一つの命として心から悲しみ、悼む朱音の姿は、あまりにも眩しく、そして胸を締め付けるものだった)白嶺の瞳に、複雑な、そして切ない色が浮かぶ。しかし、朱音が顔を上げたときには、いつもの読めない表情に戻っている。

白嶺「……気が済みましたか。行きましょう。霞が濃くなってきました」

白嶺が歩き出そうとした瞬間、周囲の霞が急激に黒く濁り、異様な重圧が立ち込める。
小火が朱音の懐で激しく震え、水路の水が逆流し始める。
白嶺、瞬時に朱音の前に飛び出し、扇を鋭く構える。

白嶺「……チッ、定期調査の網をすり抜けた野良ですか。格は四格……悪鬼級ですね」

闇の奥から、巨大な異形の影が這い出てくる。

白嶺「朱音さん、私の後ろから一歩も動かないでください!」

白嶺の目が、完全に冷酷な祓い師のそれに変わる。巨大な悪鬼(四格)が低い咆哮を上げ、二人に向かって飛びかかってくる。朱音は小火(こび)を胸に抱き込み、言われた通り白嶺の後ろで身をすくめる。白嶺は一切慌てることなく、手にした扇を軽く振るう。朱音には術の理屈も呪文の意味も全く分からないが、ただ恐ろしいほど純度の高い、冷たい霊力が白嶺から立ち上るのを感じる。

白嶺「……折角現世に這い出てきたのに澱んだ魂では、使い道もありませんね」

白嶺の表情からは先ほどまでの軽口も、朱音に見せていた人間味も完全に消え失せている。あるのは、ただ対象を無に帰すための絶対的な冷酷さのみ。白嶺が放った白焔(白い炎のような術)が、悪鬼の四肢を正確に、かつ残酷に削ぎ落としていく。悲鳴を上げる悪鬼に対し、白嶺は眉一つ動かさず、むしろその苦しみを見下ろすように淡々と術を重ねる。

朱音(モノ)『……これが、陰陽師。これが、この人の本当の戦い方……』

圧倒的で容赦のない蹂躙。朱音は敵への同情よりも、今まで隣にいた男の底知れない凄惨な顔に本能的な恐怖を覚え、一歩後ずさる。
追い詰められ、四肢を失いかけた悪鬼が、最後の力を振り絞って暴走。白嶺の死角を突き、後方にいる力の塊(朱音と小火)へ向かって漆黒の靄※触手のような攻撃 を放つ。

白嶺「——っ!!」

朱音が咄嗟に身を捩るが、靄の先端が朱音の右肩口を鋭く掠め、着物を裂いて浅く肉を裂く。

朱音「っ……!」

その瞬間。白嶺の右肩からも同じように血が吹き出す。痛みそのものよりも、自分を前にして他者が傷つけられたという事実が、白嶺の理性を完全に焼き切る。白嶺の纏う空気が一変する。冷酷な祓い師から、怒り狂う修羅そのものへ。

白嶺「貴様……」

朱音が見たこともないほどのおぞましい気迫。白嶺は呪文を詠唱する手間すら省き、直接扇を悪鬼の核へと深々と突き立てる。白光が爆発し、悪鬼は断末魔を上げる間もなく、塵一つ残さず完全に消し炭となる。霞が晴れ、静寂が戻る。鳥(カケスみたいな鳴き声。ジャーとかジェ――とか)朱音は肩を押さえながら、その場にへたり込んでいる。

先ほどの白嶺のあまりにも苛烈な姿に圧倒され、声も出せない。白嶺がゆっくりと振り返り、朱音の方へ歩み寄ってくる。朱音は思わず身体をビクッと強張らせる。しかし、朱音の前に膝をついた白嶺の顔には、修羅の気迫も、陰陽師の冷徹さも欠片も残っていなかった。白嶺の瞳は大きく揺れ、その手は微かに震えている。

白嶺「……朱音さん」

白嶺が、自身の右肩から血を流していることなど全く気にも留めず、朱音の右肩の傷にそっと、本当に壊れ物に触れるかのように手を当てる。その声はひどく掠れ、酷く痛みに歪んでいる。それは共有された肩の痛みのせいではなく、彼自身の心が軋んでいる音。朱音は目を丸くする。先ほどまであんなに残酷に敵を蹂躙していた男が、今はまるで迷子になった子供のように、自分を傷つけてしまったことを深く悔い、必死に癒そうとしている。白嶺の指先から、温かく優しい「心癒」※治癒 の術の光が流れ込み、朱音の傷を塞いでいくと同時に白嶺の傷も塞がる。

朱音(モノ)『……あんなに冷たい顔で戦っていたのに。私に触れる手は、どうしてこんなに震えてるの……?』

白嶺が安堵の息を吐き、朱音を庇うようにその身をそっと抱き寄せる。重なり合う胸の奥から、ドクン、ドクンと、自分のものではない強い鼓動の音が響いてくる。朱音の心に、恐怖とは全く違う、甘く切ない感情が落ちてくる。←ここで朱音の恋心の芽生え