[シナリオ]朧廻国 心を繋ぐ双命の符

〇霞ノ都・橙小路〜商店街・昼
朱音が買い物籠を手に歩いている。その後ろを、両手に大量の荷物を持った白嶺が従う。二人の手首は例の緋色の呪布で繋がっている。距離制限のせいで行動を共にせざるをえないので、朱音は白嶺を丁稚のように扱い、日頃の鬱憤をぶつけるように八つ当たりしている。

朱音「ほら、次あっちの薬種問屋行きますよ! 遅れないでください!」
白嶺「おやおや、手厳しい。これでも一応、お国に仕える身なのですがねえ」※涼しい顔で荷物を持っている

近所の八百屋や長屋のおばちゃんたちが、二人の姿を見つけて声をかけてくる。

おばちゃん「あら朱音ちゃん、今日も男前な旦那さんと一緒かい。仲が良いねえ!」
朱音「違います! この人はただの居候で……!」
おばちゃん「白嶺さんは愛想も良いし、帳面も見てくれるんだろ? 亡くなった宗介さんも草葉の陰で喜んでるよ。あんた、もうこのまま緋屋の婿に入っておくれよ」

白嶺、満面の笑みで調子を合わせる。※外面モード

白嶺「お気遣いありがとうございます。至らぬ身ですが、緋屋のために粉骨砕身する所存です」
おばちゃんたち「まあまあ、なんて出来たお人だこと!」

朱音、顔を真っ赤にして一人で怒り狂う。

朱音(モノ)『なんなのあの人……! 外面だけは一丁前によくって、みんな騙されてるんだから!』


〇緋屋・帳場・昼前
白嶺が帳場に座り、恐るべき速度と正確さで帳簿を整理している。茂助がその手際の良さに、算盤を片手に感心しきっている。すす衆たちが白嶺の肩のあたりからのぞき込んでいるが、白嶺はスルーしている。

茂助「いやはや白嶺さん、お見それしました。陰陽師様であるにもかかわらず、商家の帳簿まで完璧にこなせるなんで。正直めちゃくちゃ助かります」 ※居候初日より少し態度が緩和

白嶺「これくらいはお安い御用です。居候の身ですから」 ※にこにこと愛想よく笑っている

〇緋屋・台所(同時刻)
帰宅した朱音が昼ごはんの準備をしている。今日は比較的体調が良い華音も台所に立ち、楽しそうに野菜を刻むのを手伝っている。

華音「お姉さま、さっきすごい怒って帰ってきたって、すす丸たちが言ってたよ」
朱音「それは、あの白嶺さんがおばちゃんたちに変な吹き込み方をするからで……っ」

朱音が包丁を動かしながら愚痴を言っている最中、華音がふっとよろめく。

華音「あ……、ごめんなさい、ちょっと立ち眩み……」
朱音「華音!? 危ない——」

慌てて華音の身体を支えようとした瞬間、朱音の手元が狂う。
ざくっ、と鈍い音。包丁の刃が朱音の左の人差し指を深く捉える。

朱音「あ痛っ……!」

ポタポタとまな板に鮮血が落ちる。


〇緋屋・帳場・同時刻
帳簿に筆を走らせていた白嶺の手が、ピクリと完全に静止する。

茂助「白嶺さん……?」
白嶺が自分の左手を見る。何も触れていないはずの人差し指の先から、ツッと赤い血が滲み出し、帳簿の紙に一滴落ちる。
白嶺の顔から、一瞬で笑顔が消え失せる。底冷えするような目、あるいは強烈な焦燥。

茂助「えっ!? ど、どうされましたその血! どこで怪我を――」

白嶺は茂助の言葉を遮り、無言で立ち上がると、迷いのない足取りで台所へと向かう。


〇緋屋・台所・同時刻
華音を椅子に座らせ、朱音が布で指の傷を押さえている。

華音「姉さま、ごめんなさい、私のせいで……」
朱音「大丈夫、大したことないから。それより華音は大人しくして――」

そこへ、白嶺が静かに、しかし有無を言わせぬ威圧感を纏って入ってくる。

朱音「白嶺さん……?」

白嶺が朱音の前に膝をつき、黙って朱音の左手首を掴む。

朱音「な、なんですか急に」

白嶺が、自身の左の人差し指を朱音に見せる。朱音と全く同じ位置から、新鮮な血が流れている。

朱音「……あ」

白嶺の声音は、いつもの飄々とした軽さがなく、低く硬い。

白嶺「……改めて思い知りました。私たちの命は今、完全に一つだということを」

朱音、言葉を失う。

白嶺「君が傷つけば、私も傷つきます。君が死ねば、私も死にます。自分だけ(・・・・)の身体だと思わないでください」

白嶺は懐から白い懐紙を取り出すと、朱音の傷口を驚くほど手慣れた動きで、強く縛って止血する。朱音が痛みに顔を顰めると、白嶺も同時に僅かに眉を寄せる。白嶺の表情には、怪我をされたことへの微かな怒りと、自分たちの逃れられない現実への複雑な感情が入り混じっている。

朱音(モノ)『……本当に、心臓が繋がっているんだ』

じわじわと滲む傷の痛みを、二人で同時に感じながら、朱音は呪符の持つ本当の重みを改めて思い知る。

華音「……ふふっ」

静まり返った台所に、突然、華音の小さな笑い声が響く。
朱音と白嶺が同時に華音を見る。華音は頬杖をついてにこにこしている。

華音「なんだか、物語のお姫様(おひいさま)公達(きんだち)みたいだね」
朱音「は、はあ!?」

一気に顔を赤くして、朱音が白嶺から手を引っ込めようとする。が、白嶺は涼しい顔のまま、その手をがっちりと掴んだまま離さない。

白嶺「動かないでください、傷が開きます」
朱音「も、もう血は止まりましたっ! 華音も変なこと言わないの!」
華音「だって、白嶺さん、姉さまのことすっごく大事そうに見てるから」
朱音「っ……!」

朱音が慌てて白嶺を見上げる。白嶺の表情は相変わらず読めない。飄々とした、いつもの涼やかな顔だ。

白嶺「……自分の体が傷つくのはご免ですからね。大事にするのは当然でしょう」

口ではそう憎まれ口を叩きながらも、包帯代わりに布を巻く白嶺の指先は、朱音の傷を庇うようにどこまでも優しい。

朱音(モノ)『……心臓に悪いのは、絶対、呪符のせいだ』