〇緋屋・帳場・朝
白嶺が居候を開始して翌日。帳場の隅に白嶺が座っている。茂助が算盤を弾きながら白嶺をちらちら見ている。すす丸・すす次・すす三が白嶺の周りをうろうろしている。白嶺はあやかしを見て見ぬふりをしている。金魚鉢の中でにゃあ(水猫)がぷかぷか浮いている。小火が金魚鉢の縁に乗ってにゃあを覗き込んでいる。白嶺が自分の左手首と朱音の右手首を緋色の呪布(切れない。一般人には見えない。朱音には見える。概念的な物で、建具などは通過。あくまでも二人の距離を強制的に離されない為の術。数町の長さで5町以下まで伸びる)固く結びつけている。朱音の肩越しから華音が顔を出す。白嶺を見て、じっと観察する。
華音「姉さまに何かしたら承知しませんから」
白嶺「もちろん、妙な真似はしませんよ。誓って」
茂助が遠くで心配そうな顔でうんうんと頷いている。
華音が白嶺に向かってあかんべーをして引っ込む。
店先に人影。出迎える朱音。背の高い男が立っている。黒地に金の紋様の狩衣。切れ長の目に薄い笑み。白嶺と同じ陰陽師だが纏う空気がどこか暗い。
青研「やあ、白嶺。大変な事になったと聞いてね」
白嶺の表情が変わる。笑顔のまま※目は笑っていない
白嶺「青研。何の御用ですか」
青研「用って? 友の顔を見に来ただけだよ」
青研の視線が白嶺の隣の朱音に向く。
青研「これが……なるほど、確かに面白い異能だ」
朱音(モノ)『……この人、なんか、いや、だ』
にゃあが金魚鉢の底に沈む。小火と座敷すす衆が一斉に気配を消す。
朱音(モノ)『こびまで……あやかしたちが怯えてる』
青研が朱音に近づこうとする。
青研「少し話を——」
その瞬間。白嶺の手が朱音の肩を掴む。朱音の体が後ろに引かれる。気づいたときには白嶺の背中が目の前にある。白嶺が朱音と青研の間に割り込んでいる。身体ごと朱音を遮っている。
朱音「——っ」
青研が目を細める。
青研「……へえ」※何かを確認したような顔
白嶺「この家の者に用があるなら、私を通せ」
青研「おや、随分と熱心だね。符の所為かな、それとも——」
白嶺「青研」※一言で遮る。声のトーンが下がる
青研が肩を竦める。
青研「分かった分かった。今日は顔を見に来ただけだよ」
踵を返しながら、朱崇が独り言のように言う。
青研「——この辺りのあやかしは妙に大人しいだろう? 随分、使い勝手が良さそうだなと」
白嶺の表情が、微かに固くなる。
青研が霞の中に消えていく。
朱音が白嶺の背中を見ている。白嶺はまだ朱崇が消えた方向を見ている。
朱音「……今の人、誰ですか」
白嶺「私の同業……陰陽師ですよ」
朱音「そんなの陰陽寮の紋付き徽章を見れば、子供だって分かりますよ」
※徽章は帯留めみたいな感じで使用する人もいる。衣服のどこかに付けている。白嶺は襟元。
白嶺が踵を返して縁側に向かう。
朱音(モノ)『……説明する気、まったくないんだこの人』
朱音「ちょっと、待ってください」
白嶺が足を止める。振り返らない。
朱音「あの人が来てから、うちのあやかしたちが全員気配を消しました。怯えてたんです」
白嶺の背中が、一瞬止まる。
朱音「貴方が来ても逃げたりなんかしなかったのに」
白嶺「……気にしないでください」
朱音「気にします」
白嶺「君には関係ないでしょう」
朱音「こび、凄く怯えていました。なので、ものすごーく関係あります」
白嶺がゆっくり振り返る。朱音を見る。白嶺は溜息を吐く。
白嶺「……青研は、あやかしを道具として使う男なんです」
朱音の顔が変わる。
朱音(モノ)『使う——あやかしを』
白嶺「だから近づかない方が良いです。君の異能は、あの男には都合が良すぎます。下格のあやかしとはいえここまで使役しているのは珍しいですから」
白嶺がそれだけ言って縁側に腰を下ろす。それ以上は話す気がない顔。
朱音が白嶺の横顔を見ている。
朱音(モノ)『使役なんて、してない。お友達だもの……』
小火が朱音の足元に来て、朱音の裾を引く。
〇緋屋・風呂・夜
朱音「絶対見ないでくださいね!」
湯の中に使っている朱音。外の風呂焚口で白嶺が火を焚いている。
白嶺「安心してください、生憎と、貧相な身体には興味が無いんです」
朱音「――!」
朱音、ざぶんと水しぶきをあげつつ湯の中に顎まで浸かる。たぷと水猫と小火が湯殿で遊んでいる。
朱音(モノ)『あやかしを使う陰陽師——』
朱音(モノ)『こびのお母さんを一方的に祓ったのも、陰陽師だった。祓うのも使うのも——人間の都合なのに』
朱音「……ねえこび、怖かった?」
小火がくーんと首を傾げる。朱音が天井を見上げる。
朱音(モノ)『白嶺さんは——あの人とは違うとは思う。陰陽師……だけど』
朱音(モノ)『……信用できるかどうかは、別の話』
霞越しの月が、外に居る白嶺を静かに照らしている。
黒影の使役する蒼鴉が何かの書を運んできて、白嶺の足元に落とす。
内容を確認した白嶺は紙を握りつぶし、焚口へと放る。
白嶺が居候を開始して翌日。帳場の隅に白嶺が座っている。茂助が算盤を弾きながら白嶺をちらちら見ている。すす丸・すす次・すす三が白嶺の周りをうろうろしている。白嶺はあやかしを見て見ぬふりをしている。金魚鉢の中でにゃあ(水猫)がぷかぷか浮いている。小火が金魚鉢の縁に乗ってにゃあを覗き込んでいる。白嶺が自分の左手首と朱音の右手首を緋色の呪布(切れない。一般人には見えない。朱音には見える。概念的な物で、建具などは通過。あくまでも二人の距離を強制的に離されない為の術。数町の長さで5町以下まで伸びる)固く結びつけている。朱音の肩越しから華音が顔を出す。白嶺を見て、じっと観察する。
華音「姉さまに何かしたら承知しませんから」
白嶺「もちろん、妙な真似はしませんよ。誓って」
茂助が遠くで心配そうな顔でうんうんと頷いている。
華音が白嶺に向かってあかんべーをして引っ込む。
店先に人影。出迎える朱音。背の高い男が立っている。黒地に金の紋様の狩衣。切れ長の目に薄い笑み。白嶺と同じ陰陽師だが纏う空気がどこか暗い。
青研「やあ、白嶺。大変な事になったと聞いてね」
白嶺の表情が変わる。笑顔のまま※目は笑っていない
白嶺「青研。何の御用ですか」
青研「用って? 友の顔を見に来ただけだよ」
青研の視線が白嶺の隣の朱音に向く。
青研「これが……なるほど、確かに面白い異能だ」
朱音(モノ)『……この人、なんか、いや、だ』
にゃあが金魚鉢の底に沈む。小火と座敷すす衆が一斉に気配を消す。
朱音(モノ)『こびまで……あやかしたちが怯えてる』
青研が朱音に近づこうとする。
青研「少し話を——」
その瞬間。白嶺の手が朱音の肩を掴む。朱音の体が後ろに引かれる。気づいたときには白嶺の背中が目の前にある。白嶺が朱音と青研の間に割り込んでいる。身体ごと朱音を遮っている。
朱音「——っ」
青研が目を細める。
青研「……へえ」※何かを確認したような顔
白嶺「この家の者に用があるなら、私を通せ」
青研「おや、随分と熱心だね。符の所為かな、それとも——」
白嶺「青研」※一言で遮る。声のトーンが下がる
青研が肩を竦める。
青研「分かった分かった。今日は顔を見に来ただけだよ」
踵を返しながら、朱崇が独り言のように言う。
青研「——この辺りのあやかしは妙に大人しいだろう? 随分、使い勝手が良さそうだなと」
白嶺の表情が、微かに固くなる。
青研が霞の中に消えていく。
朱音が白嶺の背中を見ている。白嶺はまだ朱崇が消えた方向を見ている。
朱音「……今の人、誰ですか」
白嶺「私の同業……陰陽師ですよ」
朱音「そんなの陰陽寮の紋付き徽章を見れば、子供だって分かりますよ」
※徽章は帯留めみたいな感じで使用する人もいる。衣服のどこかに付けている。白嶺は襟元。
白嶺が踵を返して縁側に向かう。
朱音(モノ)『……説明する気、まったくないんだこの人』
朱音「ちょっと、待ってください」
白嶺が足を止める。振り返らない。
朱音「あの人が来てから、うちのあやかしたちが全員気配を消しました。怯えてたんです」
白嶺の背中が、一瞬止まる。
朱音「貴方が来ても逃げたりなんかしなかったのに」
白嶺「……気にしないでください」
朱音「気にします」
白嶺「君には関係ないでしょう」
朱音「こび、凄く怯えていました。なので、ものすごーく関係あります」
白嶺がゆっくり振り返る。朱音を見る。白嶺は溜息を吐く。
白嶺「……青研は、あやかしを道具として使う男なんです」
朱音の顔が変わる。
朱音(モノ)『使う——あやかしを』
白嶺「だから近づかない方が良いです。君の異能は、あの男には都合が良すぎます。下格のあやかしとはいえここまで使役しているのは珍しいですから」
白嶺がそれだけ言って縁側に腰を下ろす。それ以上は話す気がない顔。
朱音が白嶺の横顔を見ている。
朱音(モノ)『使役なんて、してない。お友達だもの……』
小火が朱音の足元に来て、朱音の裾を引く。
〇緋屋・風呂・夜
朱音「絶対見ないでくださいね!」
湯の中に使っている朱音。外の風呂焚口で白嶺が火を焚いている。
白嶺「安心してください、生憎と、貧相な身体には興味が無いんです」
朱音「――!」
朱音、ざぶんと水しぶきをあげつつ湯の中に顎まで浸かる。たぷと水猫と小火が湯殿で遊んでいる。
朱音(モノ)『あやかしを使う陰陽師——』
朱音(モノ)『こびのお母さんを一方的に祓ったのも、陰陽師だった。祓うのも使うのも——人間の都合なのに』
朱音「……ねえこび、怖かった?」
小火がくーんと首を傾げる。朱音が天井を見上げる。
朱音(モノ)『白嶺さんは——あの人とは違うとは思う。陰陽師……だけど』
朱音(モノ)『……信用できるかどうかは、別の話』
霞越しの月が、外に居る白嶺を静かに照らしている。
黒影の使役する蒼鴉が何かの書を運んできて、白嶺の足元に落とす。
内容を確認した白嶺は紙を握りつぶし、焚口へと放る。



