[シナリオ]朧廻国 心を繋ぐ双命の符

〇緋屋・朱音の部屋・夜
朱音が床についている。小火が枕元で丸くなっている。すす衆が部屋の片隅でぽわぽわ浮かんだり地に落ち畳に転がったり。

〇過去回想・橙小路の路地裏・昼(朱音6歳)※朱音の夢
路地裏。物陰に幼い朱音と華音が身を寄せ合っている。朱音が華音の口を手でそっと塞いでいる。「しっ」という顔。
路地の奥。黒装束の陰陽師が符を構えている。その前に——毛並みの美しい白い妖狐が追い詰められている。妖狐の後ろ足には幼い子狐。必死に親の後ろに隠れている。陰陽師が符を放つ。白い光。妖狐が声もなく倒れる。

幼い朱音「——っ」

華音が声を殺して泣き始める。朱音が華音をきつく抱きしめる。陰陽師が一瞬だけ影に隠れている朱音と華音を一瞥後、立ち去る。路地に静寂が戻る。子狐だけが残されている。倒れた親の周りをくるくると回って、鼻先でそっと突いている。くーん、くーん、と小さく鳴きながら。

幼い朱音(モノ)『起きないよ。もう、起きないんだよ——』

朱音が物陰からそろそろと出ていく。華音がその袖を掴んでついてくる。
朱音がしゃがんで子狐に手を差し伸べる。朱音の指先から優しい光が溢れて子狐の首にクルリと巻き付く。子狐が顔をあげ、震えながら朱音の手に頭を押しつける。

幼い朱音「……うちにくる?」※泣きながら
華音がわっと声を上げて泣く。朱音も泣いている。二人で子狐を包むように抱きしめる。

〇緋屋・朱音の部屋・夜・現在
朱音がはっと目を覚ます。枕元で寝ていた小火がくーんと鳴く。朱音の顔を舐める。

朱音「……こび」
朱音が小火をそっと抱きしめる。
朱音(モノ)『あの日から、こびはずっとうちにいる。あのときの小さな妖狐が——こびだから』
朱音が天井を見上げる。
朱音(モノ)『水猫、ちゃんと逃げられたかな……』

〇霞ノ都・運河沿い・深夜
朱音が一人で運河沿いを歩いている。着物の上に羽織を引っかけただけの格好。小火が朱音を引き留めようと袖にぶら下がっている。
朱音(モノ)『ちょっと確認するだけ。すぐ帰るから』
水面を覗き込む。水草の影に水猫がいる。朱音を見て耳をぱたぱたさせる。
朱音「よかった、いた」※ほっとした顔
朱音がしゃがんで水猫と目線を合わせる。
朱音「ねえ、うちに来る? 水のあやかしもいるよ。たぷっていうんだけど——気が合うかもしれない」

水猫がじっと朱音を見ている。

朱音「無理にとは言わないけど——」

水猫の目が朱音の背後に向く。耳が寝る。

朱音(モノ)『——?』

朱音がゆっくり振り返る。闇の中から悪鬼が現れる。人の形をしているが顔がない。黒い靄を纏っている。四格(あやかしの格で最上格→上格→中格→四格→三二一→下格※朱音の周りにいるあやかしは一格か二格)寄りの強い野良の悪鬼。異様な圧。朱音の足が竦む。

朱音(モノ)『——なにこの重さ』

悪鬼が朱音に向かってゆっくり近づいてくる。
水猫が朱音の足元で震えている。

朱音(モノ)『逃げなきゃ。でも——』

朱音が水猫を抱き上げて胸に庇う。
悪鬼が腕を伸ばす。朱音に触れる寸前——

白嶺「遅い」

白嶺が悪鬼と朱音の間に割り込む。扇を一閃。悪鬼が弾き飛ばされる。

朱音「——っ、あなたは」
白嶺「はあ、こんな夜中に一人で何をしているんですか」※呆れた様子

悪鬼が体勢を立て直して再び迫ってくる。白嶺が追加の符を構える。その瞬間——朱音の体から異能が溢れ出す。恐怖と怒りが引き金になっている。白い光が朱音の指先から迸る。

朱音「——な、何これ」

霊力が制御を失って膨張し始める。水猫が朱音の腕の中で震えている。悪鬼が異能の光に引き寄せられるように向きを変える。

白嶺「っ、暴走ですか」

白嶺が素早く朱音の前に立つ。懐から符を取り出す。通常の封符とは紋様が違う、古い符。

朱音「何を——」
白嶺「動かないでください。一瞬で済みます」

白嶺の手が朱音の胸元に符を押し当てる。白嶺の手が朱音の着物の胸ぎりぎりに触れている。朱音が反射的に目を閉じる。
このとき白嶺の表情が一度だけ真剣になる。飄々とした仮面が、この一瞬だけ外れている。符が強く光る。霊力の暴走が静まっていく。同時に白嶺が悪鬼に向き直り、扇を大きく一振りする。白焔が走る。悪鬼が消える。朱音が膝をつく。右手の甲に小さな怪我→痣。水猫が朱音の膝の上に収まっている。

白嶺「……一時的に君の異能を封じました。応急処置です」
朱音「応急処置? お札みたいなの胸にくっついているんですけど……」 ※肌に札が癒着している感じ
白嶺「そのうち外れます」
白嶺の目が一瞬だけ逸れ、そのまま立ち上がって踵を返す。
白嶺「このまま真っすぐ帰って、今夜は大人しくしていなさい。嫁入り前の娘が、一人で出歩くなど感心しません」
朱音(むっとした顔で)「……言われなくても」
白嶺の後ろ姿が霞の中に消えていく。
朱音(モノ)『……偉そうに』

朱音が膝の上の水猫を見る。水猫がくりっとした目で朱音を見返している。

朱音「お前やっぱり……うち、来る?」

水猫がぱたぱたと尾びれを動かす。

朱音「にゃあ、でいいかな名前」

〇玄廊・白嶺の部屋・翌朝 ※陰陽寮みたいなこの世界における陰陽師たちの国営官舎
白嶺が自分の右手を見ている。手の甲に痣がある。昨夜、朱音が地面に膝をついた時についた痣と——同じ形、同じ位置。

白嶺(モノ)『……まずいな』
部屋の入口に黒霧(くろぎり)(白嶺の仕事上のバディ)が立っている。
黒霧「昨夜の件の報告、聞かせろよ」
白嶺が手を隠しながら振り返る。
白嶺「特に問題ないですよ」
黒霧の目が白嶺の手に向く。
黒霧「……その痣は?」
白嶺が扇で手を隠す。
白嶺「虫刺されです」※笑顔
黒霧「……」※全く信じていない目

〇緋屋・朱音の部屋・同時刻
朱音が着替えながら胸元の符に触れている。符の周りが微かに光っている。
水猫が金魚鉢の中で丸くなっている。小火が水猫の隣で目を細めている。
朱音「……外れてないじゃない」

〇緋屋・店先・翌朝 
緋屋の店先。白嶺が立っている。相変わらず飄々としている。朱音が引き攣った顔。

白嶺「昨晩ぶりですね。緋屋朱音(ひやあかね)さんしばらく此方で厄介になります」
朱音「いきなり、どういうことですか!」
白嶺が朱音の手首を軽く押さえて落ち着かせる。
白嶺「符の件で説明があります」
朱音「説明って——そのうち外れるって言いましたよね」
白嶺「言いましたが…………少し、複雑な状況になりました」
白嶺が自分の手の甲の痣を朱音に見せる。
朱音が自分の手の甲を見る。同じ位置、同じ形の痣。
朱音「……同じ」
白嶺「どうやら、私と君の心臓が、繋がってしまいましてね……そしてそれを互いに認識した今、これ以降、私たちの傷は共有されますし、距離が一定以上離れると強制的に呪が発動します」
朱音「…………えっと? 何を言っているのか全然分りませんけど商売の邪魔になるので」
朱音が白嶺を店の外に押し出す。
朱音「出て行ってください」 
ピシャリと引き戸を閉める朱音。
朱音(モノ)『なんなの、朝から変な冗談——』
朱音が店の奥へ向かって数歩歩き出し。
朱音「え……っ!?」
胸の奥を直接鷲掴みにされたような激痛。朱音がその場にうずくまる。
着物の胸元から、白嶺のいる店先の方向へ向かって、赤黒い霊線の細い鎖が浮かび上がり、ギリギリと引き伸ばされて火花を散らしている。
朱音「あ、ぐ……っ、息、が……!」
心臓が強制的に止められるような苦痛。引き戸が乱暴に開き、顔を歪めた白嶺が飛び込んでくる。白嶺の胸元からも同じ鎖が伸びている。白嶺が朱音の側に膝をつき、強引にその肩を抱き寄せる。距離がゼロになった瞬間、赤い鎖がふっと消え、激痛が嘘のように引く。

朱音「はぁっ、はぁっ……な、なに、今の……」
白嶺「……はぁ。だから、言ったでしょう」

白嶺の額にも冷や汗が滲んでいる。しかし声は努めて冷静。

白嶺「私の術符と、君の異能が暴走状態で絡み合った。結果、私たちの命は今、ひとつの霊的な水路を共有しています。五町(約500メートル)以上離れれば完全に回路は引きちぎられ、互いの心臓が破裂します」
朱音「……っ」

白嶺が朱音の腕をそっと離す。二人同時にホッと息をつく。
白嶺「そういうわけで、しばらく此方で厄介になります」
朱音「……嘘でしょ」

〇緋屋・客間
茂助が仁王立ちで白嶺の前に立っている。すす三が茂助の足元にくっついている。

茂助「朱音さんに何かしたら、承知しませんから」
白嶺「ご心配なく」※にこりと笑う

小火が白嶺の前でシャーッとしている。
白嶺が小火を見る。数秒の沈黙。白嶺が視線を逸らす。朱音が胡散臭い顔でそれを見ている。

朱音「小火を、祓わないんですか」
白嶺「祓うほどのモノではないでしょう」
朱音の目が少しだけ柔らかくなる。ほんの少し。自分でも気づいていない。
荷物を整理していた白嶺が腰を下ろす。すす丸・すす次・すす三が遠巻きに見ている。
白嶺(モノ)『……繋束(けいそく)の異能……。下格とはいえこんなに多くものあやかしを使役しているとは……』

白嶺が格子窓に寄りかかり巻物に筆を走らせている。手を止め空を見上げる。
朱音が正座した状態で白嶺の横顔を見ている。

朱音(モノ)『心臓が繋がったなんて——』
白嶺の横顔。何かを考えている顔。白嶺の手の甲の痣が良く見える。
朱音(モノ)『——どうなるのこれから』