〇朧廻国・霞ノ都・橙小路・夕方※朱音と白嶺の最初の邂逅場面
霞が低く漂う和風異世界の都(江戸末期から明治初期位。あやかしと人間は互いの存在を認識している)。運河沿いの平屋町並み。提灯に火が入り始める時間。水面に黄昏の空が映りこんでいる。朱音が小火(妖狐の子供でもふもふ)を胸に抱きしめ、白嶺を真正面から睨んでいる。白嶺は扇を開いたまま、口の端だけわずかに上げている。二人の間に白い霞が揺れる。
〇霞ノ都・橙小路・朝 ※時間は半日戻る
霞が低く漂う運河沿いの町。石畳の路地に小さな木造建築の店が並んでいる。人々が行き交う朝の風景。壁をつたって歩くすす丸(丸い形をした煤型あやかしで三つ子=すす衆)。通行人は誰も気づいていない。「緋屋」と書かれた真鍮製の看板。乾物と薬草を扱う商家。朱音が店先で箒を持って入り口を掃いている。足元を小火がうろうろしている。
朱音(モノ)『朧廻国の都には、人間だけじゃなくて——あやかしも、普通に生きている』
朱音(モノ)『まあ、うちは特に多いけど』
〇緋屋・帳場・朝
算盤を弾く茂助。※父の弟
膝にすす次が乗っている。茂助は気づいていない。
朱音が帳場に顔を出す。朱音の肩に小火が乗っている。
茂助「朱音さん、今日の仕入れの件なんですけどね——」
朱音「私が行ってきますよ」
障子の向こうから華音の声。
まだ布団の中で半分だけ身を起こしている。
華音「お姉さま、たぷが来てるよ」
縁側に半透明の丸いたぷ(※しずく型あやかし)が雨粒みたいに並んでいる。
朱音「もう、雨でもないのに……干からびるわよ」
店の奥の小さな神棚。朱音が手を合わせている。隣に小火が真似をするような姿勢で座っている。
朱音(モノ)『お父さまが亡くなって、一年が経ちました。お店は茂助叔父さんと二人で回しています——まあ、なんとかなっています。華音も先月誕生日を迎え十六歳になりました。病がちではあるけど、元気にしています。私は当面……お嫁に行くあても無いので、お店のことは安心してくださいね』
〇霞ノ都・運河沿い・夕方
買い物帰りの朱音が、両手に荷物を持って歩いている。肩に小火。小火の耳がぴんと立つ。
朱音「こび? どうしたの」
運河の向こう岸。人だかり。何かが光っている。水面が不自然に揺れている。
朱音(モノ)『……あやかし? でもこの感じ——』
人だかりの中心。白嶺が扇を構えている。白い狩衣が夜風に揺れる。水面に向かって術式を展開中。術紋様が広がっている。水の中で小さな水猫(見た目は猫だけど下半身魚で尾びれがあるあやかし)や小河童が震えながら水草の影に隠れている。
朱音(モノ)『——また、国家陰陽寮の人だ』
白嶺が扇を一振りする。術式の光が水面に向かって走る。水猫が追い詰められていく。朱音が荷物を放り出して走り出す。白嶺が祓符を放つ直前——朱音が飛び込んでくる。白嶺の術式の光が朱音の背中ぎりぎりで止まる。白嶺の扇が静止する。人だかりがどよめく。
通行人1「な、何してるんだあの娘」
通行人2「お国に使える方に逆らうなんて」
通行人3「正気の沙汰じゃねえ」
白嶺が初めて正面から朱音を見る。表情は読めない。
白嶺「そこを……退いてもらえますか」
朱音「嫌です」
白嶺、盛大にため息を吐く。
白嶺「あやかしは祓うものですよ。庇い立てするという事でしょうか困りましたね」
朱音「全部が全部そうじゃないと思いますけど」
白嶺が朱音の横をすり抜けようとする。朱音が遮るよう腕を掴む。
白嶺「おや……君は、異能持ちですね。匂いで判ります」
朱音「今、異能があるとかないとかは、関係ないでしょう」
白嶺は何かを確認するような目。
水面から水猫が朱音の足元まで来ている。怯えた目で朱音を見上げている。
朱音がしゃがんで水猫に手を差し伸べる。
朱音「大丈夫だよ」
小火と水猫が鼻先を合わせる。
白嶺がつまらなそうにそれを見ている。表情は変わっていない——が、扇を下ろした。
白嶺「……名前でもつけるつもりですか」
朱音(振り返らずに)「つけませんよ」
朱音が水猫を運河の上流側に逃がす。
朱音「あっちの方が人が来ないからね、お行き」
白嶺が黙って見ている。
朱音が立ち上がり白嶺に向き直る。
朱音「あなたこそ、何でもかんでも祓えばいいと思っているみたいですけど。あんな小さい子は悪さの一つもしませんよ。怖いんですか?」
白嶺「愚問でしょう、それが私たち陰陽師の仕事ですから――」
朱音「でも、あやかしだって生きていますよ。一方的に傷つけていい理由にはなりません」
白嶺「あやかしに殺された人間も――生きていたと思いますけどね」
朱音の目が揺れる。反論できない顔。
白嶺「どうやら……君とは、話が噛み合いませんね」
白嶺が踵を返す。
白嶺「今夜のところは見逃します。けれど——この運河には強いあやかしが紛れ込んでいます。安易に近づかない方がいいですよ」
朱音「……忠告、ですか」
白嶺「好きに取ればよろしいかと」
薄く笑って踵を返した白嶺の後ろ姿が霞の中に消えていく。朱音が荷物を拾い上げる。小火が肩に乗る。
朱音(モノ)『……なんなの、あの人……偉そうに』
霞が低く漂う和風異世界の都(江戸末期から明治初期位。あやかしと人間は互いの存在を認識している)。運河沿いの平屋町並み。提灯に火が入り始める時間。水面に黄昏の空が映りこんでいる。朱音が小火(妖狐の子供でもふもふ)を胸に抱きしめ、白嶺を真正面から睨んでいる。白嶺は扇を開いたまま、口の端だけわずかに上げている。二人の間に白い霞が揺れる。
〇霞ノ都・橙小路・朝 ※時間は半日戻る
霞が低く漂う運河沿いの町。石畳の路地に小さな木造建築の店が並んでいる。人々が行き交う朝の風景。壁をつたって歩くすす丸(丸い形をした煤型あやかしで三つ子=すす衆)。通行人は誰も気づいていない。「緋屋」と書かれた真鍮製の看板。乾物と薬草を扱う商家。朱音が店先で箒を持って入り口を掃いている。足元を小火がうろうろしている。
朱音(モノ)『朧廻国の都には、人間だけじゃなくて——あやかしも、普通に生きている』
朱音(モノ)『まあ、うちは特に多いけど』
〇緋屋・帳場・朝
算盤を弾く茂助。※父の弟
膝にすす次が乗っている。茂助は気づいていない。
朱音が帳場に顔を出す。朱音の肩に小火が乗っている。
茂助「朱音さん、今日の仕入れの件なんですけどね——」
朱音「私が行ってきますよ」
障子の向こうから華音の声。
まだ布団の中で半分だけ身を起こしている。
華音「お姉さま、たぷが来てるよ」
縁側に半透明の丸いたぷ(※しずく型あやかし)が雨粒みたいに並んでいる。
朱音「もう、雨でもないのに……干からびるわよ」
店の奥の小さな神棚。朱音が手を合わせている。隣に小火が真似をするような姿勢で座っている。
朱音(モノ)『お父さまが亡くなって、一年が経ちました。お店は茂助叔父さんと二人で回しています——まあ、なんとかなっています。華音も先月誕生日を迎え十六歳になりました。病がちではあるけど、元気にしています。私は当面……お嫁に行くあても無いので、お店のことは安心してくださいね』
〇霞ノ都・運河沿い・夕方
買い物帰りの朱音が、両手に荷物を持って歩いている。肩に小火。小火の耳がぴんと立つ。
朱音「こび? どうしたの」
運河の向こう岸。人だかり。何かが光っている。水面が不自然に揺れている。
朱音(モノ)『……あやかし? でもこの感じ——』
人だかりの中心。白嶺が扇を構えている。白い狩衣が夜風に揺れる。水面に向かって術式を展開中。術紋様が広がっている。水の中で小さな水猫(見た目は猫だけど下半身魚で尾びれがあるあやかし)や小河童が震えながら水草の影に隠れている。
朱音(モノ)『——また、国家陰陽寮の人だ』
白嶺が扇を一振りする。術式の光が水面に向かって走る。水猫が追い詰められていく。朱音が荷物を放り出して走り出す。白嶺が祓符を放つ直前——朱音が飛び込んでくる。白嶺の術式の光が朱音の背中ぎりぎりで止まる。白嶺の扇が静止する。人だかりがどよめく。
通行人1「な、何してるんだあの娘」
通行人2「お国に使える方に逆らうなんて」
通行人3「正気の沙汰じゃねえ」
白嶺が初めて正面から朱音を見る。表情は読めない。
白嶺「そこを……退いてもらえますか」
朱音「嫌です」
白嶺、盛大にため息を吐く。
白嶺「あやかしは祓うものですよ。庇い立てするという事でしょうか困りましたね」
朱音「全部が全部そうじゃないと思いますけど」
白嶺が朱音の横をすり抜けようとする。朱音が遮るよう腕を掴む。
白嶺「おや……君は、異能持ちですね。匂いで判ります」
朱音「今、異能があるとかないとかは、関係ないでしょう」
白嶺は何かを確認するような目。
水面から水猫が朱音の足元まで来ている。怯えた目で朱音を見上げている。
朱音がしゃがんで水猫に手を差し伸べる。
朱音「大丈夫だよ」
小火と水猫が鼻先を合わせる。
白嶺がつまらなそうにそれを見ている。表情は変わっていない——が、扇を下ろした。
白嶺「……名前でもつけるつもりですか」
朱音(振り返らずに)「つけませんよ」
朱音が水猫を運河の上流側に逃がす。
朱音「あっちの方が人が来ないからね、お行き」
白嶺が黙って見ている。
朱音が立ち上がり白嶺に向き直る。
朱音「あなたこそ、何でもかんでも祓えばいいと思っているみたいですけど。あんな小さい子は悪さの一つもしませんよ。怖いんですか?」
白嶺「愚問でしょう、それが私たち陰陽師の仕事ですから――」
朱音「でも、あやかしだって生きていますよ。一方的に傷つけていい理由にはなりません」
白嶺「あやかしに殺された人間も――生きていたと思いますけどね」
朱音の目が揺れる。反論できない顔。
白嶺「どうやら……君とは、話が噛み合いませんね」
白嶺が踵を返す。
白嶺「今夜のところは見逃します。けれど——この運河には強いあやかしが紛れ込んでいます。安易に近づかない方がいいですよ」
朱音「……忠告、ですか」
白嶺「好きに取ればよろしいかと」
薄く笑って踵を返した白嶺の後ろ姿が霞の中に消えていく。朱音が荷物を拾い上げる。小火が肩に乗る。
朱音(モノ)『……なんなの、あの人……偉そうに』



