『こちらでも捕縛した者たちへの尋問は続いていますが、成果は芳しくありませんね』
端末越しに聞こえてきた珠輝の声には、わずかな疲労が滲んでいる。
襲撃から幾日か経ち、皆日常に戻り始めている中でも、千金楽家では今もなお事後処理が続いている現状を嫌でも感じさせた。
規模を考えれば当然だろう。水筑家を含めた他国の護家も、今回の襲撃に関しての調査と対応に追われている。再誓の儀も近いというのに、汐凪も慌ただしく動き回っていた。
「やはり、反神獣団体は口を割りませんか」
『ええ。おかげさまで襲撃者の大部分は確保できましたが、計画の全体像は知らされていなかったようです』
「末端構成員ばかりだったんですかね。護家に襲撃をかけておいて……?」
思わず眉を寄せながら呟くと、珠輝もまた同じ疑問を抱いているのか、わずかな沈黙が返ってきた。
襲撃そのものも不可解だったが、それ以上に気になるのは彼らの目的だった。
ただ神獣への反発心だけで説明するにはやることが派手すぎるし、神域そのものを狙っている可能性も高い。
考え込んでいた私に向かって、珠輝がふと声を落とす。
『ただ、一つだけ気になる報告があります。神域の周辺で、小さな結晶の欠片が複数発見されました』
「結晶? ですか」
神域で神獣様から聞かされた結界の異変が頭を過った。
原因不明のゆらぎが発生しているという話は気になっていたが、もしかすると何らかの形で繋がっているのかもしれない。
『はい。大きさは爪の先ほどで、どれも砕けた欠片のような状態でした。現時点では材質も用途も不明ですが、一般的な鉱石とは少し違う反応を示しています』
珠輝の落ち着いた説明を聞きながら、脳裏に神域を囲む巨大な結界を思い浮かべる。
「神域の結界の欠片でしょうか?」
そう口にすれば、自分でもそれらしく聞こえた。
あの結晶体のような結界が物理的に破壊できるのかはわからないが、その表面が剥離したとでもいうであれば、原因不明のゆらぎとも説明がつくし、神域周辺で発見されたという状況にも合致する。
だが通信の向こうでは珠輝が即答せず、少し考えるような間を置いてから静かに返す。
『可能性は否定できません。ただ、直接的に結界を削ろうとしたのであれば、神獣様が気がつくと思いますが……』
「確かに」
神獣様は結界に異常が生じていることこそ認識していたが、その原因までは掴めていない様子だった。もし誰かが力ずくで結界へ干渉していたのなら、気付かないとは考えにくい。
それからの日々は、振り返ってみれば驚くほど慌ただしく過ぎていった。
襲撃事件の調査は継続されていたものの、新たな手掛かりはほとんど見つからず、神域周辺で発見された結晶片についても解析は難航しているらしい。
私も汐凪や珠輝から何度か報告を受けたが、結局のところ確定的な情報は得られないままだった。
そうして時間だけが流れ、やがて人々の意識は目前へ迫った祭儀へと向かっていた。
「本邸こわい……おうち帰りたい……」
本邸の客室の上質な長椅子に腰掛けながら、母は今にも魂が抜けそうな顔でそう呟き、その隣では父も深く頷いている。
「どうしても泊まらなきゃダメ? 歩くから帰っていい? 明日またちゃんと来るから……」
水筑本邸から実家までそれなりに距離があるのだが、父は本気で言っているらしい。
窓の外を見れば既に日も傾き始めているというのに、慣れ親しんだ我が家への執着が勝っているようだった。
「本家の人に『帰ります』って言う勇気があるならいいよ」
「い、いじわる……」
責めるような声を出しているが、無茶を言っている自覚はあるのだろう。
二人とも妙に姿勢が固く、まるで猛獣の檻に放り込まれた小動物のように縮こまっている。
私の実家である永露の家は、水筑の敷地の端っこの端っこにある、ごくごく一般的な規模の一軒家。
護家の分家筋ではあるものの家格は高くなく、代々目立たず堅実に暮らしてきた家であり、父も母も野心とは無縁だった。
そんな永露家において、両親の人生哲学は一貫している。
曰く、名家の七光の隅っこで安穏と暮らしたい。
曰く、偉い人には近付きすぎず、かといって完全に縁を切るのも損。
要するに権力の中心からは適度に距離を置きながら、その庇護だけはありがたく享受して平穏無事に生きていきたいという、ある意味で非常に現実的な考え方だった。
だから七年前、私が次期斎祀の婚約者に選ばれ、本邸へ移ることが決まった時も、両親は手放しで喜ぶどころか何とも言えない表情を浮かべていた。
『そんな気苦労の多そうな立場に……哀れな……』
『いびられたら帰っておいで。まぁ本家の人に逆らえないけど……』
祝福より同情の方が先に出てくる辺りが実に永露家らしい。
