八十八年目の星結び


「そんな遥か昔の条件だけ辿った星で納得させられるとでも?」
 静かだった声音にわずかな熱が混じり、汐凪はすっと目を細めた。
 その言葉に押されるようにして、私も慌てて思考を巡らせる。
「そ、そう、それに、私金気ですし、貴方は火でしょう? 相剋じゃないですか」
 我ながら良い援護だと思った。
 それぞれが持つ五行の気には相性というものがある。
 互いを生かす相生と、互いを打ち消す相剋。
 火と金は後者に当たる。付け加えるなら水と金は相生だ。
 神獣を支える立場の斎祀の霊力を増幅させる気の相性は、斎祀の縁談において大事な要素だ。

 しかし、相手は怯まなかった。
「そうだな。お前たちの言う通り、理屈の上ではそうだろう」
 目を細め、獰猛さすら感じる笑みを浮かべる。
 それからはっきりと言った。
「だがそんなものはどうでもいい」
 その言い様に、周囲がざわりと波立つ。

「実際、星読みの結果など、家を納得させるために名指しで出させたものだ。最善でなくとも最良であれば充分」
 先ほどまで揺るがぬ根拠のように扱ってきたものを、突然翻される。
 つまり、『煉弥にとって最も善い伴侶』と占ったのではなく、最初から「彼女が良い」という前提が存在し、『煉弥と私の相性:わりとヨシ』という周囲を説得できる程度の結果を求めた、ということらしい。
 答えを先に決め、その裏付けとして星読みを利用したと。
 なんというか、豪快である。

「相性もそうだ。わざわざ相生でなくとも、オレの絶対的な実力を前に影響はない!」
 胸を張って言い切る姿には謎の清々しさすらあった。
 少なくとも自信だけは本物なのだろう。煉弥の声音にも態度にも一切の迷いがなく、長年強者として扱われてきた人間特有の、己の力量に対する絶対的な確信が滲み出ていた。

「オレはオレの力で火を御す。伴侶との相性で出力が変わる程度の未熟者ではない」
 その瞬間、肌がひりつくような熱気が空気へ滲んだ気がした。
 実際に術を発動したわけではない。それでも、周囲の者たちが無意識に息を詰めたあたり、煉弥の霊力がどれほど濃く荒々しいものかは明白だった。

 あちち、と思ったら、ふと頬を撫でるような涼やかな気配が広がった。
 汐凪の霊力だ。静かな水面を思わせる清冽な気配が穏やかに浸透していき、肌へ張り付いていた熱が少しずつ和らいでいく。
 右肩に置かれた彼の手を見ると、霊力に反応して光る蒼い線が走っている。ちろりと煉弥の左手に視線をやると、彼のそこにも朱の光が。あれは斎祀に選ばれた際に神獣から与えられるといわれている聖紋だ。

 煉弥と対峙する汐凪は、一歩も退かない。
 その眼差しは静かに細められ、冷えた水底のような落ち着きを宿したまま、煉弥を見据えている。
「君がどれほど自信を持とうと、依玖には既に俺という婚約者がいる」
「知っている」
「なら諦めるべきだろう」
「なぜ?」
 即答である。
「まだ"婚約"だろう。なら奪えばいい」
 思考回路が肉食獣すぎる。
「君は随分と独善的だね」
「お前は随分と余裕ぶる」
 ぴり、と空気が鳴る。
 熱を孕んだ火気と、冷たく澄んだ水気が空間の中央でせめぎ合うたび、教室の空気が微かに揺らぎ、周囲にいた生徒たちも完全に巻き込まれ事故を警戒する顔になっていた。
「……あのー」
 恐る恐る口を挟んでみる。
 誰も聞いていなかった。知ってた。

「少なくとも、力もないくせに相性だけに縋るつもりはない」
 煉弥の物言いに私は内心で顔を引き攣らせる。
「神獣を支えるのは結局、術者本人の力量だ。相性に頼らねば維持できない程度なら、その時点で未熟ということだろう」
「灯賀では随分と豪快な教育をするんだね。他者との調和を軽んじ、自分一人の力だけで全てを成立させる、と」
「誰と調和するかはオレが決める。その結果が彼女だ」
 急に会話へ巻き込まないでほしい。

「君は、依玖の意思より自分の確信を優先するんだな」
「違うな。本人が理解していないだけだ」
「えぇ……」
 あまりにも迷いのない返答に、思わず声が漏れた。
 すると煉弥はそんな私の反応すら愉快そうに眺めながら、にっと口角を吊り上げる。
「安心しろ。すぐ思い出させる」
「えぇ……」
 不意に、水気の圧力が増す。
 澄み切った深水のような霊力が空間へ満ち、先ほどまで荒々しく揺らいでいた熱を押し返していく様子に、周囲の生徒たちも完全に息を呑んでいた。

「これ以上、俺の婚約者を困らせないでもらえるかな」
 声の温度は穏やかなままだ。ただその穏やかさの底に、取りつく島もない冷たさが横たわっていた。深い水の底みたいな、光の届かない静けさ。

 しかし煉弥はその冷えた威圧感すら真正面から受け止めると、むしろ嬉しそうに笑みを深める。
「なら証明しろ」
 汐凪は一拍だけ間を置いた。
 それから、ふ、と小さく息を吐く。呆れとも、決意ともつかない吐息。

「君がそこまで言うなら、少し確かめようか」
 対する煉弥は待っていましたと言わんばかりに笑みを深めると、迷いなく言い放った。
「表に出ろ」