陽光が白木の舞台を照らし、その上に幾重もの白い袴が円を描いて広がる。
舞い手たちは静かに膝を付き、息を合わせるように扇を胸元へ掲げる。金の箔が押された扇面が陽光を受けるたび、眩く閃いた。
円のさらに外側へ控えた神官たちが一斉に鈴を振る。
しゃん、と澄み切った鈴の音が風のように流れた。
一つ鳴れば隣が応じ、またその先が重なって、幾百もの音が波紋となって広がってゆく。
長い袂がひらりと宙を裂き、白布の軌跡が円弧となって幾重にも重なり合った。踏み出す歩幅は寸分違わず、傾ける肩の角度さえ揃う。
数え切れぬ人数が舞っているにもかかわらず、そこには乱雑さではなく、一つの巨大な生き物が脈打つような統一だけが存在していた。
扇が開くたび、金の箔が陽光を砕く。
袖が払われるたび、空気が揺れる。
踏み鳴らす足音と鈴の余韻が、次第に地そのものへ染み込むように響く。
やがて中央に据えられた祭壇の周囲で空気が微かに揺らぎ始め、陽炎にも似た淡い光が立ち上る。
扇を掲げる指先から、舞台を踏みしめる足先から、祈りと共に練り上げられた霊力が細い光の糸となって零れ落ちてゆく。
一筋。また一筋。
無数の輝流は互いに絡み合いながら祭壇へ吸い寄せられ、巨大な光の奔流となって中央へ集束していった。
広場を渡る風だけが不思議なほど冷たく、翻る袂の隙間から零れた霊光を攫いながら、巨大な円陣の中心へと運んでいく。
しゃら、しゃらり、と鈴の音はなお清らかに鳴り続け、その響きが霊力を導く道標のように空へ昇った。
奉納舞を終えた後の境内には厳粛な熱気の余韻だけが薄く残り、舞台を囲んでいた人々のざわめきも次第に遠のきつつあった。
白木の舞台から少し離れた庭の木陰では、初夏の陽射しを遮る青葉がさらさらと風に揺れ、その隙間から落ちる木漏れ日が石畳へまだら模様を描いている。
私はようやく一心地ついたように息を吐き、火照った身体へ涼しい風を受けていた。
長時間の奉納は単純な舞以上に霊力の消耗が激しく、終わった直後は身体の芯がじわじわと空洞になるような感覚に襲われる。
「お疲れ様です、依玖さん」
不意に掛けられた声へ振り向くと、木漏れ日の下へ立っていたのは、淡い金糸のような髪を揺らす小柄な少女だった。
陽の光を透かしたその髪は色素が薄く、透けるような肌と相まって、どこか人ならざるものめいた静かな美しさがある。
「ああ、お疲れ様です、珠輝様」
私が立ち上がりかけると、少女は小さく首を振って「そのままで大丈夫ですよ」と柔らかく微笑みながら、私の横へ腰を下ろした。
絹の衣がさらりと地面を撫で、その動作ひとつにも妙なほど無駄がない。
「昨年の契約更新祭で、一度ご挨拶させていただきましたよね」
「覚えていてくださったんですか?」
「もちろんです」
彼女は小さく微笑む。
千金楽珠輝様。今代では最年少の弱冠12歳。昨年、再誓の儀を執り行った輝錬国の斎祀だ。
昨年見学に来た際、挨拶だけはさせてもらった。
あの時も随分落ち着いた人だと思ったけれど、こうして近くで話してみると、年齢よりずっと大人びて見える。
斎祀という立場がそうさせるのか、それとも元々こういう性格なのか。
「毎年ありがとうございます」
珠輝に不意に頭を下げられ、私は目を瞬いた。
「え?」
「定期奉納の補助です。皆様が来てくださるおかげで、こちらも大変助かっておりますから」
「あぁ、いえいえ、お互い様ですし」
三ヶ月に一度行われる定期奉納は、各国の神獣へ安定した霊力を供給するための重要な儀式。
水なら水、金なら金といった適性に加え、一定以上の霊力量も必要になるため、国内だけで人員を回そうとするとどうしても負担が偏ってしまう。
なので、自国以外の四か国で一年に一度ずつ、補助の人員を出す制度になっている。
うちの国でも、輝錬国をはじめ各国から水気の術師が派遣されてくるのだ。
それから少し考えて、本音が口をついた。
「毎年、国のお金で旅行してると思ってるので」
一瞬きょとんとしたあと、彼女はくすりと笑う。
「まあ。ふふ、確かに」
笑った顔は年相応に幼く、先ほどまでの静謐な雰囲気が少し和らいだ。
「我が国もいい国ですから。楽しんでいただけると、私も嬉しいです」
実際には行き帰りの新幹線も国が手配しており、滞在中の予定も細かく決まっているので、自由に観光できるわけではない。
それでも他国の空気を吸い、食事をし、文化を見るだけで十分新鮮だ。さらに同じ学校の生徒も多いので、毎回ちょっとした修学旅行みたいな気分になる。
「斎祀ともなると、中々国外へ出る機会も減りますし、そう考えると少し羨ましいかもしれません」
珠輝はそう言いながら、木陰の向こうで行き交う人々へ静かに目を向けた。
「特に契約更新を終えてからは、以前より神域を離れにくくなりました。ですから、皆さんのお話を聞くのは結構好きなんです」
先ほどの奉納舞を思い返す。
私たちが並ぶ巨大な円陣の中央、祭壇の上で舞っていた彼女は、年若い少女とは思えないほど堂々としていた。
斎祀は私たち補助人員と違い、三ヶ月ごとの奉納すべてに中心として関わり、直接霊力を捧げ続けなければならない。
元より斎祀は霊力量の多い者が選ばれるとはいえ、その消耗は並大抵ではないだろう。
「大変ですよね、毎回あれだけの奉納をするの」
「慣れましたよ」
そう言って微笑む姿は穏やかだったが、その細い肩へ掛かる責務の重さを思うと、軽々しく頑張ってくださいとも言えなかった。
「あ、そうだ。お土産持ってきましたよ。あとでお渡しますね」
「まあ、本当ですか?」
ぱっと珠輝の表情が年相応に明るくなる。
「お気遣いありがとうございます。楽しみです」
「水筑家の料理番おすすめのお菓子なので、味は保証します」
「それは期待してしまいますね」
木陰を抜けた風がさらりと珠輝の髪を揺らし、薄金の糸が陽光を弾いて淡く輝いた。
しばらく風の音を聞きながら並んで座っていると、彼女がふと静かな声で呟く。
「数ヶ月後には、再誓の儀ですね」
「はい」
自然と背筋が伸びた。
「緊張されますか?」
「……しますね、やっぱり」
気が抜けるような試練の裏話は聞いたものの、大勢の前で失敗できないという点には変わりない。
ましてこの祭儀はただの催しではなく、人々の信仰と安心を支える象徴でもある。
もし失敗すれば、自分一人が恥をかくでは済まないのだと思うと、どうしても胃の奥がきゅっと縮こまる。
苦笑混じりに答えると、珠輝は優しい眼差しでこちらを見つめた。
「ですが、貴女はおひとりではないでしょう?」
その言葉に、自然と汐凪の顔が浮かぶ。
夫婦舞は斎祀ひとりで行うものではない。
「……そうですね」
「貴女は支え合える方が隣にいる。きっとそれは、とても心強いことでしょうから」
隣には常に、共に舞う相手がいる。
隣には彼がいる。
「……でも、珠輝様はお一人で試練を乗り越えられたんですよね。改めてすごいと思います」
「あ、いえ。そんな」
珠輝は困ったように首を横へ振った。
「私の時は、神獣様が……」
その瞬間だった。
空気が、裂けた。
ぞわりと背筋を撫でるような悪寒が走る。
直後、遠くで何かが爆ぜる轟音が響き、境内の静寂が一瞬で引き裂かれた。
次いで鋭い警鐘が鳴り渡る。
珠輝の顔色が変わった。
「──結界が」
