八十八年目の星結び


 神域中央から立ち上がる巨大な黄金の光柱。
 空を裂くように真っ直ぐ伸びた輝きは、まるで天と地を繋ぐ柱のようで、次の瞬間には内側から弾けるように光を散らし、無数の粒子となって空一面へ広がっていった。
 きらきらと降り注ぐ金色の光は雪とも星屑とも違い、もっと柔らかく、もっと温かく、見上げているだけで胸の奥まで満たされていくような不思議な感覚があった。
 街中の人々は歓声を上げ、祈るように手を組み、泣いている者までいた。
 私も感動した。
 なのに。

『あれ、光量盛った方が民のテンション上がるからの。やる度に派手になっとる気がするわ』
「夢を壊さないでください!!」
 頬へ落ちてきた光粒がふわりと溶ける感触に、神話というものは今も生きているのだと、胸が震えるくらい感動したのだ。
 なのに……。

「あのキラキラが地に降り注いで、神獣様の加護が与えられるような感じだったのに……!」
 抗議すると、水虎様は「んー?」とでも言いたげに首を傾げ、大きな尾で畳をゆるゆる叩きながら、あっけらかんと続きを口にした。

『そもそも、災禍を抑える加護の術式はこの大地の奥深くに刻まれておるからな。上から降るキラキラは別に関係ないぞ』
「関係ないんですか!?」
 私の声が裏返る。
 隣では汐凪が静かに天井を仰いでいた。

『うむ。定期的な霊力供給で絶えず機能し続けておる』
 あまりにもさらりと世界の根幹みたいな話をされ、私は呆然としたまま水虎様を見る。
 水虎様は煎餅を咥えたまま、まるで「今日は天気が良いのう」くらいの気軽さで続けた。

『ただ、世界は巡るじゃろ。土地も流れも人の営みも少しずつ変わる。昔のままの術式では、長い年月のうちにどうしてもズレが出てくるのだ』
 その声音だけは少し静かで、古い時代を見続けてきた存在らしい深みが滲んでいた。
『正確には再誓の儀ではなく、斎祀という"今"の存在を軸にして、大地へ刻まれた術式を現在の流れへ馴染ませておる』
 パリ、と乾いた音が空気に溶ける。

『じゃから斎祀を選んだその時点から"更新"はすでに始まっており、祭儀はその一区切りを示すあぴーるじゃな』
 さらりと説明される内容が、普通に国家機密級だった。
『人の仔の生は短いじゃろ。祭儀は八十八年毎だが、それまで命を繋いでおれる者もそういまい。だがそれでも加護が途切れぬよう、我らは代ごとに人を選び、流れを繋ぎ続けておるのだ』

「……では、斎祀を選ぶ基準は?」
 こればかりは流石に厳密な条件があるはずだ。
 適性、精神性、血統、信仰心、神域との親和性。
 そういった複雑な条件の上で、"選ばれた特別な存在"なのだと、誰もが当然のように信じている。

『神獣の好み』
「好み」
『基本は霊力の質と量、人格も見るが、最終的には好みじゃな』
 長年積み上げられてきた神聖な選定理論が、「でも最後はフィーリング」という一言で片付けられた衝撃に、私はしばらく言葉を失う。

『試練もぶっちゃけ何でもよかったからの。神獣の好みよ』
「好み……」
 私は呆然としたまま水虎様を見る。
「じゃあ夫婦舞も……?」
 恐る恐る尋ねると、水虎様の瞳が急にきらっと輝いた。
『あれは良いぞ』
 妙に力の入った声音だった。

『男女が息を合わせ、距離を縮め、互いの手を重ねながら舞う、あの“エモさ”が実に良い』
「えもいって言った……」
『最初はぎこちなかった二人が、時を経るごとに呼吸を揃え、視線一つで動けるようになっていく、その過程が最高なんじゃよな。あと舞の終盤、自然に距離近づくじゃろ。あそこ毎回良い』
 私たちは神聖な奉納舞だと思って真面目に稽古していたけれど、神獣には”関係性が深まる男女を長期観測できる激熱コンテンツ”として摂取されていた可能性が高い。

「そんな理由だったんですか……」
『うむ。我、そういうの好き』
 完全に性癖の話だった。
 しかも悪びれない。

『他の神獣も似たようなもんよ』
 水虎様は完全に暴露モードへ入っていた。
『土のは問答と言いつつ、一晩中酒盛りしとるだけじゃし』
 盤寿国(ばんじゅこく)の試練は最も長い。神域に一晩籠り、神獣と問答を交わすそうだ。
「やめましょう?」
『金のは声ふぇちじゃし』
 輝錬国の試練は聖歌。神獣に向けたった一人で歌を捧げる厳かな儀式。
「やめましょう!!」
『木のはいつも「美少年の霊力で出来た果実からしか摂れない栄養がある」とか言っとるし』
 杜禄国(とろくこく)の試練は神域に生えた神木に霊力を注ぎ、実らせた果実を神獣に捧げるらしい。
「もうやめて……! やめてください……!」
 私の中で、森羅万象を司る神聖存在への敬意が変な方向へ揺らぎ始める。
『火のはただのドM』
「もうだめだ……」
 汐凪は途中から目を閉じて耳を塞いでいた。私もそうすればよかった。