さっきまで騒がしかった空気が嘘みたいに凍りつき、誰も彼も「今なんて言った?」という顔でこちらを見ている。
私はというと、突然現れた大型肉食獣系美形男子から「星が選んだ伴侶」と宣言された現状を脳内で処理しきれず、とりあえず「今なんて言った?????」という極めて率直な感想だけを抱えて固まっていた。
少なくとも私は七年前、おばば様の厳粛極まりない星読みと両家の協議と各種手続きの果てにようやく婚約へ至ったはずであり、突然現れた他国の御曹司に「はい君オレの運命ね!」と指差される筋合いはない。ないのだが。
「えっ……? 伴侶って言った?」
「え、でも永露さんって水筑様と婚約してるよね」
「いやいやいや……」
ざわざわと困惑が広がっていく。
そんな中、問題発言を投下した本人だけが驚くほど堂々と晴れやかな顔をしていた。
「えぇと……どちら様でしょうか……?」
一応、もしかしたら、灯賀の次期斎祀などというややこしい立場の人とは無関係かもしれない。まず確認だ。確認から始めよう。
恐る恐る尋ねると、目の前の男子生徒は衝撃を受けたような顔をした。
「覚えてないのか!?」
「えっ、顔見知り前提なんです!?」
会ったことはないはずだが。
彼は「なるほど、記憶が抜けているのか……」と妙に深刻そうな顔で顎へ手を当てている。
そうしてずい、と顔を近づけてきた。
髪は朝日みたいに鮮やかで、瞳は獲物を見つけた猛獣じみた熱を宿している。距離が近い。圧が強い。あと顔が良い。
いや顔が良いな!?
「灯賀の護家、火能家の煉弥だ。幼い頃、この国に訪問して、水筑家に滞在した時に話をした」
「あ〜」
それは斎祀候補の挙動だな……。
斎祀候補や名家関係者は幼少期から交流があるし、各国の要人が滞在することも珍しくない。
幼い頃の私は今以上にぼんやりしていたので、記憶に残っていない可能性も十分ある。
納得しかけたところで、彼は真っ直ぐ私を見た。
「運命的な出会いだった」
「はぁ……」
「だからオレはお前をずっと探して──」
「失礼」
声と同時に、すっと誰かが私の背後に立つ。
触れそうなほど近い距離に、いつの間にか汐凪がいた。
右の肩にそっと手を置かれ、柔らかな体温が制服越しにじわりと伝わる。
私が顔を向けると、彼は私ではなく目の前の煉弥を静かに見ていた。穏やかな顔をしている。にこやかと言ってもいい。
ただし、目は笑っていない。
視線を向けられた煉弥も、怯む様子はなかった。「来たか」みたいな顔をして、汐凪を正面から見返している。
「次期水斎祀」
「灯賀の次期斎祀が、随分と大胆な挨拶をするんだね」
互いに值踏みするような間があって、それから口を開く。
「挨拶ではない。確認だ」
「確認?」
「オレの星は、彼女を伴侶だと示した」
ぴくりと汐凪の眉が動いた。
名家にはそれぞれ専属の占星術師がいる。家の繁栄に度々貢献してきた由緒ある務めだ。儀式の日程や縁談、岐路に立った時の方向性を、彼らの星読みによって決めることも多い。
確かに占星術はあくまで占いで、確実な未来を示すものではない。
とはいえ。
「……我が家の星読みが間違いで、国外である君の星が合っているとでも?」
「そ、そうだそうだー」
私は拳を上げて同意した。勢いだけの援護だったが、気持ちは込めた。
占星術とは、街角の占い師が曖昧な笑顔で「お二人は相性が良いですね」と告げるような類のものではない。
星の運行だけでなく、その土地に流れる地脈、積み重ねられた歴史や文化、そこに根付く血筋の変遷までも丹念に読み解きながら未来の可能性を探る、膨大な知識と経験を要する学問であり技術だった。
だからこそ名家専属の占星術師という人々は、遥か先祖の時代から代々その家に仕え続けてきた。
同じ水を飲み、同じ地を踏み、その家の栄華も衰退も見届けながら、長い時間をかけて家そのものを知り尽くしていく。
どれほど優れた術士であっても遠国の事情を完全に把握することは難しく、逆に一つの家に長く仕え続けた者ほど、その家特有の流れや癖を深く理解できる。
つまり、遠く離れた地の隣国の占星術師が出した煉弥と私の縁よりも、うちのおばば様が出した私たちの結果の方がより近く、より確度が高いのだ。
「条件で言えば、我ら護家の祖先は原初の斎祀の五人の子どもたちだろう。血を辿れば道の始まりは同じだ。うちの占星術師も、当時から連なる一族だぞ」
煉弥の言葉に、私は脳裏へと遠い昔から語り継がれてきた神話めいた歴史を思い浮かべる。
今でこそ五つの国にそれぞれ斎祀が立ち、各々の神獣と契約して神域を守護しているが、神獣が初めてこの大陸へ降り立った時代、その役目を担った斎祀はただ一人だけだった。
そして原初の斎祀から生まれた五人の子どもがそれぞれ五行を宿し、後に五家──護家へと分かれて各地の神獣を支える礎となった。
現在神獣と神域を管理している、護家の祖はその子ども達。
つまり、血を辿れば汐凪と煉弥、さらには水筑の分家に連なる私でさえ、遥かな過去の同じ一点へ辿り着くことになる。
とはいえ。
