反神獣団体の者たちが完全に沈黙し、辺りに残るのは負傷者の呻き声と焦げた土の匂いだけになった頃。
「依玖!」
聞き慣れた声とともに駆け寄ってくる足音が耳へ飛び込み、私は反射的にそちらへ顔を向ける。
視界へ飛び込んできた汐凪は普段の落ち着いた様子をかなぐり捨てたような勢いでこちらへ駆けてきて、そのまま私の肩や腕へ目を走らせながら状態を確かめ始めた。
「大丈夫!? 怪我はしてない!?」
「え、はい……たぶん」
反射的に答えたものの、自分でも随分と頼りない返事だったと思う。
案の定、汐凪はまったく納得していない顔をすると、さらに身を乗り出すようにして私の顔色を確認し、服の破れや血の跡がないかまで細かく視線を巡らせていた。
「本当に無事なの? どこか痛かったりしない? 頭を打ったとか」
「そこまで心配しなくても……」
「する!」
思いのほか強い声で遮られ、私は思わず口を噤む。
どうやら相当気を揉んでいたらしい。
ようやく無事を確認できたのか、汐凪は私の肩を掴んでいた手から少しだけ力を抜き、それでも隣へ寄り添ったまま離れようとしない。
そして私の肩を抱き寄せたまま、不満げな顔でぽつりと呟いた。
「俺はすぐに助けに入ろうとしたんだけど、こいつが……」
振り向いた汐凪のムッとした視線が煉弥に向く。
勢いに気を取られて気付かなかったが、現れたのは汐凪だけではなかったようだ。
煉弥は非難を受けても特に居心地が悪そうな様子はなく、むしろ当然だと言わんばかりに腕を組んでいた。
「予備戦力は隠しておくべきだろう。伏兵がいたときに不意打ちできる」
実に合理的な理屈だ。
普段の彼はどちらかといえば真っ先に飛び出していきそうな印象だった。だからこそ、この場面であえて動かず、戦力を温存していたという事実は少しばかり意外である。
そんな私の驚きをよそに、煉弥は地面へ転がる襲撃者たちへ一瞥をくれると、小さく感心したように息を吐いた。
「しかしその必要もなかったな。見事だった」
その視線の先にいる晶佳は、乱れた前髪を片手で払うように整えながらこちらへ歩いてくる。
激しい戦闘の直後だというのに呼吸はほとんど乱れておらず、衣服にも大きな汚れは見当たらない。
つい先ほどまで敵意と殺気が飛び交う戦場の中心にいたとは思えないほど涼しい顔をしており、先ほどの鮮やかな制圧劇すら夢だったのではないかと思えてくる。
けれど地面に転がる襲撃者たちと砕けた石礫、抉れた地面の痕跡が、それが紛れもない現実だったことを雄弁に物語っていた。
私は改めて目の前にいる二人を見比べながら、胸の内に引っ掛かっていた問いを口にする。
「しかし、どうしてお二人がここに……」
「火能様は私が呼んだわ」
「晶佳が?」
思わず聞き返すと、彼女は当然でしょうと言わんばかりに目を細めた。
「どこに反神獣団体の目があるかわからなかったから、不用意に水筑様に接触するのは避けたかった。けど火能様は同じクラスだから、隙を見て手紙を渡すことができたのよ」
なるほど、と納得しかけたところで、煉弥が面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「なんなら、オレ一人でお前を助け出し、頼りになる様を見せようと思っていたんだがな」
そして『邪魔が入った』と言わんばかりにちらりと汐凪を見る。
汐凪はそれを風にでも吹かれたかのように受け流し、私へ向かって柔らかな笑みを向けた。
「浦霧から聞いたよ。『友達と遊びに行ってくる』って、わざわざGPS情報を共有して行ったって。普段そんなことまでしないから」
それを聞いた晶佳が私にじとっとした視線を流す。
「普通にバラすじゃない」
「だって絶対罠じゃん」
「罠だけど」
そもそも晶佳は回りくどい策を好む性格ではない。私をいじめるために体育館裏に呼び出すにしても、直接対面で呼び出すような女である。あんな手紙を見せられて警戒しないわけがない。
「貴女だってわざわざ煉弥様呼んで……そこまでするなら言うこと聞かなきゃよかったのに」
呆れ半分、本気の抗議半分でそう言うと、晶佳は案の定というべきか、少しも後ろめたさを見せることなく平然と答えた。
「貴女なら囮にしても良心は痛まないから」
「良心は痛めてなくても矜持は傷めてるでしょうに……」
「実利より優先する矜持は保身っていうのよ」
その言い様に私が何とも言えない顔をしていると、晶佳は表情を引き締め、襲撃者たちへ視線を向けた。
「事前に情報を伝えて襲撃を回避するより、ここで潰しておくべきだと判断したの」
静かな声だったが、その口調には確固たる意思が滲んでいる。
「反神獣団体の中でも、再誓の儀を妨害しようと直接手を出してくるような過激で力のある人間はそう多くないはずよ。実行部隊を捕まえておけば後の心配は減るでしょう」
確かに危険な賭けではあったが、その成果は決して小さくない。
再誓の儀を目前に控えたこの時期に有力な妨害勢力を無力化できた意味は大きく、だからこそ晶佳は私を囮に使うという強引な手段まで選んだのだろう。
私は深い溜め息を吐きながら、つくづくこの女は……と思った。
そんなことを考えていた矢先だ。
「水筑様」
晶佳はふいに一歩前へ出る。
そして迷いのない所作で汐凪の前に膝をつき、そのまま深く、深く頭を垂れた。
