八十八年目の星結び


 禊祓を目前に控えた学校は、普段と違う熱気に包まれていた。
 放課後になっても校舎のあちこちで生徒たちの声が響き、運び込まれた資材や祭具が行き交う光景は、まるで一つの祭りが既に始まっているかのようだ。

 私も担当区域へ向かっていたが、同じ方向へ進んでいた陸莉と二人、廊下の途中で足を止める。
「私はこっちだから」
 彼女は腕に抱えた資材を持ち直しながら、会場設営班が集まっている広場の方を差す。
「依玖は灯籠造りだっけ」
「うん。ようやくデザインが決まったから、枠組み作りから始めるみたい」
「ふーん……めんどくさそう」
「陸莉、そういうの苦手だもんね」
 そんな他愛ない会話を交わしながら互いの進捗を確認するものの、のんびり話し込むわけにもいかない。
「じゃあ、また後で」
「うん、頑張ろうね」

 手を振り合って別れたあと、灯籠制作班の集合場所になっている教室へ入ると、既に幾らかの生徒が作業を始めていた。
 机の上には完成見本がいくつか並べられており、その横には工程をまとめた指示書まで丁寧に用意されている。
 完成図と手順が細かく記されているため難しい作業ではないが、その代わり必要数が多く、一つ一つを丁寧に仕上げなければならない。

 私は空いている席へ腰を下ろし、指示書を手元へ引き寄せながら目を通す。
 灯籠は五行を象徴する意匠が取り入れられており、私たちが担当するのはその土台となる金枠部分だった。

 寸法を確認した後、静かに意識を集中させる。
 掌の内側で練り上げた霊力が淡い光となって現れ、その光を編み上げていくと、やがて細くしなやかな金属の骨組みが空中に形を取り始めた。
 霊力の糸を編み込みながら角度を揃え、歪みが出ないよう慎重に固定していく。
 こうして作られた金枠は恒久的なものではなく、込められた霊力が時間とともに抜ければ自然に消滅するため、祭りの後に回収せずとも環境へ負荷を与えない。

 合理的だなと思いながら手を動かしているうちに、少しずつ灯籠の骨組みが完成へ近付いていった。
 単純作業ではあったが、嫌いではない。少しずつ形になっていくものを見るのは思いのほか楽しく、自分が作った灯籠が当日の夜に川を流れていくのだと思うと、不思議と手を抜く気にもなれない。

 やがて最初の一つを完成させると、私は見本の隣へ並べて形や寸法を見比べた。
 大きな問題はなさそうだったが、それでも僅かな歪みが気になって微調整を加え、ようやく納得して小さく息を吐く。

 しかしその頃には教室の中も随分と人が増えており、あちらこちらから聞こえてくる会話や作業音が重なって、少しばかり空気が重たく感じられるようになっていた。
 賑やかなのは嫌いではないものの、集中して手を動かすには少々落ち着かない。

 私は窓の外へ視線を向けた。
 中庭は人通りも多いが、教室の中ほど空気が籠りはしない。
 作業そのものは場所を問わず続けられるし、決められた数を仕上げれば問題ないと説明も受けている。
 私は指示書と完成品を抱えて席を立った。

 教室の出口へ向かう途中、不意に誰かの視線を感じて顔を上げる。
 そこで目が合ったのは、扉のすぐ傍の席でひとり作業をしている晶佳だった。

 彼女は私を見るなり眉をぎゅっと寄せる。今にも何か文句を言われそうな雰囲気だったため、私は思わず内心で身構えた。
 また絡まれるのだろうか。
 これまでの経験から反射的にそう考えたのだが、次の瞬間、晶佳は何も言わないままふいと顔を背けてしまった。

 予想していた反応とはまるで違う行動に、私は一瞬だけ足を止める。
 いつもなら一言二言嫌味を挟むくらいはするはずなのに、今日はそれ以上何もしてこない。
 むしろ避けられた、と言った方が近いようにも思えた。
 その横顔には苛立ちとも迷いともつかない複雑な色が浮かんでいた気がしたが、それを確かめる前に彼女は再び作業へ視線を落としてしまう。

 何かあったのだろうか、と一瞬だけ考えたものの、こちらから踏み込むほど親しい間柄でもなく、そもそも絡まれないのであればそれに越したことはない。
 気になるといえば気になるが、金枠制作に取り掛かっている人間の横から声をかける気にもなれなかった。
 私は小さく首を傾げながらもそれ以上深く考えるのをやめ、荷物を抱え直すと教室の扉を開く。
 そのまま中庭へ向かって歩き出し、木漏れ日の揺れる穏やかな空間へと足を向けた。



 木陰を渡る風に揺れる葉音を聞きながら灯籠の枠を編み続けていると、不意に頭上から低い声が降ってきた。
「精が出るな」
 集中していた意識がふっと現実へ引き戻され、私は顔を上げる。
 そこに立っていたのは煉弥だった。

 陽射しを背負った姿はいつもより幾分砕けた印象で、制服の袖は肘まで捲り上げられており、首元も少し緩められている。
 額にはうっすら汗が滲んでいて、力仕事に駆り出されていたことが窺えた。