でこぼこ4人組!

ここは、県立西が丘高等学校の家庭科室。
銀色の調理台が四つに並んでいて、その上にはまだ1度も火を入れていない新品のフライパンがきれいに並んでいた。

窓の外では、体育の掛け声がかすかに聞こえる。
その音を背中で聞きながら、私はエプロンのひもをきゅっとしばった。

佐伯 しずく。高校一年生。
そして、料理がちょっと苦手な人間である。

「はい、それじゃあ記念すべき一回目の調理実習です」

教壇の前で、家庭科の先生が両手をぱん、と軽く打ち鳴らした。
教室のざわめきが少し落ち着く。

「いきなり難しいことはしません。その代わり、同じ班になった子と仲良くなること。これ、今日一番の課題です」

教室のあちこちで小さな話し声がもれる。

「班は、先生が決めた班です」

先生が出席簿をぺらぺらめくるたび、教室がそわそわする。
誰と同じ班になるか。
それだけで、今日の一時間の運命がだいぶ変わってしまいそうで不思議だ。

「佐伯、富田、小田切、水野。そこ、ひと班ね」

名前を呼ばれ、ドキッとする。
同じ班になった三人の名前が頭の中をぐるぐる回る。

富田 ひより。
同じクラスで、友達だ。

小田切 もえ。
隣の席の、メガネ男子。

そして、水野 なつき。
毎日、やたらと声が大きい男子。

ひよりちゃんと小田切くんは良いとして……。
まさか、あんなデカボイスの人と同じ班になってしまうなんて。同じ調理台に立つなんて。
私はエプロンの裾をつまみながら、小さく息を吐いた。

「じゃあ、自分の調理台の番号に移動してください」

先生の声に押されるように、生徒たちが一斉に動き出す。
私は出席番号が書かれた調理台の札を確認してから、そっとそこへ向かった。

すでに一人、そこに立っていた。

「佐伯さん」

丸い眼鏡をかけた男の子だ。

「小田切 もえです。よろしくお願いします」

「あっ、佐伯しずくです。お願いします」

名前を名乗るだけで、肩の力が少し抜ける。
同じ班の人が、怖い人ではないことに、内心ほっとする。

「……あ、しずくちゃんも同じ班なんだ」

後ろから聞き慣れた声がして振り返ると、
ゆっくりとこちらに歩いてくる女の子がいた。
淡い色のエプロンを胸の前でおさえながら、笑顔を向けている。

「富田ひよりです。えっと、よろしくね」

「よろしくね、ひよりちゃん」

ひよりは同じ中学出身で、同じクラスになった今でもよく廊下でしゃべっている。
おとなしく思われがちだけど、とても面白い子だ。

「あと一人、水野くんですか」

小田切君が出席簿を見ながらつぶやいた、そのとき。

「おーい、ここで合ってる? 四人目、水野なつき、ただいま参上!」

勢いよく調理台から顔を出したのは、予想通りの大きい声の持ち主だった。
エプロンのひもがまだちゃんと結べていなくて、左右で長さがちぐはぐなのが、いかにも彼らしい。

「おじゃましまーす! 今日から俺たち、運命共同体らしいんで。よろしく」

(……おおげさ)

思わず心の中で突っ込んだが、口には出さなかった。
代わりに小さく会釈する。

「小田切 もえです。よろしくお願いします」

「富田ひよりです。よろしくね」

「佐伯です。よろしく」

三人が順番に名乗ると、水野くんは「おー」と感心したように言う。

「なるほどなるほど。真面目そうなのが一人、優しそうなのが一人、少し緊張しているのが一人、と」

「誰が誰なんだろうね、それ」

ひよりがくすっと笑う。

水野くんは内緒、と人差し指を立てた。

その時、教壇の前で先生が軽くまな板を叩いた。

「はーい、静かに。今日のメニューを発表しまーす」

ざわめきが、ぴたりと止まる。
教室中の視線が、黒板に集中する。

チョークが走る音だけが、教室中に響き渡る。
先生の字が、白い線になって浮かび上がる。

「本日の実習は、『基本のオムライス』でーす」

一拍おいて、教室に小さなどよめきが広がった。

「あ、オムライスか!いいじゃん!」
水野くんが、いち早く声が上がる。

「卵料理……」

思わず私は、自分の手を見つめる。

母の日、張り切ってオムライスを作ろうとし、全部の卵を落としてしまったこと。
リベンジで、父の日に作ったら、またもや卵を落としてしまったこと。
家族から、「卵に嫌われてるね」と苦笑いされてしまったこと。

「オムライスは、手順を守れば難しくありません」

先生がレシピの紙を掲げながら言う。

先生、チキンライスは作れます……。
でもね、私はそこから作ったことがありません……。

「ただし、フライパンの扱いには十分注意するように。いいですね」

「手順……」
小田切君が、すでに真剣な顔でプリントを受け取っている。

「片付け大変そうだなぁ」
ひよりが小さく呟いているのを、私は聞き逃さなかった。

そして、水野くんはというと。
「よし、黄身ぷるっぷるの、最高にとろっとろのやつ作ろうぜ!」

その一言で、私の中の何かがかすかに鳴った。

最高にとろとろ。
それはきっと、おいしいオムライスの合図だ。
でも同時に、それはきっと、最高にハードルの高い調理実習の始まりでもある。

私はまだ温まっていないフライパンをちらりと見て、
そっと小さく、深呼吸をした。